第50話 奴隷商人バンク
王都闇市は今日を最終日として、明日から半月間の準備期間に入る。
その為、闇市へ訪れる客は初日と変わらないぐらいの人数が訪れており、やはりというか、闇市でも一番の目玉商品であるエルフ奴隷は初日よりも多くの人達が見学へ訪れていた。
エルフがこの闇市へやって来てから今日で丁度一ヶ月が経過するが、この長い期間であっても彼女を購入しようという者は現れなかったようだ。
噂で聞けば、王都でも指折りの商会が購入しようと検討したそうだが、金額はまだしも必須条件である赤ポーションが用意出来なかったようで、それ以降も名だたる商人たちが彼女を購入しようと躍起になったみたいだが、結局のところ最終日である今日まで売却はされていない。
俺は前回と違い、今日は闇市へ一人でやってきている。格好も地味めな色合いの外套を着込みフードも深くかぶって周囲から顔を見られないようにしている。
姿だけなら間違いなく不審者ではあるものの、まるでお祭りのような喧騒に包まれているおかげか、周囲にいる人達は俺を見ても気にも留めない。ただ買い物以外にも単純に騒ぎたいだとか、一種のお祭りのような状態になっていた。
『やはりエルフでも条件が厳しすぎて売れんか』
『ヴォッツ商会の紫二等級のポーションを複数個用意出来るようだったが、それでも断られたらしい』
『やはり赤ポーションは絶対か』
ガヤガヤと、熱気に包まれる王都闇市の中央エリアに屯している人々をかき分けて、目的である販売所まで向かう。
途中、興味深そうな話をしている人達の言葉に耳を傾けながら、専用のテントが張られている販売所までたどり着いた。
「いらっしゃいませ、ご要件は?」
「エルフの奴隷の購入を・・・・・・」
王都闇市で販売されていた奴隷達は初日の内に殆どが売れてしまったようで、奴隷販売の受付は思っていた以上に閑散としている。
木製の敷居に囲われた販売所の受付では、人の良さそうな若い男性が椅子に座って待機しており、横長の机にはペンと誓約魔法の込められた特別な用紙が束になって置かれており、周囲には屈強な警備兵が待機していた。
受付の男性は、最初こそ自分の姿を見て少し眉を顰めたものの、まばたきをした瞬間、その表情はビジネス用の笑顔になっていた。
ただ俺の返事を聞いて、その表情はピクリと固まる。
「ご確認致しますが、エルフの購入条件はお読みになられましたでしょうか?」
「大丈夫だ」
エルフの購入条件は複数存在し、まず前提として赤ポーションが必要だ。
そこから奴隷の用途や雇用期間に応じて金額が変動するらしく、一番安いので家事代行といった使用人としての雇用、一番高いの妾や愛人としての雇用だ。
これは言葉を意図的にあやふやにしているが、妾や愛人としての雇用はつまり性奴隷ということになる。
他には冒険者としての雇用もあり、こちらは使用人雇用の次に安い。
一番安価な条件である召使いの代行であれば、大体、月20万からになっており、勤務形態に応じてその額は変動するそうだ・・・・・・これは商品であるエルフ本人や、販売を承っている奴隷商会と購入者の三者を混じえて詳しく条件を切り詰める。
雇用期間は半年から百年と長く設定されており、条件によっては生涯のパートナーとして・・・・・・という、普通ではありえない雇用期間を設定できるのは、寿命が長いとされるエルフらしい。
「・・・・・・ではギルドカードの方をご提示して貰ってもよろしいでしょうか?」
半信半疑、受付の男性は笑みを絶やさないものの、彼を纏う雰囲気からそんな感情がヒシヒシと伝わってくる。
その考えは周囲を警備している兵士達も同じようで、中には腰に携えている剣に薄っすらと手をかざしている者もいるぐらいだ。
「!?・・・・・・こっ、これは!!」
明らかに不審な目で見てくる受付の男性に対して、俺は何か話すわけでなく、榊原に用意してもらった特別なギルドカードを取り出す。
濃い赤紫色、いわゆるワインレッドのギルドカードはクレムスランクのギルドカードというらしい。
クレムスとは、このアスフィアル世界に存在する希少な鉱石の名称だ。
このクレムスランクのギルドカードという存在を、俺は知らなかったものの、目の前にいる受付の男性はこのギルドカードの存在を知っていたようで、見た瞬間、まるで全身が一瞬にして凍ったかのようにその動きを止めた。
ワインレッドの色合いをしたギルドカード、この存在を正しく認識できたのは目の前にいる受付の男性だけであったようで、周囲の警備兵達は全員が疑問符を浮かべている。
「しょ、少々お待ち下さい!!」
ガタッ!と座っていた椅子を弾き飛ばすかのように、勢いよく飛び出ていった受付の男性を周囲の兵士たちは唖然とした表情で見送った。
「大変お待たせしました!!本案件につきましては、このバンクが承ります!!!」
待たせたというには、数分しか経っていないものの、受付の男性が連れてきた人物はよほど急いできたのか額に汗を垂らしている。
バンクという男性の後ろには、先程の受付をしてくれた男性に加えて多くの人が後に続いている。
一気に人口密度の高くなった受付テントから移動して、テントの奥へ案内される。
「ハクバ・イッセー様・・・・・・大変恐縮なのですが、クレムス級の商人様で私はイッセー様の名前をを存じていないのですが・・・・・・いつ頃昇級されたのでしょうか?」
「・・・・・・私の顧客に王族が居るのでその関係で、昇級したのはつい最近です」
「あぁ、なるほど」
受付テントの奥へ案内され、やって来た場所は未だ闇市用に建てられた仮設の建物ではあるが、グレードは段違いだ。
用意されている調度品といった品々も、素人目で高級な物だとわかるほどだ。明らかにこの場所が重要な取引の際に用いられる場所だと、俺はその場で理解した。
「エルフのご購入を希望されているということですが、必須条件として赤ポーションをご用意していただく必要がございますが、今現物でご用意されていますでしょうか?」
「勿論、持ってきている」
ゴトン、クリスタルカットの施された透明な容器に入った赤ポーションを取り出し、バンクの目の前に置く。
その色合いは若干黒いものの、ポーション液の色はちゃんと赤くなっており、小瓶サイズの容量しか入っていないが、その圧倒的な魔力のオーラを感じてか、正面で赤ポーション液の入った容器を見ていたバンクはゴクリと大きく喉を鳴らした。
「これが赤等級ポーションですか・・・・・・私も何十年と商いをしておりますが、実物を見るのはこれが初めてです」
態々自分に許可を貰ってから、恐る恐ると言った様子で赤ポーションの容器を手に取る。
衝光石の灯りに照らされた赤ポーションの透明な容器は光を乱反射して美しい装いになる。
「・・・・・・勿論、この赤ポーションも凄いですが、この計算尽くされたガラス容器の加工技術も凄まじいですね・・・・・・私は専門ではありませんが、このレベルとなればホーツマスよりも上かもしれません」
「ホーツマスですか?」
「えぇ、私はその仕事柄から様々な土地へ行くのですが、カインリーゼ王国から遥か北へ向かった場所にホーツマス王国という国があります。そこは大陸随一の加工技術があるとされていまして、特に宝石加工に関しては随一とも言えます」
地球であれば、宝石は美しい見た目と希少性から高い価値を持ち、指輪やネックレスといった装飾品の一部として使われることが多い。
それはこのアスフィアルの世界でも同じで、富裕層の平民や商人、貴族から王族といった上流階級と呼ばれる人達の間で流通していることが多い。
それに加えて、この世界で宝石は魔力と魔法を媒介する物質として広く知られていて、着飾ったり美術品としての用途以外にも、装備品として用いられたりもするらしく、一流の魔法使いともなれば全身に宝石が散りばめられたアクセサリーや指輪を付けていたりすることもあるそうだ。
なので宝石に関しては金と違ってこの世界でも結構価値が高かったりするようだ・・・・・・ただ地球と違って様々な種類が存在するので、その値段はピンキリらしいけど。
「ホーツマス王国、いつか行ってみたいですね」
「良いところですよ、ただ北国なので年中寒いのが玉に瑕ですが」
赤ポーションの鑑定をする為の準備をしている間、俺とバンクは談笑しながら親交を深めた。
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