第48話 魔法薔薇〈マジックローズ〉栽培の裏側で

 4000本の魔法薔薇マジックローズから小瓶2つ分のポーション液が抽出できた。

 もしこれが紫ポーションを造った際の手法であれば、多分小瓶1つ分も抽出できなかったと思う。


 予想以上に抽出できた赤ポーションの一本は俺が、もう一本は晶さんを通じて龍幻会長傘下の研究所に送られる予定だ。以前の赤とも紫とも言えない色合いだったポーションと違い、今回作った赤ポーションは色合いこそ少し暗めではあるものの、ちゃんと赤色と言える色合いをしていた。


 クリスタルカットが施された美しく透明度の高いガラスの容器に今回出来上がった赤ポーションは入っており、ポーション液の色合いからしても見た目だけなら香水にも見えなくない。


 こうして出来上がった赤ポーションではあるが、出来上がったのは期日の最終日、王都闇市の運営によれば今日の夕方をもってエルフ奴隷の公開が終了し、次の都市へ移動するという。


 そして未だ王都闇市でエルフ奴隷を購入したという情報は無い。






 一ヶ月の間、俺は晶さんといった人達と魔法薔薇マジックローズを栽培していた訳なんだけど、それ以外にもエルフの奴隷を迎え入れる為に水面下で色々な事をしていた。


 1つ目は購入する予定のエルフが泊まる場所の確保、話によればエルフ奴隷以外にももう一人同行者が居るらしく、話によればその人物は何かしらの疾患を抱えているようで、今回エルフが自ら奴隷として買って出たのはこの同行者を救うためだったと言う。


 だからこそ、エルフ以外にももう一人の同行者が一緒に暮らせる住まいを用意する必要があり、俺はもう一つの用件に加えてこれら問題をエンファイブ魔法学園で生活している榊原に頼むことにした。


「エルフの奴隷って、まさにラノベ展開というか・・・・・・」

「奴隷というよりは口が堅い従業員が欲しかったんだけど、なんかめぐり合わせでこうなったんだよ」


 以前、レイ・カスティアーノと面会した時と違い、俺は大鷲寮ではなく榊原が寮生活をしている獅子寮へとやって来ていた。


 内装こそ、深緑をイメージした大鷲寮と違い、赤を基調とした装いになっているものの、基本的な構造は獅子寮も大鷲寮と同じだった。


 幾つも存在する応接室の中の1つを貸し切って、俺は何処か緊張の解れた榊原と一対一の状態で面会していた。


「王都中で住居を探すぐらいなら、態々私に頼んでやらなくても大丈夫じゃないですか?」

「それはそうなんだけど、相手が相手だし、もう一つ頼みたい事もあって相談しようと思ったんだ」

「もう一つの頼み事ですか?」


 相変わらずこの国の王女様として君臨している榊原は、他人が居るとそのクールな見た目通り澄ましたような態度をしているものの、初の顔合わせ以降、彼女はそれなりに自然体に接してくれるようになっていた。


「あぁ、今回エルフを購入する事になれば、絶対周囲から注目されるからな、別名義で商人をやりたいと思ったんだ」

「あー、それは確かに私じゃないと出来ない案件ですね」


 正直、エルフとその同行者を住まわせる場所ぐらいなら、お金である程度解決することが出来る。

 エラクトンや地方都市に比べて、王都周辺の家賃はべらぼうに高いが、よほどの好立地でなければお金を払えばどうにかなるレベルだった。


 だがしかし、俺が榊原にやって欲しいもう一つの案件は、お金で解決出来る問題じゃなかった。


 別名義で商人になりたい、その言葉を聞いた瞬間、正面のソファーにやたら良い姿勢で座っている榊原は納得した様子で答えた。


「戸籍の追加でしたら問題ないですよ、新条さんには色々とお世話になっていますし、こちらで手配しておきましょう」

「ありがとう、助かるよ」


 アスフィアルの世界・・・・・・というよりカインリーゼという王国は戸籍制度がしっかりとしており、国境沿いの辺境の村であっても一人ひとりにしっかりと戸籍が登録されている。


 そしてカインリーゼ王国の制度として、冒険者や商人が持つギルドカードにはこの戸籍情報が紐付けられていることから、別名義で登録することは通常だと不可能だ。


 ただこの制度には例外もあって、まず1つ目が西王寺の様な転移者の場合だ。

 この世界へその身のままやって来た転移者たちは、この世界で神子と呼ばれており、カインリーゼの主要都市で検査登録は必要なものの、比較的簡単に戸籍登録が出来る。


 本来であれば、国外の難民や移住者がカインリーゼの国籍を入手することは難しい、ただ西王寺のような転移者は優れた魔力と強力な祝福ギフトを持っている場合が多いので、戦力的、人材的な価値から優遇されているというわけだ。


 ちなみに俺は転生者なので、この神子には該当せず。ただのカインリーゼ王国民となっている。


 ではカインリーゼ王国民である俺が別名義で新たに戸籍登録をする方法は?といえば、王国が特例で別名義の戸籍登録を認めた場合になる。


 基本的に、カインリーゼ王国は法の権力によって支配されており、その形態は法治国家に近いのだが、ファンタジー世界よろしくと言った感じに、この国では法律の上に王族が存在する。


 ただ王族が了承すればすぐに許可が下りるという訳ではなく、様々な言い訳というか理由が必要で、その理由の多くは国家の利益となる場合や、滅私奉公の精神があれば認められるというが、実際は様々な裏取引の結果認められることが多いという。


 今回、俺はエルフの奴隷を購入する当たって旅団に注目が行かないようにしたいと思っている。

 この世界において、奴隷を所有するということは決して悪ではないものの、念には念を入れたいという形だ。


 ただ単純にカインリーゼ王国以外だと奴隷制度が禁止されている場所もあるから、というのもあった。


 もし今後、何かしらの理由で国外で活動する場合、旅団のメンバーが奴隷を所有していた・・・・・・という理由で、何かしらの不利益を被る可能性はゼロじゃない。

 なので俺は今回、この国の王族である榊原に別名義で戸籍登録をすることにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る