第52話 赤ポーションの奇跡
この世界においてエルフは、上位種族であるハイエルフの奉仕種族という立ち位置に居るらしい。
御恩と奉公といった主従関係は、カインリーゼ王国でいう王族と平民といった関係性に近いが、こちらは権力によって支配されているのに対して、エルフとハイエルフというのは遺伝子レベルで主従関係が決まっているのだという。
「ハイエルフですか?」
「えぇ、あまりにも数が少ないので遠国の人々からすれば聞き覚えが無いと思いますが、ハイエルフはエルフの王族みたいな存在です」
ハイエルフ、別名では始祖エルフとも呼ばれるそうで、この世界において貴族や王族が平民よりも魔法に長けているように、元々種族的に魔法に長けているエルフよりも、このハイエルフは膨大な魔力と特殊な魔法を使うことが出来るそうだ。
しかしその個体数はかなり少なく、地球であれば絶滅危惧種に指定されそうなレベルで数が少ないのだという。
エルフという種族自体は、近年の国際交流の発展もあってエルフが多く住んでいるといわれる〈ガジャの森〉の周辺諸国の都市でエルフを見かけることはそう珍しく無いそうだが、ハイエルフは未だにガジャの森の奥地に隠れ住んでいるようで、エルフと親しい国や個人であっても、ガジャの森の奥へ行くことは固く禁じられており、謁見も決して叶わない。
「しかし、このアリアという少女は複雑な生い立ちに加え、昨年、魔物との戦闘によって大怪我を負ったようで、かれこれ一年以上意識不明の状態になっております」
アリアと呼ばれるハイエルフは、いわゆる隔世遺伝と呼ばれる類の偶発的に誕生したハイエルフであり、その立場はかなり複雑な物となっているそうだ。
アスフィアルの世界でも近親婚は禁忌とされ、血が濃すぎると呪いを生むと言われており、ハイエルフ全体が個体数も少ないこともあって、血の呪いを危惧するエルフは多い。
そんな中に現れたのが、隔世遺伝によってこれら誕生したハイエルフのアリアだ。
「アリア様はその立場から常に争論の的にされていた・・・・・・今回、アリア様が大怪我を負ったのも純血主義のエルフ達が画策したと噂されている」
カインリーゼ王国の王族や貴族達は、血を洗練させて魔法の素質を高めていった歴史的な背景から、血筋よりも本人の素質や実力が重要視されることが多い。
一方で、元々最高クラスの素質を持っていたハイエルフは、カインリーゼの貴族たちと逆で、元々の優れていた血筋を護る・・・・・・つまりは純血主義という思想が強まったそうだ。
バンクの説明から変わるように、エルフの歴史についてエウルアは主人であるアリアの複雑な状況を話した。
「私達エルフは大きく二分されている・・・・・・血の呪いから遠い存在であるアリア様を王族に迎え入れるか、紛い物として排除するか・・・・・・もし今後、純血主義のエルフ達がアリア様を襲ってくる事も考えられるのだ」
もし、俺がエウルアに赤ポーションを渡して奴隷にしたとしても、元々あった契約から俺はエウルアとアリアを匿わなければならない。
ある意味、この事実を契約する前に伝えてくれたのはエウルア自身の性格から来るものなのか・・・・・・少なくとも、赤ポーションを渡して終わり、という訳では無さそうだった。
「私といたしましては、王都で静かに暮らしていれば危険は少ないと思います。後はガジャの森周辺に近づかないことでしょうか・・・・・・」
純血主義とはいえ、態々遠くの国にまで出向いて対象を襲撃するとは考えにくい、聞けばガジャの森はカインリーゼ王国から2つの国を挟んだ先に存在するそうなので、その距離はかなり遠いものだという。
なのでバンクは王都にいれば危険は少ないだろう、と言った。
「本当によろしいですか?」
「えぇ、お願いします」
バンクお抱えの医者が受け取った赤ポーションを見ながら、最後の確認を取る。
王都闇市から出てすぐ側の一際巨大な建物の一室に、エウルアの主人であるアリアが眠っている。
窓から月明かりが差し込み、彼女の素顔がはっきりと見えるが、その表情は一年近く眠り続けるとは思えない程、健康状態の良さそうだ。
「これでも魔力は大怪我をする前の半分以下になっているんだ。一年近く、持ち合わせていた魔力を消費しながら生きながらえている状態なんだ」
「これで半分以下?」
アリアが寝ている部屋へ入った瞬間、濃密なオーラが俺の体を覆った。
その原因はすぐに判明しており、今も尚眠り続けている小学生か中学生ぐらいの少女が放っているものだった。
人とはまた違った質の魔力を単純に比べることは出来ないが、エルフの王族と言う割には西王寺よりも魔力が少ないと内心思っていた。
しかしエウルア曰く、アリアの魔力総量はこれでも半分以下になっていると聞いて耳を疑った。これで半分となれば榊原には及ばないだろうが、大貴族の嫡男であるレイや西王寺の魔力総量を一回りも超えてくるだろう。
力無く垂れ下がっているアリアの細腕をエウルアはそっと手に取り、まるで祈るように手の甲に額を押し付ける。
その光景は非常に絵になるもので、まるでアニメの印象的なワンシーンのようだと思うが、そのままじっと見ているわけにも行かない。
エウルアが奴隷になってから、代わりにアリアの主治医をやっている医者の男性、事務的な対応をしつつ赤ポーションをビーカーの様な容器に注いでいく。
ポーションは外傷ではなく、体の内部を修復する際は経口摂取で行われることが多い。実際に今回も口から赤ポーションを注ぐ形でやるそうだ。
アリアの主治医は赤ポーションが入っている容器に金属の管を刺す。そして管の先にある風船のような形をしたポンプを握ってポーション液を汲み上げる。
その仕組は手動の灯油ポンプに非常に似通っており、サイズこそ違うものの原理は一緒みたいだ。
汲み上げられた赤いポーション液は、金属の管から吸い上げられて細長い樹脂性のチューブの様なものを口に装着して少しづつ注がれていく。
「エンリフェア様・・・・・・これで駄目なら私はどうすれば・・・・・・」
アリアが眠っているベッドに力なくしなだれ掛るエウルアは握っていた手に力を入れて祈っていた。
・・・・・・・・・
「・・・・・・駄目そうか?」
赤ポーションがアリアに投与されて数分、彼女の意識が覚醒する様子は無い。
唸るわけでも無く、ただただスースーと寝息のような細い息が聞こえるだけで反応は無い。
痺れを切らしたバンクが、未だ厳し目な表情をしている主治医に対して何処か遠慮気味に聞いた。
「!?」
目を細めて、アリアを凝視していた主治医の男性は何か反応を察知したのか、素早く手を差し出してアリアの首筋に手を当てる。
「ど、どうかしたのか?」
まだ何も言葉を発しない主治医に驚きつつも、何処か気まずい空気が流れている中、バンクは一つ一つに反応を示していた。
「・・・・・・流石、神の薬と言うべきでしょうか・・・・・・アリア様の魔力回路が正常に戻っています。今はまだ寝ておりますが、直に目を覚ますでしょう」
ありえない、大げさな驚き方はしないものの、言葉の端々が震えた様子で答える主治医に対して、沈黙していた空気が一気に霧散して歓声に包まれた。
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