第19話 変わる日常

「えぇー・・・・・・」


 一番最初、俺が地球が存在する世界へ訪れた場所は、厳児爺さんが所有する土地の雑木林だった。


 そこから少し歩けば、時代に取り残されたかのような光景が広がる赤根村が存在し、周囲や山に山に山に畑と田んぼ、誰もが想像するような立派な田舎が広がっていた。


 そして、西王寺の一件から舞台は移り、現在俺が今居る場所は、何階建てかも分からないほど背の高い、高層マンションの最上階だ。

 バーベキューなどが楽しめそうな程面積の広いベランダへと出てみれば、上は煌めく青空が一望でき、下を見れば多くの建物が敷き詰められたように立ち並び、間を縫うように何車線もある幅の広い道路には多くの車が走っている。


 遠くには海も見えており、自分のいる場所から東京湾も眺めることも出来る都心でもかなりの好立地だ。


「アレン様、昼食のご用意が出来ました」


 数ある部屋の中でも、下手すればちょっとした運動が出来るんじゃないかと思うぐらい、広々とした一番大きな部屋には多くの引越し業者の方々が大きな家具を運び入れており、その光景を呆然と見ている俺の後ろから何故か執事服を着た晶さんが仰々しく話しかけてくる。


「大丈夫ですよ晶さん、前の様にもっとフランクに話しかけてもらっても・・・・・・」

「いえ、そういう訳にはいきません」


 晶さんは腰まで伸びる長い後ろ髪を、紐で軽く纏めているが元々がカッコいい系の大人な女性なので、男性用の執事服でも凄く様になっている。


 なんか煙草を加えながら、アサルトライフルでも持ってたら凄く映えそうなイメージがある。


 最初、赤根村で出会ったときは何処か気だるそうな雰囲気を漂わせるダウナーな女性だと感じていたんだけど、今俺の目の前に居る晶さんは似ても似つかない。


 そのキリッとしている切れ長の目には強い意思が宿っていて、動きもキビキビとしているのでどうしても最初会ったときとのギャップに悩まされていた。





 俺が、西王寺の写真と西王寺がリーダーを務める冒険者チームの集合写真を撮ったのに加えて、個人的な判断で遠目から書類作業をする西王寺の動画を撮ったりなどをして龍幻会長の元に提出したところ、西王寺グループの人達からの反応は劇的に変わった。


 それこそ、俺の付き人みたいになった晶さんが正しく劇的に反応が変わった人物の一人であり、元々、晶さんは西王寺が幼少の頃からお世話をしていたこともあって人一倍、彼女に対する想いが強いんだという。


 そりゃ、失踪後に家の使用人から特殊訓練を受けた凄腕のSPになるぐらいだからなと、少し納得した。


「アスフィアルの世界は娯楽が少ないとなれば、雫お嬢様が混んで読んでいた漫画やアニメを優先的に運んだほうがいいでしょう・・・・・・実物だと量が嵩みますから、電子書籍で一通り纏めたほうがいいかと」

「今の時代はこのスマホで漫画やアニメが観れるんですね、いい時代になったもんだ」


 晶さんは俺の付き人になった。といったものの、その忠誠の矛先は俺を通して異世界に居る西王寺に向けられている。

 これに関しては至極当然なことなので、俺は特に何も思わない、ただ同性にモテそうなカッコいい系女性が妹のような存在の相手に向けて、うーんと顎にてをあてながらプレゼントを選び悩んでいる姿は、何処か微笑ましい。







 個人的な考えとして、日本で活動する為に戸籍といった物が必要になってくると考えていた。

 映画や小説では、裏世界の人に頼み込んで偽造してもらったりするものだったが、実際にやってみるとその伝手が無く、正直なところ途方に来れていたというのが本当のところだ。


 だがしかし、西王寺を通じて龍幻会長と出会い、この戸籍という部分はすぐに解消することが出来た。


(・・・・・・前の世界でもこんな額、見たことね―よ)


 愛娘である西王寺雫との唯一の連絡手段を持つ俺に対して、龍幻会長は日本で活動しやすいように、戸籍や住居、携帯から活動資金といった様々な物を用意してくれた。


 いつの間にか用意されていた俺の通帳には、俺の前世―――――

 新条雅人として生きていた時の何百倍という額が記載されていた。

 それに加えて、一般市民には無縁の黒色のカード、つまりはブラックカードが用意され、その限度額は無制限だという。


 ・・・・・・正直、ここまで用意されると使い難いんだけど。


 俺としては、戸籍だけ用意してもらったらアルバイトだの、アスフィアルの世界から貴金属を輸入して売り捌こうなんて考えていたんだけど、その計画は龍幻会長の計らいによって無くなってしまった。


 むしろ、生活基盤の万全さで言えばアスフィアルの世界よりも上になったかもしれない。


 まぁ、ただここまで大きな支援を受ける代わりに、幾つかの条件が必要となってくる。


 一つは、アスフィアルに住む西王寺雫を最大限支援すること、これは今まで通りに、娯楽本や生活品を届けるといったものだ。言ってしまえば異世界配達人みたいのことをやる。


 そして二つ目が、俺が使えるスキルの〈異世界渡航〉の研究の協力だ。これはまだ開始されていないものの、準備が整い次第、月に何度か西王寺グループが運営する極秘の研究施設でムーンゲートを出現させて研究するというものだ。


 これには、アスフィアルの世界で入手した不思議素材の納品も含まれている。


(試しに持ってきた衝光石が一個数百万だもんなぁ・・・・・・)


 以前、王都へ来る際に使用した衝撃を与えると発光する不思議な鉱石をモノは試しと思って、晶さんを通じて贈ったんだけど、西王寺グループお抱えの研究者の方々から物凄い文量のメールが届いた。


 なんせ、この世界を構築するどの元素とも違い、原子のようなナニカが構成されて全く知らない物質を模っているのだという。


 ここまで来れば、たかが高卒レベルの俺では理解できない世界になってくるので、アスフィアルの不思議素材の研究については、その道のプロに任せることにしよう。

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