第16話 向こうの世界

 ゴクリ、と俺がツバを飲み込んだ瞬間、龍幻会長はペラリと一枚の手紙を取り出した。


 その手紙は以前俺が西王寺雫に頼まれて出した手紙だ。


「この手紙に書かれている内容はね、一族の者にしか使えない暗号文なのだよ、それに加えてこの手紙を出した宛先も、私に直通で送られる極秘の住所だ。こんなものを使えるのは西王寺の一族かグループの幹部ぐらいだろうね」


 最初、娘を語る者から送られたときは心底驚いたよ、と龍幻会長は手紙を揺らしながら楽しそうに語る。


「・・・・・・なるほど、だから西王寺は大丈夫だと言ったのか」

「消印である程度の場所は分かるからね、赤根村という辺鄙な村に西洋人の大男となればそう特定は難しくないだろう?」


 それはそう、と内心で龍幻会長の言葉に同意しながら続きを促す。そしていつの間にか俺のもう片方の場所には先程まで一緒に居た晶さんが立っていた。


「そこに居る晶はね、私の娘――――西王寺雫の専属のお手伝いさんなんだ。本来は本邸で家事をしていたメイドだったんだけど、雫が失踪してからは色々とがんばってね、今では立派なSPを任せているんだ」

「・・・・・・龍幻会長、この人間が本当にお嬢様の居場所を?」


 メイドからSP・・・・・・まぁ、先程の銃の取り出し方からして素人では無いだろうなと薄々思っていたけど、なんとも凄い経歴のっ持ち主だ。


 龍幻会長から続きを聞けば、今から約三年前に龍幻会長の娘である西王寺雫は放課後の下校時間に突如として失踪したのだという。

 周囲の監視カメラを調べてみても、不審な車や人物は無く、西王寺グループの独自の捜査機関や警察を動かしても足取りを見つけることが出来なかったのだという。


(・・・・・・独自の捜査機関ってなんだよ、すげーな西王寺グループって)


 今や世界を股に掛ける巨大企業、西王寺グループは日本はもちろん、世界にも強い影響力を持つ企業だという。


 ITを初めとした情報関係から不動産、鉄道、自動車産業といった物や、根幹産業と呼ばれる金属工業から電気、石油といったエネルギー産業まで幅広く手掛け、関連子会社は数百とも存在すると言われるらしい。


 ・・・・・・実際のところは、西王寺グループの名前でもある西王寺家が巨大な資本や株式を保有しているので財閥と変わらないそうだ。


(すげーな日本、俺が死んでいる間に超巨大企業が出来上がってんじゃね―か)


「まぁ、西王寺の一族ともなればそれ相応の警戒は当然しているよ、身代金目的の拉致といった具合にね、雫も薄々気がついていたが、彼女が見えないところでは何十人という人間が警護についていたんだ」


 そりゃ、総資産が兆を軽く超えるような大企業の会長の娘ともなれば、良からぬ事を考える輩は多いだろう。


 なので龍幻会長は、日頃から警護の人間を雇って周囲を護っていたそうだ。


(そりゃ異世界転移だもんなぁ、護れって言われても無理だろ)


 まるで神隠しだった、と龍幻会長が説明するが、事情を知る俺からすれば、西王寺雫が突如として失踪したのはまさに神隠しにあったからだ。


 だからといって、バカ正直に言っても信用してもらえないことは分かっている。


「それで、途方に暮れていた中で届いたのが、娘直筆の手紙だ。内容は私の協力者が居るから協力して欲しい、とのことだ。流石にこれを最初読んだときは心臓が飛び出るかと思ったよ」


 大袈裟にホッとしたように息を吐く龍幻会長、未だ姿は見えなくても娘の手がかりを得られただけでも嬉しかったという気持ちが伝わってくる。


 その姿も相まって、まるで舞台劇をやっている人みたいだった。







「ちなみに、この部屋に盗聴や録音の類は?」

「無いよ、角度的に向かい側にあるホテルからもこの会議室は見えないし、周囲は警備で固めているからね」


 であれば大丈夫か、俺はそう思ってとりあえずこの会議室にスキル〈異世界渡航〉を発動してムーンゲートを開いた。


「・・・・・・これは驚いたね」


 何もない場所から、いきなりブォンと音が鳴って白いモヤの様なものが掛かっている扉が出現する。


 一瞬、俺が不審な動きをしようとしたので、両隣に居た黒服の大男と晶さんが動こうとするものの、正面に立っていた龍幻会長がその動きを静止させる。


「これは私の持つ力で出現させたゲートです。このゲートを使えば龍幻会長の娘さんが居る場所に行けます」

「・・・・・・そのゲートを使う条件は?」

「条件は、生命体では無いことです。このゲートを通過できるのは現状だと俺だけです」

「触ってみても?」

「えぇ、いいですよ」


 会議室に出現した白いモヤのかかるムーンゲートに強い興味をいだいた龍幻会長が触れる。


 触れようとした瞬間、晶さんが止めさせようとする素振りを見せるものの、それを無視して龍幻会長は俺が出現させたムーンゲートを触っていた。


「ふむ、モヤがかかっているが触ってみるとまるで大理石を触っているかのように凹凸のない平坦な板のようだ」


 ペタペタと触る龍幻会長を心配そうに見つめる護衛の2人、先程まで殺し屋の様な鋭い目をしていた晶さんは、主人である龍幻会長が得体のしれないものを触っているので先程からあたふたと困惑している。


「龍幻会長の娘さんはそのゲートの向こう側に居ます。そして自分は彼女の部下として今、この先の世界で働かさせてもらっています」


 そして俺は、自分が持つ力の一端を公開する事にした。



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