第49話 運命のシュークリーム

 榊原に依頼した戸籍の別名義登録は、赤ポーションが丁度出来上がった頃に完了した。

 名刺サイズのアルミの様な金属製の薄いプレートには、特殊な製法で彫られた情報が書き綴られており、背面にはカインリーゼ王家の紋章が描かれている。


『商・特1 白馬一星 HAKUBA ISSEI』


「ナニコレ」

「せっかくですし・・・・・・別名義を登録するなら一星くんの名前が良いなぁって」


 赤ポーションの経過報告も相まって、再度エンファイブ魔法学園へ訪れた俺は、前回と同じ様に獅子寮の応接室へ案内された。


 応接室に入ると、既に凛とした佇まいの榊原が待っており、俺は仰々しく王族に対する作法で挨拶をすると、そのまま部屋の中には俺と榊原だけの二人になる。


 最近ではかの有名なクリス王女が逢引をしているだとか、噂されているみたいだが、その真実は全く違うのがまた面白いところ。


 応接室の横長のテーブルには、俺が持っている鈍色の商人ギルドカードと違った色合いをしたギルドカードが置かれていた。


 これが用意してもらった別名義のギルドカードか・・・・・・と、用意してくれた榊原の許可を貰って手に取り確認してみる。


「・・・・・・まぁ、別にこれでもいいんだけど、この特1って?」


 俺が持っているアレン名義のギルドカードは、まだ登録してから三年未満または特筆すべき実績が無い者が持つ鈍色のギルドカードだ。


 一応、正式なギルドカードではあるので様々な契約の際には有効ではあるものの、この鈍色のギルドカードは実績の無い新人という意味もあるので、大手商会だったり大型契約を結ぶことは難しい。


 このギルドカードは、様々な実績に応じて昇格・降格される。冒険者であれば強力なモンスターを討伐したり、未踏破ダンジョンを攻略したりと言った具合だ。


 逆に商人はその商会の規模や、王国やギルドへの一定以上の納税額が判断材料となるらしい、これらの事からして高ランクのギルドカードは冒険者よりも商人の方が希少だとされている。


 ギルドカードは、冒険者も商人も同じ様に ”アイアン” ”ブロンズ ” ”シルバー” ”ゴールド ” ”プラチナ ” と昇格していく・・・・・・最近、旅団と契約をしたコペン商会はシルバークラスの王都で一般的な商会だ。


 ちなみに、エラクトンの街でバーをやっている俺の知り合いのゼンはブロンズクラスの商人だ。


 そして俺が榊原から新たに渡されたギルドカードはこのいずれにも該当しない、濃い赤紫色――――いわゆるワインレッドの色合いをした美しいギルドカードだった。


 そのギルドカードには白馬一星という、榊原の推しであるワンステのキャラクターの名前が書かれているが・・・・・・まぁ、彼女の性格からして、この程度のサプライズはまだ理解が出来る。


 しかしこのワインレッドのギルドカードは一体何だ?最初受けたギルドの講習会ではプラチナ以上のランクは教えてもらわなかったし、この商というマークの横についている特1、と彫られている文字も少し気がかりだ。


 そんな俺の疑問に対し、榊原は少し複雑そうな表情を浮かべながら答えた。


「この世界のお父さんに頼んだら妙に張り切ったようで・・・・・・最初はシルバーランクのギルドカードを用意しようと思ったんですけど、なんか王家公認の特別な奴を用意しちゃったみたいで・・・・・・」

「王家公認?」

「うん、特1だとマルクス商会やゾア行商組合の会長が持っているギルドカードですね」

「なっ!?」


 マルクス商会といえば、カインリーゼ王国を代表する大商会だ。


 流石に世界規模で活躍する西王寺グループ程では無いにしろ、交通手段や連絡手段に乏しいアスフィアル世界で各都市に系列店を出店するというのは、地球に比べて遥かに難易度が高い。


 マルクス商会は、確か本店が王都ではなくカインリーゼ王国西部の大都市『サレサ』にあったはずだが、それ以外にも王都を初めとして複数の都市に店を構えていたはずだ。

 流石にエラクトンの様な小さな街には無いが、マルクス商会が運用する商隊は何度か直接この目で見たことがある。


 つまり何が言いたいかと言うと、こんな田舎者でも知っているほど、マルクス商会というのは有名な大店だということだ。


 もう片方のゾア行商組合は、マルクス商会よりも数段規模は下がるが、田舎の人間や辺境の農村に住む人間だと寧ろマルクス商会よりも有名な行商人を統括する組織だ。

 形態としてはギルドに近く、大都市に店を構える本部から商品を受け取り、組合員であるゾアの行商人達がカインリーゼ王国中を巡って商いをする。


 このゾア行商組合はその形態のお陰で、普通の商人であれば出向かないような辺境の村まで向かう事ができ、規模で言えばマルクス商会の方が上なのだが、王国に対する貢献度的にはゾア行商組合の方が上だったりする。


 どちらも違った特徴のある商会ではあるものの、共通しているのはどちらもカインリーゼ王国を支える大商会だということだ。


 そんな店と同格のギルドカードを用意する榊原の父親・・・・・・つまりこの国の国王はいくら娘だとはいえ、流石に頑張り過ぎではないだろうか?


「ま、まぁ、このギルドカードがあれば用地取得も簡単になりますし、ギルドからも保証なしで無制限の借り入れが出来るのでいいんじゃないでしょうか?」

「確かにそうだけどさ・・・・・・」


 今回、俺はエルフを購入するに当たって、近年では既にダンジョンから出土されることが稀になってきた赤ポーションを公の場に出す事になる。

 少なくとも、エルフ奴隷を取得したというのはまず間違いなく大きな話題を呼ぶ事になる訳なのだが、今回榊原が用意したこの特別なギルドカードはこの赤ポーションやエルフ奴隷の購入の話題を一気に吹き飛ばすレベルになりかねない。


「・・・・・・いや、でもある意味これでいいのかもしれない、売り出す物の都合上、これぐらい派手だと分かりやすいしさ」


 榊原も最初はシルバークラスの一般的なギルドカードを用意する予定だったらしい。

 それを榊原の父親が何を思ったのか、王国を代表する商会に渡す様なギルドカードを用意してしまったのは榊原自身、想定外のことだったのだろう。


 寧ろ、お願いしているのは俺の方なので、色々計画に多少の修正は必要にしろ、逆を言えばこれほど広告効果の大きい物は無い。


 ある意味チャンスでもあり、俺が上手くこのギルドカードを扱えれば計画以上に事を進めることが出来る可能性があった。


 何故か申し訳無さそうにしている榊原に対して、俺は心から感謝の言葉を伝える。確かに想定外の出来事ではあるものの、決して悪い要素では無い。


「あ、もしかしたらこの前、新条さんがお土産でくれたシュークリームをお父さんにも渡したからかも?」

「このギルドカードの理由、絶対それだろ!?!?」


 旅団の支援者になってもらうに当たり、俺は返礼として定期的にお菓子類を渡していた。

 榊原が言う、シュークリームもこの前のフルーツタルト同様に晶さん推薦の最高級のシュークリームだ。


 下手すれば数ヶ月待ちの超人気商品・・・・・・それを色々な伝手を使って用意して貰った訳なんだけど、まさかそのシュークリームがこの国の国王のもとまで届くとは思いもしなかった。


 この国では、質の高い菓子を用意することは、その人物の器や力量を表すという。

 織田信長や豊臣秀吉といった戦国時代の名だたる偉人達が、茶器や茶道に力を入れていた様に、この国の貴族達も菓子に力を入れている。


 ただ甘味を楽しむだけでなく、政治利用されているという訳だ。


「そりゃあ、地球の高級洋菓子を国王様に振る舞ったら、そりゃ勘違いされるわな・・・・・・」


 ビスケットやクッキーといった焼き菓子が主流のこの世界において、シュークリームといった菓子はある意味革命的な物に近いかもしれない。


 榊原を通じて食したシュークリームも国王がどう思ったかは分からない・・・・・・が、今回の件を考えるに、多分だが物凄い評価を貰っている気がする。


 その理由が榊原に頼んだ別名義のギルドカードの有り得ない高ランクな訳で、榊原に追加で聞いてみれば国王以外にも、母親である王妃や親しい妹たちにもこのシュークリームを渡したのだという。


 ・・・・・・その話を聞いた俺は、何処か心のなかで他王族達から壮大な勘違いをされている可能性があるような気がした。

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