第25話 特別なフルーツタルト

 日本はもう9月に差し掛かる時期とはいえ、まだまだ蒸し暑く日本、今居る場所が都会のど真ん中ということもあって、外は岐阜の山奥に存在する赤根村とは比較にならないほどの酷暑となっていた。


 いつも通りであれば、ムーンゲートを出た先で灼熱の日本の夏とセミの合唱団が俺を迎えてくれるものの、今では快適な室温に設定されたどこか殺風景な空き部屋に転移した。


 未だ使われていない部屋は多いも日本の我が家、ある程度の間取りは覚えたのでもう家の中で迷うなんていう珍事件は起きない。

 そして誰もいない廊下を歩きながら、アスフィアル世界の服を脱ぎ捨て洗濯かごにぶち込み、そのまま衣装部屋に向かう。


 いつの間にか用意されていた衣装部屋の引き戸を開ければ、壁一面にずらりと男性向けの衣服が飾られている。


 個人的にはブランド物の服は好きではないが、俺が居ない間に家のクローゼットにはブランド物の衣装が揃えられていた。


 用意した人が誰かは分からないものの、センス自体は悪くないと思う。


 だからといって俺自身にはファッションセンスが皆無なので、ご丁寧に用意されていた一式を適当に選んで手に取って着替える。








(・・・・・・すげーな、いつの間にか東京タワーよりもデカいタワーが出来てる)


 家を出た俺はスマホでタクシーを呼んで、晶さんが働いている場所まで移動することにした。


 昨今では、タクシーを使う際にも支払いをする際にもスマホを使ってやり取りするのが主流らしく、途中立ち寄ったコンビニでもスマホをレジに翳せば買い物すら出来るという時代だ。


 随分と便利な世の中になったと感心しながら、タクシーの窓から見える景色を見る。


 パシャリ、と隅田川を沿って移動している最中に見えた景色を、手に持っていたスマホで撮影して写真を保存した。


「お客さん、東京は初めてかい?」

「そうですね、初めて・・・・・・ではないですけど、随分と久しぶりに来ます」

「そうなのかい?ここ最近は、例のウイルスが蔓延していてねぇ・・・・・・先月辺りになってやっとお客さんみたいな外国人の観光客の人たちが戻ってきたんだよ」

「そうなんですか?」


 例のウイルス?とタクシーの運転手が語る意味については深く知らないものの、話し方からして外国人と間違われている俺でも通じるような話題だと感じたので、ここは話を合わせておく。


 煌めく太陽の日差しに照らされるスカイツリーと呼ばれるタワーを見ながら、目的地であるオフィス街へと向かう。








 タクシーを降りた先には、空を見上げんばかりに聳える高層ビルが存在し、正面入口にはデカデカと西王という文字が書かれていた。


 ビルの窓ガラスが太陽の光を乱反射し、アスファルトも熱を溜め込んでいるので道路脇の歩道は蒸されているかのような熱気に晒される。


 そんなオフィス街を忙しなく歩いているサラリーマンたちを横目に、俺は目的地のビルへ入った。


「ふぅ、涼しいな」

「アレン様、態々直接お越しになられなくても、こちらから向かいましたのに・・・・・・」


 少し外に出ただけでも額から汗が伝う程度には身体が熱されていたが、西王寺グループのビルへ入ると、爽やかな冷気が熱された身体を包み込んだ。


 急速に熱気が抜ける心地よい感覚を堪能していたら、ビルのフロントには最初出会った頃と同じように、黒のスーツを着た晶さんが待っていた。


「いえ、少し東京を見て回りたかったのもあるので大丈夫ですよ」

「そうなのですか?」


 今日の目的は、アスフィアル世界に関する定例会議への参加と晶さんにちょっとした相談だ。


 定例会議自体は既に何回か行っているので問題はない、事情を知っている研究者や社員を集めて俺がアスフィアルの世界について説明するだけだ。


 スマホで撮影した写真や動画をプロジェクターに映して、これは◯◯、あれは△△と一つ一つ丁寧に説明し、疑問があれば逐一回答するといった感じで形態としては授業に近い。


 他には以前持ち込んだ衝光石といったアスフィアル世界の不思議物質について分かったことを教えてもらったりと、やることは難しくない。


 今はそれよりも・・・・・・


「貴族への贈り物・・・・・・ですか?」

「はい、相手は中学生ぐらいの子なのですが、立場は向こうのほうが上なのでどんな贈り物をどうすればいいかと・・・・・・」


 定例会議も特に大きな問題が無いまま終了した後、会議室に集まっていた人達が出るのを見計らって資料を纏めていた晶さんを呼び止めて相談してみた。


 その内容は、昨日の露店祭で出会ったカスティアーノ侯爵家の嫡子に関する話である。


「なるほど、相手からハッキリと明言はされていないものの、招待状の様な物を貰ったのでこちらから出向かなければいけない・・・・・・と言う訳ですか」

「えぇ.....この様なのは初めてなのでどうすればいいのか」


 いきなり貴族への贈り物、と言われても晶さんも困るだろう。


 しかし、相手は中学生ぐらいの子供とはいえど、立場は向こうの方が上なので、こういうやり取りに詳しそうな晶さんに相談することにした。


 ・・・・・・単純に、他の知り合いがこの手の話に関しては期待できないというのがあるけど。







「一般的に、目上の人物に対する贈り物といえば、ギフトセットの詰め合わせだったり、ボールペンやグラスといった物が多いです。しかし、相手が中学生ぐらいの人物となれば・・・・・・」

「いわゆる日本の社交辞令的な物からは外れますよね」


 もし相手が会社の上司だったり、先輩だったりするのであればインターネットを使って調べることが出来るのだが、今回の相手は貴族の少年だ。


 そんなもの、幾らインターネットの海を漁ってみても事例がなさすぎて調べようが無い、付け加えるなら相手はファンタジー世界の住民だ。


「アスフィアルの世界となれば、日本とは大きく価値観が違います。万が一、向こうにとってタブーな物を選んでしまったら大変な事になる可能性もあります」

「・・・・・・結構難しいですね」


 下手をすればその場で打ち首・・・・・・は流石に無いにしても、貴族を怒らせて周囲の人達に迷惑が掛かるのはやはり避けたい。


 だからといって無難な物を持っていくのも違う気がする。まだ一度しか会っていないが、貴族の少年であるレイはチョコレートというクオリティの高い菓子に魅了されたという部分は少なからずあるとは思うが、その根底は未知の物への好奇心だと思う。


 正直言って俺にはこの手の経験が殆どない、社交辞令や人間関係と言っても一般常識の範囲内でしか知らないし、それも完璧からはほど遠い。









「やはり、興味を持って貰えたものに関する物が良いのでは無いでしょうか?フルーツタルトとかであれば見栄えも良いですし、どうでしょう?」

「そうですね、訪問となればそこまで保存を気にしなくてもいいですし、結構良いかもしれません」


 晶さんと2人で会議室に残り、色々と意見を交わした結果、一周回って一番興味を惹いた物にするところまで大まかに決まった。


 だったらチョコレート系のお菓子にするか・・・・・・内心でそう考えていたところで、晶さんが一つの案を出してくれた。


 それまで保存出来る期間の関係から、俺の頭の中には全く考えが無かったケーキといった生菓子、アスフィアルの世界のもケーキの様なお菓子は存在するが、やはり保存の関係からクッキーや菓子パンの様な物が基本となってくる。


 露店祭を開く時にも、これら冷蔵する必要のない物を集めていたので、晶さんが勧めてくれたフルーツタルトは鮮やかな見た目でかなり映えるし、食べても美味しいスイーツだ。


 ドライアイスで保存すれば、冷蔵庫に入れなくてもそれなりに持つと思うし、俺は晶さんの案を採用することにした。


「もしよければお勧めのお店があるので手配しましょうか?」

「はい、是非お願いします」


 しかもそのフルーツタルトが晶さんのお勧めなら、まず間違いないだろう。



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