第38話 魔法薔薇〈マジックローズ〉②

「・・・・・・良い意味でぶっ飛んでるわね、貴方」


 ゴトン、と西王寺の目の前にあるテーブルに若干青みがかった紫色のポーションを置く。


 闇市に流せば、一本数百万もする大変価値のあるもの・・・・・・ではあるがポーションは消耗品だ。


 長年愛用することが出来る武器や防具と違い、ポーションは使おうが使わまいが使用期限が存在し、その期限はこの瞬間にも刻一刻と短くなっている。


 だからこそ俺は、このまま出来上がった紫ポーションを無駄にするのもどうかと思い、西王寺に尋ねることにした。


「言っておくけど、コレはおいそれと市場に流せないわよ?だからといってこのポーションを使う場面が来ることはあまりないし・・・・・・」

「だからといって無駄するのも良くないだろう、ギルドの方でもいいから売るのはどうだ?」


 言葉の都合上、闇市と言っているが王国の法律上ではギルドを介さずに売っても問題は無い。

 王国としては、そこから発生する税金さえ払ってくれればよしとしているので、この紫ポーションを闇市に流すことによって機嫌を悪くするのは冒険者ギルドになってくる。


 ただ暁月の旅団は今後ギルドと仲良くしていく方針なので、ギルドが嫌がる闇市への参加はあまり宜しくない行為だ。


「逆よ、これだけの代物をギルドに流すのは対外の評判がよろしくないわ、しかもギルドだってコレを売ったところで恩を受けたとは思わないでしょう」


 チーン、と西王寺はポーション液が入っているガラス瓶を指先で弾く。


「対外の評判か?」

「えぇ、コレだけの物を闇市に流せないということは、暗に交渉が下手・・・・・・と捉えられるわ、その影響を受けるのは貴方よ?」


 王都の闇市では、ギルドや王国が決めた価格よりも何倍も高い価格で売買が行われる。

 だがそこでは謀略渦巻く商談が日夜行われている。


 国やギルドが介さない為、ぼったくられても買い叩かれても、挙句の果てにはその品物が詐欺であったとしても罪には問われないし、問うことも出来ない。


 まさに無秩序な世界が広がっており、よほど闇市に精通していなければ不利益を被る可能性すらあった。


「それは・・・・・・困るな」

「ギルドを介さなければまともに売ることも出来ない人間だと王都では思われるわ、それは同業者だけでなくて、売る相手であるギルド職員だって内心そう思うはずよ?」


 ではギルドに売った場合はどうなるのか?と聞かれれば、これはギルドが制定した価格表通りに売買が行われる。

 これは物品の状態によって上下するが、闇市ほど法外ないちゃもんは付けられないし、比較的安心して売ることが出来る。


 だがそれは王都商人や冒険者からしてみれば逃げ、だと評価されるらしい。ギルドで売らなければまともに稼げない様な口下手な人間だと思われるらしい。


 将来的には商人になりたい俺にとって、その様な評価をされるのはかなり困る。一見すれば違法性の無い誠実な商人・・・・・・というのも悪くないだろうが、この手の界隈では正直者が馬鹿を見る事になる可能性が非常に高い。


「でしょう?だからといって、数百万の価値がある物をただ無駄にするのは更に馬鹿な人間がすることよ・・・・・・ちょうどいいわ、社会見学も兼ねて闇市に行ってみなさいよ」

「だが・・・・・・」

「別にチームの名前を伏せなくていいわ、こんな事で迷惑だなんて思ってたら活動できないわよ?」


 俺の内心をしっているのか、西王寺は先んじて釘を刺してきた。


 ・・・・・・西王寺、お前本当に女子高生だよな?


 社会経験で言えば俺のほうがあると思う・・・・・・ただまぁ、国有数の大企業だとかそんなんじゃないが、相手は異世界転移さえ無ければ女子高生だ。


 これが日本を背負って立つ大企業の娘か・・・・・・そんな事を内心で思いながら俺は西王寺から命令を受ける。


「あ、それとこの件は他団員には内緒ね?あとアイナも同行するように」

「えーーー――!?私もですかぁ!?!?」


 西王寺が締めの言葉を言った後に、いい忘れたように俺の隣りに座っていたアイナにも同行するように言い渡した。

 その言葉を聞いて、何処か他人事のように話を聞いていたアイナは目をまん丸にして驚いているのであった。


「当たり前でしょ、貴方は兼任とはいえウチの団の補給係・・・・・・上手く売れば500万相当の商談をするのよ?責任者の貴方が不在でどうするのよ」


 驚いているアイナに対して、当然のように話す西王寺の表情に対して、俺はさもありなんといった感じで見ていた。




 ・・・・・・あ、西王寺にあと残り五本分のポーションをどうするか聞くの忘れていた。








(・・・・・・これが500万になるとはなぁ)


 チームハウスの俺の自室は、基本的に日本とアスフィアルを行き来するための場所として活用しているので、家具は最低限のものしか無く、まるで極度のミリマニストのように殺風景となっている。


 しかし、最初から備え付けられていた机にはコポコポとアルコールランプから出る火に熱されて沸騰するポーションが置かれている。これら道具は一見すればまるで中学の実験風景を思い出すが、やっていることに大差はない。


 何故、俺がポーション作りをしているかといえば、単純にこれ以上、魔法薔薇マジックローズの存在をバラす訳にはいかないからだ。


 魔法薔薇マジックローズの存在を知っているのは、団長である西王寺に上司であるアイナ、そして俺である。


 ポーションを作ったメイには魔法薔薇マジックローズが完全人工で作られた薬草だということは伝えていないので、紫ポーションの存在を知っていても全貌までは知っていない。


 一方、魔法薔薇マジックローズを生み出すきっかけとなった塚本さんにも伝えていない、これは西王寺から直接報告しないようにと止められているからだ。


 そういう状況からして、正式なポーション製作者であるメイに対してもう一度紫ポーションを作って欲しい・・・・・・なんて頼める訳もなく、自作することになった。


(全部ぶち込んじゃったけど、大丈夫か?)


 器材自体は日本で揃えているのだが纏めて作ろうと思い、残りの魔法薔薇マジックローズ50本を纏めて抽出機の中にぶち込んだ。


 市販のハンドプレス機でポーション原液を搾り取り、熱したり、原液を濾したりして純度を高めていく。


 そして色々と弄っていたら・・・・・・


「・・・・・・ん?赤?」


 魔法薔薇マジックローズ50本を一気にぶち込み、色々と弄った結果、出来上がったのはたった数滴の極限まで濃縮されたポーション。


 最初は失敗かとも思ったが、液体に触れようとすると何処かヒリつくような空気を感じる。


 流石に魔法薔薇マジックローズ50本を使っただけあって、抽出された液体はかなりの魔素が込められているようだった。


 その数滴の液体は、紫を通り越して黒に近い濃い色をしている。


 ただ少し気になったので、抽出した液体をプレパラートに乗せてライトの光に当てると、その液体は若干の赤みを帯びているような気がした・・・・・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る