第12話 異世界人、日本の大人気漫画を読む

 ゆめ恋という漫画は、俺が死んだ後に生まれた作品だ。


 西王寺がまだ日本で生活していた頃に流行っていた漫画のようで、ジャンルは王道的なラブコメディ、片桐蓮花という女の子の主人公が夢の世界で冒険を繰り広げ、元凶となった魔物を討伐したところから話が始まる。


 ゆめ恋の第一巻の半分は、蓮が夢の世界を冒険する話になっており、様々な種族が登場しては、物語の節目節目の重要なシーンの部分だったり、出会いと別れといったシーンがダイジェストで流れていく。


 ゆめ恋、正式名称は”貴方は夢の中で恋をする”と言い、名の通りに蓮花は夢の中で様々な経験をしてある男性に恋をする。


 ただ当時の主人公は、その恋心を自覚しないまま自分を夢の世界へ閉じ込めた元凶を倒すことに邁進しており、その初恋の男性とは結ばれることなく現実世界へ帰還する。


 そして夢から覚めると、そこは真っ白な知らない天井だった。


 主人公、片桐蓮花は入学式当日に、交通事故によって一か月以上意識不明の状態になっており、夢の国から目覚めた蓮花は病室のベッドの上に寝そべったまま少しの間、入院生活を過ごす。


 幸いにも大きな怪我はなかった為、蓮花は夏休み明け初めて高校へと通う事になる。


 蓮花は交通事故で意識を失っていた間、夢の世界では数年と渡って冒険の中で得た経験や思い出に対して、後ろ髪を引かれる思いを感じつつも、新たな高校生活を楽しもうと決心した瞬間、彼と出会った。


「あれ、蓮花?」


 校門から校内へ続く真っ直ぐな道、まだ暑苦しい9月の初めでありながら見るだけで暑苦しさを感じるやたら人口密度の高い女子生徒の集団。


 その女子生徒達の集団の中心には、高身長でありながらこの世に存在するとは思えないほどの顔の整った男子生徒。明らかに日本人ではない淡い金髪に海のような綺麗な瞳が特徴的な男子生徒が主人公である蓮花を見て驚いていた。


「うそ、カイル……?」


 主人公が夢の世界で冒険した人間族の男性、そして夢の国の大英雄であるオーフィスが何故か現実世界に存在していた。

 そして、このカイルこそが片桐蓮花の初恋の人物だった……


 ゆめ恋はこのプロローグを持って、異世界の価値観に染まるクールな見た目でありながら、何処か抜けている不思議系イケメンのカイルを始めとした。蓮花が夢の中で出会った様々な男たちと片桐蓮花が繰り広げる学園ラブコメディである。






(・・・・・・まぁ、今日歩いている途中で全部ネタバレくらったんだけどさ)


 昼間の長い移動時間の中で、このゆめ恋の大ファンである西王寺からネタバレに近いあらすじを、これでもかと言うほど聞かされた。

 そのクールな見た目からは反して、西王寺は話を遮るのが申し訳なくなるほど楽しそうに話しつつ、俺が聞いていない部分まで話してくれた。


 西王寺と同じ時代を生きていた転移者であれば、誰もが知っているような漫画だったらしい、アニメはもちろん、舞台化もされて西王寺がアスフィアルの世界へ転移する直前にはゆめ恋のTVドラマ化も決定したのだという。


「・・・・・・どうだ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 遠くから他冒険者チームの笑い声や、森の方から獣の遠吠えが聞こえる中、ゆめ恋の単行本を手に取った女性陣は全員一言も言葉を出さずに読んでいた。


 互いが身を寄せ合うように、ゆめ恋の単行本を持っているキャミルのところに集い、焚き火の灯りを頼りにして読んでいた。


 ゆめ恋を読んでいる彼女達は、一見して真剣そうな眼差しではあるものの、ところどころ盛り上がる場面で”わぁ”だの”キャー”だの女性らしい声を出している辺り反応は悪くなさそうだ。


 満足しているならいいか、そう思い彼女たちがゆめ恋の第一巻を読み終わるまで、俺はボーッと綺麗な異世界の夜空を眺めることにした。





 パタンと本を閉じる音がした。


「凄いわ、娯楽本は初めて読んだけどここまで凄い物だったなんて」

「えぇ、これは大変良くできた物語ですよ、凄く続きが気になります!!」

「大変お気に召したようで良かった」


 最初に興味を示したキャミルに加え、不寝番をしている女性達からの評判はとても良い。


 その熱量は、昼間にゆめ恋について熱く語る西王寺と同等か、それ以上だ。


彼女達にとって、このような娯楽本を読むのは初めての体験であり、しかもそれが異世界で一世を風靡した大人気漫画であれば尚更のことだろう。


 設定からして女性向けの漫画ではあるが、男である自分でもこれは面白い、と思ったほどには出来た内容だったので、異世界人ではあるものの、女性である彼女達にはマッチしたんだろう。


(・・・・・・むしろここまで好評なのは良かったと言うべきか?)


 ファンタジー世界の常として、この世界では印刷技術に乏しく書籍関係は非常に高価な物に分類される。

 それこそ、この世界にある本の多くは魔法を学ぶための学術書だったり専門的な知識が書き綴られた技術書だったりと実用的な物が多い。


 ゆめ恋の様な娯楽本は数が少なく、趣味で貴族が小説の様な物を執筆するぐらいだという。


 こういったお話の大半は、アスフィアルの世界においては御伽噺になったり、歌にする事が多いんだという。


「ねぇねぇ、この本の続きは無いの?」

「あるにはあるが結構高いんだよ、この本」


 この世界ほどでは無いが、地球で得られる収入が限られている状況では、一冊500円ほどの漫画であっても俺にとって高額商品になる。


 ぶっちゃけて言えば、本を購入してこの世界へ持ってくるよりは以前購入したチ◯ルチョコのように、菓子類のほうがずっと利益率は高いと考えている。


 ゆめ恋の購入は、転移者である西王寺の興味を惹くための物であり、今後入荷する予定は無かった。


「えー!50万ゴルドとかでならどう?」

「いえいえ、私なら70万まで出します。この本にはそれだけの価値があるかと」


 眉をハの字にして残念そうな表情でこちらを見てくるキャミルを見て、思わず心のなかで罪悪感が生まれる。


 アスフィアル世界の共通通貨である”ゴルド”は、シンプルに1ゴルド=1円として価値を持つので、日本で税込み480円ほどのコミックがこの世界では言い値とはいえ、70万円程になるらしい。


 下手すればそこそこの中古車が買えるレベルである。


「悩ましいけどなぁ・・・・・・うーん」


 一冊70万ゴルド、しかも相手との関係を考えればここは優先的に入荷することを考えるべきだが、全員分揃えるのは現状不可能だ。


「・・・・・・今すぐ欲しかったら持ち主の団長に言ってくれ、出なければ待っていて欲しい」


 大変情けないことではあるが、俺はここで絶対的な権力者である西王寺を盾にしてこの場を逃れることにした。


 その言葉を聞いて明らかに落胆するようすだったものの、この世界と違い同じ内容の本は幾つも存在するので、用意が整い次第購入しておく、ということでこの場は決着した。



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