第14話 赤根村の異変

 ※出てくる地名や人物は全て架空の設定です




 劈くようなセミの大合唱を聞きながら、ムーンゲートを通過して雑木林から脱出したら、いつも長閑な雰囲気を漂わせる赤根村は何処か異様な空気が漂っていた。


「何だあの車?」


 俺の感覚が正しければ、暦は既に8月に入っており、お盆も近いこともあって赤根村へ帰省する家庭があってもおかしくないはずだ。

 実際に、以前庭の草むしりのお手伝いをしたタエ子さんの家や、この世界で初めてあった人物である厳児爺さんの家には見覚えのない車が停まっている。


「どっか映画とかに出てきそうな高級車だな・・・・・・」


 灼熱の日差しに輝く、黒塗りの高級車。


 完全な偏見で言えば、まるでヤの付く人達が好んで使っていそうな高級車が赤根村の至る場所に停まっており、周囲には炎天下でありながら黒服を着たガタイの良い男たちが何かを探している。






「おぉ、アレンくんじゃないか!ここ一週間どうしていたんだい?」

「ご無沙汰しています。厳児さん」


 時間としては一週間程度ではあるものの、ここのところ間隔を空けずに赤根村へやって来ていたので、1週間ぶりに顔を合わせた厳児爺さんが俺の姿を見て少し驚いた様子をしていた。


 赤根村へ中々やってこれなかった理由はもちろん、西王寺に付き添って王都まで移動していたからである。道中、ムーンゲートさえ開けば何時でも赤根村へやって来ることは出来たが、加入したばかりの新人が深夜に不審な行動をしても宜しくないと思い自重していた。


「それで厳児さん、あの黒服の人達って誰なんですか?」

「そうだよ!!アレン君が来なくなってから急にこの村までやって来てね、なんせ君を探しているって言ってからずっとここに居座っているんだよ」


 思い出した!と言わんばかりにポンッ手を合わせて、厳児爺さんは赤根村へやって来ている黒服の集団について教えてくれた。

 加えて聞いてみれば、この黒服の集団は赤根村から一番近い町である最羽町と呼ばれる場所から態々山道を通ってまで来ているらしく、毎日ずっと日の昇る早朝から日が落ちる夜までずっと俺のことを探しているらしい。


 一部の人は赤根村の宿泊施設を利用してまで駐在しているそうだ。


「なんで西王寺グループの人達が、態々こんな辺鄙な村へ来るのかねぇ・・・・・・アレン君、君は一体何をしたんだい?」


 西王寺グループ、と聞けば真っ先に思い浮かんだのが、今や雇い主である西王寺雫だろう。

 彼女が言うところの俺が死んだ後の世界において、西王寺という苗字を日本で知らない人間は居ないと言っていた。


 その時、俺は流石に言い過ぎなのでは?と言葉半分で聞き流していたものの、俺の隣で何故か隠れるように小声で話す厳児爺さんの言葉を聞けば、西王寺の家は相当な凄いところのようだった。


「西王寺グループって、そんなに凄いところなんですか?」

「凄いところ、っていうレベルじゃないよ!日本を代表する・・・・・・いや、世界有数の大企業だよ!!」


 あの有名な大企業を知らないの?と厳児爺さんに凄く驚かれた。


 俺がこの世界で死んだのが20数年前だと考えれば、その間に世界規模の企業が出てくるとは考えにくい、よほど大成功した新興企業なのか分からないが、少なくとも赤根村レベルの田舎でもその名は轟いているらしい。





 コンコン


「あのー、すみません」


 厳児爺さんと少し話し込んでいる間に、ムーンゲートがある雑木林周辺に居た黒服の人達は、何処かへ行ってしまったようだった。


 それでも、厳児爺さんの家から程近いところに、西王寺グループだと思われるベンツのような黒塗りの高級車が停まっていたので、窓ガラスを叩いて中で休憩していた人に話しかける。


「もしかしてアンタか?」


 俺の存在に気がついた運転手は、パワーウィンドウを動かして車の窓を開ける。同じ黒服だったので、最初俺は車内にいる人物は男かと思っていたが、車内に居たのは何処か気だるげな表情を浮かべた女性だった。


「アンタというのが誰を指すのか分かりませんが、貴方達が探している人間は自分だと思っています」

「・・・・・・そうだろうね、こんな片田舎にガタイの良い外国人なんてそう居るもんじゃないからね」


 掠れるようなハスキーボイスを奏でながら、黒服の女性はふぅと息を軽く吐いた。


「とりあえず後ろに乗りな、外は暑いだろう」






「タバコは大丈夫?」

「はい、構いませんよ」


 運転席に座る黒服の女性は、胸ポケットからタバコを取り出すと吸ってもいいか?と訪ねてきた。

 俺はその質問に対して、問題ないと答えると女性はそのまま慣れた手つきでタバコに火を付けて吸い始める。


「やっと見つけたよ、旦那様からこんな村へアンタを探してこいと言われて一週間、碌にタバコも買えないからね」

「・・・・・・なんかすみません」

「いや、これは単なる私の愚痴さ、気にすることじゃないよ」


 フフッと少し楽しそうに喋る黒服の女性は名前を中添晶と言うそうだ。

 最初は他人行儀で中添さんと話しかけて居たんだけど、中添さんから晶でいいと言われて晶さんと呼ぶことにした。


「ふぅ」

「やっぱり日本の夏は暑いでしょ?こんな中で一週間近くも君を探していた身にもなりなさいな」


 晶さんの口調は冗談めかしだが、事実、隣町からわざわざ山道を通って1週間近くも探し続けていた所からして、大変だったのは間違いないだろうと思う。


「差出人の住所を書かなくて大丈夫なのか、と西王寺に言われましたが、まさかこういう事になるなんて・・・・・・」


 俺は言われるがままに、西王寺の指示の下でただ手紙を出したのだが、まさか特定されて赤根村ごと捜索されるとは思いもしなかった。


 西王寺はこうなることを予想していたんだろうな、と思いポロッと口に出したところで、窓を開けてタバコを吸っていた晶さんが俺の言葉を聞いて表情を変えた。


「・・・・・・やっぱり、お嬢様について知っているんだね」


 晶さんはそう言うと、たばこを吸う際に開けていた窓を閉めて、ガチャリと車のロックが掛かる。


「すまないけど、君を帰すわけには行かなくなった。もちろん、最初からそうするつもりだったけどね?」


 先程まで気の良いお姉さん、といった感じだった晶さんの表情は何処か殺気を帯びた――――まるで殺し屋の様な気配を身に纏っていた。


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