第29話 平民と貴族と王族と

 レイ・カスティアーノとの面会は、まるで戦場に居るかのような緊張感が張り詰めた空間で行われた。


 その理由は単純で、西王寺にも引けを取らないような絶世の美少女がその美しい青い瞳でコチラを睨んでいるからだ。


(なんかやったか?俺)


 敵意では無いと思うが、クリスと呼ばれた少女からはヒシヒシと針で刺すような威圧感を感じる。それも相手が美少女なら尚更だ。


 それに加えて、今回一緒に来ているキャミルはこの圧力に負けて半ば放心状態となっていた。強引に連れてきて何だがもう少し役に立って欲しいと俺は内心で愚痴った。


「・・・・・・とりあえず。これを」


 俺はこの嫌な流れを断ち切るため、開口一番に今回持ってきた切り札を使うことにした。


 キャミルと反対側のソファーの上に置いてあった白い箱、昼間の内に予約して受け取っていた晶さんお勧めのフルーツタルトが入った菓子折りだ。


 真っ白な紙袋には、事前にドライアイスといった保冷が効くように持ってきたので、この場で用意しても美味しく食べられるだろう。


「これは?」

「今回の面会に合わせて用意した。特別なお菓子です・・・・・・本来は保存の関係から店では普通お出しできないのですが、今回はこの様な場を設けていただいたということもあり、ご用意しました」


 俺が特別、といった瞬間に向かい側で興味深そうに菓子折りを見ていたレイの表情がピクリと動く、その動作は一瞬ではあるもののあえて強調して喋った言葉は彼の琴線に触れたようだ。


 お菓子、ということもあってレイがパンパンと軽く手を叩くと、短い間に扉の向こうから純白の食器を運んできたコンシェルジュの人がやって来る。

 あまりにもの応答の速さに、唖然と見ていると、応接室へやって来たコンシェルジュの人はサッサと手早い動きで俺とキャミル、反対側に座っているレイとクリスの目の前に皿を置いた。


「この箱の中に入っているお菓子は切り分けるタイプかな?」

「いえ、個々で食べるタイプなのでそのままお皿に盛り付けていただけたら」


 箱から取り出すのは俺がやる。テープを剥がし中身を見せて、これを皿に乗せれば良いと目線で合図を送れば、コンシェルジュの人はそれに合わせて包装紙を上手く包んで乗せていった。


「うわぁ♪」


 フルーツタルト、というだけあって色鮮やかな果物達がタルト生地の上に盛り付けられている。

 今回用意したフルーツタルトは、キウイ、みかん、イチゴ、バナナといった様々な果物が乗せられているタイプで、それぞれ緑、オレンジ、赤、白色の果実が茶色のタルト生地の上に上手く盛り付けられており、見栄えも大変良い物となっていた。


 外側には純白の生クリームに、軽く雪のような粉砂糖が振りかけられている。これだけでスーパーなどで買える物とは一線を画す物だと分かる。


 フルーツタルトと見たレイは、子供らしく溌剌とした喜びの表情を含ませていた。


(もう片方は・・・・・・駄目そうだな)


 喜んでくれているレイを片目に見ながら、もう隣の人物は・・・・・・と確認してみるものの、相変わらず何故か俺の方を睨んでいた。

 その様子は、今回持ってきた見栄えの良いフルーツタルトすら歯牙にもかけないほどであり、ここまで来て俺は何かが可笑しいと気が付いた。


「フルーツタルトは冷えている状態が一番美味しいので、今のうちに食べちゃいましょう。それから話しましょうか」


 チクリと首筋を刺されるような不快感はあるものの、とりあえず今は折角東京銀座の高級洋菓子店で用意したフルーツタルトを食べることにした。


「ほらキャミル、正気に戻って」


 尚、キャミルは未だ放心状態のままだった。








「とりあえず。自己紹介がまだだったね、僕はレイ・カスティアーノ、この学園では中等部一年だよ」


 フルーツタルトを食べ、最初に話を切り出したのはこの場を用意したレイからだった。

 まずは軽い自己紹介に何故この様な場を設けたのかを説明する。


「やっぱり僕の見立ては正しかったね、今回持ってきてくれたフルーツタルト?は王城で出される物より何倍も美味しかったよ!!」

「そう言って頂けたら、コチラとしても用意した甲斐がありました」


 俺はレイからの称賛の言葉に対して、少し謙遜を含めつつ受け答える。ここまでは単なる社交辞令だ。


 そして・・・・・・


「僕の隣にいるのはね、僕の従姉妹にあたるんだよ、ねっ?クリス」

「・・・・・・クリス・イレイサと言います」


 先程から不機嫌な様子を収めない、それでもその刀のような鋭利な雰囲気は何処か彼女の雰囲気とマッチしていた。

 それでも、会話を回すレイの言葉に答えるように、クリスは軽く自己紹介をした。


 その言葉は酷くぶっきらぼうであるものの、先程に比べて少し棘が無くなったようにも感じた。


「本当にどうしちゃったの?クリスって普段からクールぶってるけど、そこまで酷くなかったじゃん」

「・・・・・・うるさい、お前は少し黙れ」


(すげぇ、侯爵家の嫡子にここまで言えるのか)


 少しからかう様に、クリスに話しかけるレイに対して、彼女は暴言とも取れる荒れた言葉でレイの言葉を切った。

 2人の関係がどういうものかは知らないが、少なくともレイは上から二番目の爵位である侯爵家の嫡子だ。


 そんな相手に乱暴な言葉を吐けるのは凄いと思った。レイ本人は言われても気にしない様子ではあるが、親族間であればこれが普通なのだろうか?


 そんな不思議な関係性に少し興味を持ったところで、レイは衝撃発言をかましてきた。


「嘘ついちゃ駄目だよクリス、君の名前はまだあるでしょ?」

「名前?」

「うん、アレンは平民だから名前だけでしょ?そして僕は貴族だから名前と家名の2つ、だけどね、クリスはまだ続きがあるんだよ」


 続き?と一瞬疑問を浮かべたところで、ハッと脳内が弾けるようにレイがこの後に放つ言葉が分かってしまった。


 俺の反応を見て、レイはイタズラが成功した様な表情でコチラを見ていた。


「クリスのフルネームは、クリス・イレイサ・カインリーゼ、この国の王女様だよ!」


 出来れば知りたくなかった真実がレイの口から放たれた。

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