第51話 エルフの目的

「結果は―――――赤三等級相当・・・・・・本物です」


 赤ポーションの鑑定は、リトマス試験紙のように特殊な紙を用いて行われる。

 薄い水色の紙に、鑑定したいポーションの液体を垂らせば、等級に応じた色合いに変化するといった物で、以前紫ポーションを販売する際に利用した物と一緒だ。


 ポーション液の色である程度判別も可能だが、それぞれ色の等級が変わる場合だと判別ができなかったりする。

 その際に使われるのがこのポーション試験紙で、反応一覧の項目を見ながら、専門の鑑定官は俺が持ってきたポーションを間違いなく赤ポーションであると断定した。


「紫等級とは比べ物にならない程の、この圧倒的なオーラからまず間違いないとは思っておりましたが、本当に赤ポーションをお持ちとは・・・・・・」


 近年では殆ど見ることが無くなった赤ポーション、その実情はかなり酷いようで、商人として多少の事情を知っているバンク曰く、今後発見されることはほぼ無いだろうと断言する程だ。


「新たに未発見のダンジョンが見つかればまだ可能性はありますが、今も尚、攻略されていないダンジョンは危険極まりないですし、まず間違いなく値段は高騰するでしょう」


 断言はしないものの、今回俺が持ってきたポーションが本物の赤ポーションだということが分かって、言外に本当に取引してもいいのか?と親切心なのか知らないがバンクがそう訪ねてきた。


「やはり、価値としては?」

「はい、比べるまでもないでしょう」


 何が、とは対象を直接的に言わないものの、バンズはエルフの奴隷に対して今回用意した赤ポーションは釣り合わないと断言した。


(まぁ、時間は掛るけど作れるしな・・・・・・)


 今回は厳児爺さんの土地を借りたが、時間があれば地球で土地を購入してもいいし、〈異世界渡航〉の能力を使って見知らぬ世界で栽培しても良い。


 ただ時間と労力は掛るものの、それが作れるものであればその価値は一気に落ちるだろう。


「でもいいんですか?バンクさんは商人でしょう?」

「確かに、私は商人ですので客に商品を売ることが大切ですが、それと同じくぐらい、誼というのも大切にしておりますので」


 客に損をさせる取引をさせて不興を買いたくない・・・・・・多分そういうことなのだろうか?


「そうですか・・・・・・ですが、問題ありません、このまま取引の方をお願いします」

「承知しました。今すぐお呼びしますので、もう暫くお待ち下さい」


 色々と気を利かせてもらって悪いのだが、コチラとしてはエルフを購入するために態々用意したので問題ない、俺が力強く言葉に出すと、バンクは納得した表情でキリッと凛々しい商人の顔をして契約の準備を始めた。





 バンクがエルフを呼びに行っている間、一人寂しく応接室で待っていると、ザワリと一気に外が騒がしくなった。

 今居る場所が立派な内装をしているとはいえ、一時的に組み立てられた仮設の建物なので、外に居る人達の声もそこそこ聞こえる。防諜という部分ではいささかマズイ気もするのだが、今回使われる部屋は単なる奴隷取引なのでこれでも問題ないのだろう。







「お待たせ致しました。コチラがエルフの奴隷であるエウルアと言います」


 外が騒がしくなってから十数分、部屋を退室していたバンクがエルフの女性を連れて戻ってきた。

 バンクの横に立つエルフの女性はエウルアと言うらしい、身長は女性にして高く、男性として平均ぐらいはあるバンクよりも少し高い。


 若草色の髪はスラリと肩に少し掛かる程度に伸びており、少しだけ先端が跳ねているのが特徴的だ。

 肌色は白に近いが優しい色合いで、左肩に髪色と同じ色合いをしたタトゥーの様な模様が描かれている。


 顔立ちは王都の人々を騒がせるように大変美しい、それこそ美しい翡翠の瞳は見つめられただけで世の男性達を魅了してしまいそうな妖しさがあった。


「・・・・・・貴方が」


 服装は何処かの民族衣装だったり、踊り子の様な薄い布を何重に重ねた装いをしているが露出はそこまで多くない、それこそ両肩の素肌が見えるぐらいで他は衣服に隠れていた。


 女性をジロジロと見るのはよろしくないと分かっていても、人生で初めてエルフを見ることもあって、無意識の内についつい眺めてしまっていた。

 一方のエウルアも俺のことを興味深そうに見ていた。


「では、話し合いを始めましょうか」


 少しの間、お互いを眺めていたら、話を進めるべくバンクが強引に流れを切った。






 相対するように自分とバンクが横長の机を挟んで向かい合う様に座り、エウルアは横長の机の端、自分の視界から左側に見える位置に椅子を用意して座った。


「では契約を詰めていきましょうか」


 話の進行をするのは仲介役である奴隷商人のバンク、パンと軽く手を叩いて場を整えると一番最初に話を切り出した。


「今回、私はエウルアの依頼を受けて各奴隷市場に斡旋をしております。その費用は既にエウルア側から支払われているので、今回の契約に関しては私の取り分はありません」


 長い説明の間に、バンクは部下を呼ぶと事前に用意していた書類を自分とエウルアの両者に配る。その書類の内容には、バンクとエウルアが交わした契約の内容が書かれていた。


「今回、カインリーゼ王国で契約が結ばれる場合、エウルア自身が追加で支払う金額はございません。その為、イッセー様がエウルアを購入された場合に追加で支払うお金も無い事を最初にご説明させていただきます」


 奴隷というのは、理由がまちまちではあるものの、奴隷になる条件として奴隷本人が持っていた債務を主人が肩代わりするといった契約もあったりするそうだ。

 そして今回、エウルアは債務に追われている訳ではなく、寧ろバンクにお金を支払って各国に連れて行って貰っているらしい。


 その契約ではエウルアが各国の奴隷市場を巡るに当たって必要な生活費用をバンクに先払いするといったもので、契約の内容ではカインリーゼ王国で契約が結ばれた場合、先払いしたお金の一部が戻ってくるのだという。


「そして本契約につきまして、エウルアが必須条件として赤ポーションの譲渡を出されていますが、イッセー様が既にこの条件を承諾し、譲渡予定のポーションの鑑定も終わっているので、その他細かい条件を詰めていきます」

「・・・・・・本当に赤ポーションが見つかるなんて」


 商人として毅然とした態度で説明を続けるバンクの横で、契約内容が書かれた書類を見ながらエウルアがボソリとそう呟いた。


 その様子を見たバンクはゴホンと軽く咳をして話を続ける。


「イッセー様はエウルアを使用人及び第三種作業を行う奴隷としての契約を希望しております・・・・・・その為、私バンクは衣食住込みの月35万ゴルド相当の契約が妥当だと考えております」


 第三種作業、というのは都市内で一般的な軽作業の事を言う。第一種であれば冒険者の様な危険作業、第二種であれば農作業と言った具合に色々な種類に分けられている。


「エウルアは文字書きに加えて簡単な計算も出来ます・・・・・・が、今回、赤ポーションを譲渡することも鑑みて月35万ゴルドが妥当でしょう」

「私は問題ない」


 バンクの提示した契約内容にエウルアは即答した。


 正直言えば、バンクが提示した契約内容はかなり破格だ。


 それこそ、以前エウルア見に来た際に一緒に居たアイナ曰く、月1000万でも驚かないというのは多少の誇張は混じっていてもそう的外れというわけじゃない。


 エルフという希少性、美しい顔立ちに加えて女性なら未婚や処女であることも加味されればその価値は桁違いに上がる。


 やはりというか、過去にエルフを購入した人間の中にはだった者も多かったようで、非合法なものを除けば、それこそ国を支配するレベルの権力者でなければエルフの奴隷というのは持てなかったという。


 そしてエウルアはエルフの女性、未婚、処女、年齢も18とされている・・・・・・まぁどうやって確認したかは分からないが、まぁ女性の従業員も居るので同性が確認したんだろう。


 これらの条件を鑑みればエウルアは条件としてはかなり優れたものを持っていた。


 少なくとも、以前アイナと見かけた文字書き計算が出来る30代の人間の男性が月30万で売りに出されていたことを考えれば、いかに今回の破格な契約なのかが分かる。


 寧ろ、物価の高い王都と考えれば賃金は安いぐらいだろう。


「寧ろ、お金を貰わなくてもいい・・・・・・本当に赤ポーションを譲ってもらえるのなら、この身を捧げても問題ない」

「・・・・・・気持ちはわかりますが、そうはいかないでしょう?貴方が稼がなければ一緒に居る方はどうなるのですか?」

「一緒に居る方?」


 人身御供、赤ポーションを譲って貰えるなら自分を犠牲にしても構わないという半ばやけくそ気味になっていた。

 しかし、エウルアの言葉を遮るようにバンクがまるで神父の様に語りかけるとピクリと彼女は反応した。


 そして同時にバンクが言ったエウルアと一緒に居る方、という言葉が気になった。


 半ば反射的に聞いてみると、契約内容の説明の途中でありながらその問いに対してバンクはすぐに答えてくれた。


「エウルアと一緒に居る方、つまりは彼女が身を粉にして赤ポーションを入手し、使いたい相手です・・・・・・彼女の名はアリア・ファインキス、この世で最も珍しい種族の一つであるハイエルフの少女なのです」






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