第31話 王国最強のオタク女子

 ワンステとは、俺が死んだ後の日本で流行った女性向けスマホゲーム『プロジェクト・ワンダーステージ』を略した言葉だそうだ。

 内容は、様々なタイプの美少年達を育成させてトップアイドルを目指すという物であり、クリス王女―――――――もとい、前世では榊原結という名前の女性はこのワンステという作品の大ファンだそうで、前世では私生活を切り詰めてまでこのワンステに貢いでいた程だと言う。


 ・・・・・・そして、俺はそのワンステに出てくるキャラクターの一人である白馬一星という男性にそっくりらしい。


「そっくりってもんじゃないよ!生まれ変わりだよ生まれ変わり!!元バスケ部だった白馬くんと同じぐらい身長高いし、その低めのバリトンボイスも瓜二つ!!」


 キャアキャアと捲し立てるように耳を劈く声で熱く語る少女が、先程まで俺をずっと睨んでいたクール系美少女と同一人物だとは到底思えなかった。


 クリス王女・・・・・・この場では榊原と呼ぶが、この少女はワンステでもこの白馬一星が出てくるユニットの推しだったという。


「そ、そうなんだ・・・・・・」


 あまりもの熱量に思わず後ずさりしてしまうが、その離れた分、榊原は距離を詰める。

 大きなソファーに隣り合わせに座り顔を近づけており、第三者から見れば逢瀬を楽しんでいるようにも見えるだろうが、真実は混乱状態の女性から強引に言い寄られているだけだ。


 しかし相手はこの国で最も高貴な血を引く人間、ゴゴゴゴゴと榊原の背後から地鳴りのような圧が出ているのは、興奮で漏れ出てしまっている強烈なナニカは彼女の魔力なのだろうか?


「こんな世界にいきなり来て大変だったけど、白馬きゅんに出会えただけでこの世界に飛ばされて良かった!!」


 パッと見は西王寺のようなクールな見た目の少女なのに、彼女の言動からして何故か酷く裏切られた気持ちになる。

 ハァハァと頬を赤らめながら、両手をワキワキと気持ち悪く動かしている辺り、先程までこの部屋に居たレイが見たらどう思うだろうか。


「ま、待て!!俺はその白馬きゅんとやらじゃないし、第一、お前はこの国の王女様だろ、こんな場所で知らない男と同衾していたらマズイはずだ!!!」

「いえ、心配は要りません!私はこの国の王女、そんな噂なんて軽く揉み消せますので!!!」


 ガシリ!と榊原に両手を捕まれて解こうとするも、クリスに掴まれた腕は一ミリたりとも動かない、握る力こそ弱いものの、榊原は俺の力ではびくともしない怪力でソファー上に押さえつけていた。


「流石にシャレにならんぞ!?」


 幾ら相手が西王寺レベルに可愛いとは言え、こんな形で致すのは流石に御免蒙る、が、大声で助けを呼んでも反応は無い。


 先程の彼女が発した汚らしい大声ですら反応が無かったので、この部屋はしっかりと防音が効いているようだった。



「前世含めて経験はありませんが、予習はバッチリです!!さぁ、天井のシミを数えていれば終わりますので、無駄な抵抗をおやめください!!」


 彼女の興奮度合いも最高潮へと到達したようで、やんわりと抑えられ付けられていた俺の両腕も頭上まで動かされ、上半身がガラ空きとなってしまう。

 そんな細腕に何故そんなに力があるんだ!と内心で乱暴に愚痴りながら、ついには榊原にマウントポジションを取られ、あわや着ていた服を脱ぎ捨てられそうになった瞬間のことだった。


 ガチャリ


「・・・・・・」

「「あっ」」


 俺の抵抗が功を奏したのか、外で息を吸っていたキャミルが戻り、閉ざされていた応接室の扉を開けて中へ入ってきた。


 外で息を吸って少し落ち着いたようだったが、それでもキャミルはまだぼんやりとした様子だった。


そんな彼女が応接室に戻って最初に見た光景は、ソファーの上で王女が俺を上から押さえつけているというもの・・・・・・立場は逆だろうが、第三者から見ればこれからグフフな展開が起きそうな状況だった。


 そんな光景を呆然として見ているキャミルを傍らに、俺と榊原はあっと我に返るように短く声を出した。


「きゃうぅ」


 俺と榊原が同時にキャミルを見たところで、状況が読み込めないキャミルはぐりんと目を上方へ向けて、可愛らしい声と共にバタリとその場で倒れてしまった。






 今回連れてきたキャミルは面会時こそ役には立たなかったが、俺のアスフィアル人生において、最大の危機を救ってくれた事で彼女を半ば騙したように連れてきた判断に感謝した。


(明日、ゆめ恋の4巻買ってくるか・・・・・・)


 気を失ってしまったキャミルの頭を膝に乗せ、サラサラな水色の髪を手櫛で解いていく、彼女の乱入がもし無ければ、今頃俺は対面のソファーで正座をしている少女に襲われていたのだろう。


「私としたことが・・・・・・推しを目の前にして理性が蒸発するとは・・・・・・なんということを」


 手をワナワナと広げ、先程までやっていた行為を信じられない、といった様子で自問自答していた。


(理性が蒸発ってなんだよ・・・・・・)


 正気に戻った榊原は、相変わらずその氷のようなクールな見た目に反して、気の抜けたような喋り方をするものの、元々の素はコチラなのかもしれない。


「・・・・・・榊原、お前って転生者なのか?転移者なのか?」


 自罰するのは構わないが、そうしている間にキャミルが目を覚ますかもしれないので、遠回りせずに直球に聞いた。


「私の場合は多分憑依?ですね、私が大学二年生の頃、ちょうど昼休みの時間にいきなりこの世界へ飛ばされたんです。その後はこの身体の持ち主と意識が混ざりあって今の人格が形成されたって感じですね」

「憑依か、そのパターンは知らなかったな」

「少なくとも、私の周りに覚醒者は居ませんでしたので詳しくは分からないです。なんなら同郷の者と会ったのは初めてですし」


 転生者は、大体都市クラスの場所に一人や二人ぐらいの割合で居るが、普段生活していれば早々出会うことは無いレベルだ。


 それこそ、普通に生活していれば一生出会うこともないだろう。


 理由を更に加えるならば、榊原はこの国で最も高貴な血を引く王家の一員だ。


 本流から外れるとは言え、末端の貴族とは全然格が違う。これまで出会ってきた人間も限られていると思うので、榊原がこれまで転生者や転移者と出会ったことが無いのは珍しいことではない。


 俺も二十歳になって、初めて西王寺と出会ったぐらいだし。


「俺もこの世界で二十年近く生きているが、これまで同郷の人間と会ったのは殆どないな、同じ日本人・・・・・・で限れば出会える確率はかなり低いと思う」


 ここで榊原には西王寺の事は伏せておく事にした。話せば強力な味方になってくれる可能性もあるが、万が一の場合が考えられるので、ここは俺が知っている転生者関連の常識を話す。


 そして榊原からは、これまで経験してきたこの世界に関する貴族社会について話を聞いた。


「いやぁ、異世界人って顔面戦闘力が高い人が多いから、どうしても緊張しちゃうんですよね・・・・・・コミュ障って訳じゃないんですけど、妹達からは変人扱いされちゃいますし」

「・・・・・・そうか」


 えへへ、と相変わらず何処か気の抜けた様に話す榊原に合わせて相槌を打つ。コミュ障気味の人間が、他人を襲う一歩手前まで行くことは普通だと考えられないが、周囲から変人扱いされるという事は、転生者や転移者じゃなく彼女独特な感性があるのかもしれない。





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