第37話 魔法薔薇〈マジックローズ〉

 ポーションは、ダンジョンに群生する一部の植物を煎じて作られるアスフィアル世界における万能薬だ。


 その主な効果は傷の修復であり、損傷した場所が皮膚であっても筋組織であっても、内臓であっても等しく修復してくれる。

 だからこそ、危険と隣り合わせな職業である冒険者にとっては、このポーションの残数によって難攻不落のダンジョンへ進むか退くかの判断材料の一つになったりと、その役割は非常に大きい。


 王国中の冒険者を束ねるギルドも、基本的に冒険者は3つ以上のポーションを常備することを推奨しており、冒険者も己の命にかかわることなのでよほど貧乏でなれけば新人であってもベテランであってもポーションは必ず持ち合わせている。


「紫三等級のポーション・・・・・・どこで手に入れたんですかこんなブツ」

「少し実験をしたら出来たんだよ・・・・・・」


 そんなポーションには等級が存在し、その等級に応じて使用者に与える効能が変わってくる。


 アスフィアルの世界では、赤>紫>青>緑の順で等級が分けられており、それぞれの等級に1~3の数字が割り振られている。


 例えば今、俺とアイナの目の前にある紫三等級のポーションは、赤一等級を最上位とすれば、上から六番目の等級になる。


 各色3つの等級に分かれるので4色×3つの等級の計算で合計12段階に分けられるのだが、ただ等級が一つ違うだけでも値段はかなり変わってくる。


 例えば一番下の等級、緑三等級のポーションは、そのまま鮮やかな緑色をしている。このポーションは主にひびやあかぎれ、軽度の痣といった比較的軽い傷を治してくれる。


 値段にすれば、一本500円程度・・・・・・ちょっとした知識は必要だが器材があれば素人でも作れるような手頃なポーションになる。


 では逆に、今回紫三等級ポーションはどれぐらいの値段なのか?といえば、一本当たり、100万はくだらない。


 人類が開発出来る最上位のポーションが、紫一等級だと言われており、それ以上のポーションの製造方法は既に失伝したと言われている。


 なので、現段階では紫ポーションが市場に出回る最上位のポーションであり、その効果は他のポーション同様に一週間程度で半減するものの、市場で売りに出されれば瞬く間に買われていく代物だ。


「実験したらって・・・・・・」

「それなりに成功の見込みはあったけど、まさかここまで良い結果が出るとは思わなかった・・・・・・」


 今回、異世界で日夜研究している研究所の人達の頼みもあって、俺がアスフィアルの世界で個人的に栽培していた特別な薔薇から抽出した薬液は、この世界で希少な価値を持つ物へと生まれ変わっていた。


 魔法薔薇マジックローズ、そう命名したラメがかったキラキラとした光沢を持つ美しい青紫の薔薇、この植物が今回の大発見を生み出した張本人だった。






「薔薇、ですか?」

「はい、新条さんが提供してくれた薬草の中で、薔薇に近い植物ほど、多くの魔素を取り込めているのが統計で確認出来ました・・・・・・なので、異世界で薔薇を栽培して貰えたらなと思いまして」


 俺の前世の名字で呼ぶ人物は、吉田さんと同様に西王寺グループの極秘施設でファンタジーの物質を日夜研究している人達の一人の塚本という女性研究員だ。


 塚本さんは、40代半ばの吉田さんと違い、一昨年大学院を出たばかりの若手研究員の人だ。

 明るめの茶色みがかった長い髪を紐で軽く纏めて、吉田さんと同じく白衣を身に纏う姿は何処か様になっており、月9ドラマとかに出てきそうだ。


「薔薇ですか・・・・・・えぇ、大丈夫ですよ」


 それまでの間に、西王寺グループの研究施設では植物に対して定期的に魔法を浴びせるとその植物は薬草に似た効果を帯びる事を確認していた。


 だがしかし、魔素を帯びたからと言って全ての魔素を帯びた植物がポーションの様な働きをする訳ではなく、中には人体に有害となる毒性を示した物があったりと、その効果は植物によって様々だった。


 西王寺グループのファンタジー素材を研究する極秘施設・・・・・・つい最近、別の名目で会社を立ち上げられた名前では『Leaf』という名の研究施設では、魔力観測機の開発と並行して、より魔素を保有できる植物の研究も行われていた。


 その実験の偶然の産物として、今回のポーションは出来上がった。


 改めて言うが、紫ポーションは中々市場に出回らない希少なポーションだ。今でこそギルドの制定によって価格は決まっているものの、もし価格制定が無ければその価格は桁違いに跳ね上がる。


 ・・・・・・実際に王都の何処かにあるとされる王都闇市では紫三等級ポーションは一つ500万を超える・・・・・・などと噂されている。


 その効果は両手足の指を再生する・・・・・・というもので、これが二等級であれば腕や脚を再生し、一等級では眼、喉、肺、胃、腸、生殖器といった部位を再生することが出来るそうだ。


 御伽噺レベルになってくる赤ポーションであれば、脳や心臓すらも再生でき、その一等級ともなれば死者を蘇生することすら可能だと言われているが、これは眉唾ものなので除外する。


 今回出来上がった紫三等級ポーションは、この世界において一つ500万と割高であるが、元は市販品の苗から育てた薔薇に、定期的に強烈な魔力を浴びせるだけである。


 まぁ、この強烈な魔力が多分重要なのだろうが、時間はかかるが元手はそこまで必要としない。


 今回育てたのは、既に蕾状態の苗からだったので、一から育てればより良い結果が生み出せそうなくらいだった。


「メイさんも驚いていたよ、初めて紫ポーションを作ったって」


 俺が持ってきた紫ポーションを見ながら、アイナはこのポーションの製作者である団員について語る。

 メイは普段、ナナと違ったタイプのおっとりとした少しぽっちゃり目な体型をしたメイス使いの女性だ。


 メイはこの団でもかなりの古参に入り、リュカやラズリよりも先輩に当る。年齢は既に二十代後半であり、若い女性が多い旅団で最年長の女性だ。


「想定としては青ポーションぐらいだったんだけど、良い意味で予想を裏切られたな」

「いや、青ポーションすら人工開発ってどうなの?」


 薔薇を栽培するに当たり、必要な土地や経費を落とすために西王寺とアイナには話を通してある。


 薔薇を育てている場所は一階ロビーの空き部屋だが、一応他の団員に見られたくないので普段は鍵を掛けてある開かずの間だ。


「これ、他にバレたら絶対良くないよ?狙われちゃうかもね、アンタ」

「・・・・・・だよな」


 一個のポーションを作るのに、魔法薔薇マジックローズを約10本ほど消費したが、それでも一階ロビーにある栽培施設にはまだ40本程の魔法薔薇マジックローズが残っている。


 既に出来上がったポーションを西王寺に渡したとしても、後5本は紫ポーションを作れるわけで・・・・・・闇市場に流せば一本当たり500万と考えて、全部流したとしたら売上は単純計算で2500万となる。


 万が一にも、この魔法薔薇マジックローズが人工栽培出来ると分かれば当然俺だけでなく、この情報を知っているアイナや西王寺といった面々も他から狙われるわけで・・・・・・流石に俺とアイナの手では余る案件なので、魔法薔薇マジックローズの処遇を旅団の長である西王寺に伺う事にした。



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