第15話 西王寺グループ

 少なくとも、俺が行きていた時代は平和であったはずの日本において、アスフィアルの殺し屋連中よりも鋭い殺気を放つ晶さんに俺は内心で驚いていた。


 俺と晶さんが乗る車は、まるでタクシーのように前と後ろを隔てるように透明な板が設置されている。


「・・・・・・三年前、高校の授業が終わった放課後、帰りの車を待っていたはずの、雫お嬢様は忽然としてその姿を消した。それはまさに現代の神隠しと言わんばかりに、西王寺グループの総力を持ってしても見つけることが出来なかった」


 どうやって入手したのかは不明だが、何処か疲れていたような表情から一気にアスフィアル世界の暗殺者顔負けの鋭い眼光を放ちながら、晶さんは黒服の内側からハンドガンを取り出す。


 そのハンドガンは、警察が使うようなリボルバー式ではなく、明らかに外国から輸入されたセミオートタイプの銃だった。


「・・・・・・まぁ、落ち着いてくださいよ晶さん、俺は別に西王寺と敵対していません。むしろ彼女の協力者です・・・・・・この世界において唯一の」


 正直言えば、転生者パワーで固くロックされた車のドアであっても蹴り破れる自信はあるし、万が一至近距離で撃たれたとしても問題ないだけの耐久力はあるつもりだ。


 流石にマグナムとかだったら怪我するかもしれないけど。


 幾ら異世界人でも普通はそうはいかない、ただ転移者や転生者はまるでこの不便なアスフィアルの世界へ連れてきた詫びと言わんばかりに、強靭な身体と豊富な魔力に強力なスキルを持っている。


 だからこそ、今の俺にとってハンドガン如き脅威では無いのだが、逃走してしまえばいよいよ明確な敵対行為と見なされるおそれがあったので、俺は降参の意を示して両手を挙げる。


 だがしかし、晶さんはその険しい表情を崩そうとはしなかった。


「どんな化け物だお前?後部座席には高濃度の睡眠ガスが既に蔓延している筈なのに、何故そう平然としていられる?」


 何処となく言葉遣いも粗暴になった晶さんの言葉でわかったが、タクシーにありそうな透明な仕切りもガスが運転席に届かないようにしっかりと仕切られている。


 つまりは俺のような不審な人間を無力化するために専用で作られた檻のような役割があるのだろう。






「・・・・・・」


 細く険しい山道ではあるものの、晶さんの上手な運転によって随分と快適に隣町である最羽町へ向かっていた。


 赤根村の隣町である最羽町には、越美南線が通っており商業施設こそ少ないものの、住宅街が多く、人口は一万人を少し超える程度になる。

 そんな最羽町駅前には、何処か懐かしさを感じる商店街が並び、町へやってきたビジネスマン向けのホテルや、様々なイベントで使用される会館も存在し、近くには無料の立体駐車場も存在する。


(すげーな本当に、ある意味漫画みたいな光景だわ)


 といいつつも、平日の昼間に町を歩く人は少なく、駅前で停まっているタクシーの運転手も何処か暇そうに自販機で購入した缶コーヒーを飲んでいた。


 そんな変哲の無い場所の一角に、まるで永田町や歌舞伎町にありそうな威圧感のある黒塗りの高級車が何台も停まっていた。

 それだけで異様な光景であり、数少ない町を行き交う歩行者も何事かと遠目からこちらを見ていた。


 長い時間をまだ催眠ガスが充満している後部座席で過ごしつつ、険悪なムードで他愛無い雑談も出来ないまま、最羽町のとある建物までやって来た。


 建物の周囲には、まさにヤの付く裏稼業の人達の集会でもあるんじゃないか?と思わんばかりに、ガタイの良い黒服の男達が立っており、全員が俺が乗っている晶さんの車を凝視していた。


「・・・・・・降りな、ここで私達の主人が待っている」


 短く簡潔に晶さんがそう言うと、ガチャリと俺が座っていた後部座席のドアが開く。


「こっちだ。龍幻会長が待っている」


 シュコーと呼吸をしながらドアの前に立っていたのはフルフェイス型のガスマスクを装着する俺よりも大柄な男。


(そういえば後部座席には催眠ガスが充満しているんだっけ)


 どうやって入手・改造をしたのかは不明だけど、天下の西王寺グループであればこれぐらいは簡単なのかもしれない。


 聞けば俺がくらった催眠ガスは、興奮状態の熊でもぐっすり眠ってしまうほど強力なやつだそうで、無味無臭で充満していても視界に捉えられない透明なガスだ。


 だからこそ、晶さんはそんなガスを食らっても平気な俺に凄く驚いたようで、先程から警戒度は非常に高い。






 案内された建物は、最羽町駅から程近い五階建ての建物だった。


 都会ではそう珍しくはないけど、赤根村より発展しているとは言え最羽町は住宅地が多い町だ。


 案内された建物の最上階には、広々とした実用的な会議室が存在しており、均等に並べられた長机に正面には大きなプロジェクターも備え付けられている。


 会議室の出入り口から一番遠い場所には、最羽町を一望できる景色が広がっており、今俺が居る建物よりも巨大なのは駅からすく近くにあるホテルぐらいだ。


「お連れしました。龍幻会長」


 建物に入ってからガスマスクを取った黒服の大男に連れられてやって来た会議室、その窓際で佇んでいたのは紺色のスーツを身に纏った壮年の男性。


 龍幻会長、と呼ばれた人物は俺や隣に立っている黒服の大男と違って痩せ気味の男性だ。

 身長は170後半ほどだろうか?190ぐらいはある俺や、多分2メートルを超えるだろう黒服の大男にに比べて何処か頼りなさそうなイメージがあった。


「君がアレンくんか・・・・・・私の娘が書いた手紙にあった通りの男性だね」


 ガタイだけで言えば、俺や黒服の大男には負けるものの、周囲から発せられるオーラは一般人とは隔絶したナニカが存在した。


 威圧感、に近い息が詰まりそうな独特なオーラは、娘と紹介した西王寺も持っていたが今目の前に居る壮年の男性はその圧が比較にならない。


(やべぇ、もしかしたらヤバい人間と接触したかもしれん)


 龍幻会長と呼ばれた男性と出会った瞬間、思わず後悔しそうになった。


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