第9話 帰省

 俺が暁月の旅団へ加入したことにより、エラクトンの通りを歩けば様々な人達から声を掛けられることに辟易した俺は、避難するように赤根村へやって来た。


「・・・・・・ふぅ、やっぱり落ち着くな」


 以前やって来たときと違い、既に日本列島は夏も本番に差し掛かっており、俺がムーンゲートを潜った瞬間、360度あらゆる方向からセミ達の大合唱が耳を劈く。

 照りつける太陽の日差しに眩しさを覚えるも、それと同時にアスフィアルでは味わえない日本独特な肌に張り付くようなジメッとした暑さが俺の身体を襲う。


「おや、アレンじゃないか」

「巌児爺さん、お久しぶりです」


 ムーンゲートのある雑木林を抜けて、やたら傾斜のある細道にたどり着けば、丁度木陰で休んでいた巌児爺と出会った。

 最近ではタエ子さんの手伝いばっかりをしていたので、巌児爺と会うのはかれこれ一週間ぶりぐらいである。


「そんな雑木林から出てきてどうしたんだい?」

「ちょっと調べたいことがありまして・・・・・・」


 本当は異世界に繋がる扉から潜ってきたところです。なんていうことは出来ない。

 アハハ、と苦し紛れに笑って誤魔化す。正直不審に思われても仕方のないことなのだが、どうやって誤魔化すにしても私有地に不法侵入している現状、どうしようもなかった。


「・・・・・・そうかい、この雑木林はわしの山だからいいが、他のところの土地は気をつけるんだよ」

「はい、すみません」

「まぁ、わしの山を散策するぐらいなら全然かまわないよ、虫や野生の動物には気をつけるようにね」


 巌児爺から注意を受け、俺は誠心誠意に謝る。

 ただ収穫もあり、ムーンゲートが設置されている雑木林へ自由に出入り出来る様になった。


(すげーな、本当にここら一帯の大地主だ)


 赤根村の周辺には三つの小さな山があるが、その内の2つが巌児爺の私有地になっているそうだ。

 青々しく、豊かな自然が残る巌児爺の山は、秋には綺麗な紅葉も見えるようで昔は良くきのこ狩りをしていたという。


 今では自信が老いたこともあって、一人で山奥まで行って無くなったがもし、きのこ狩りに興味があれば好きに入山して採ってきて良いと言われた。


「でも俺はきのこの判別とか出来ないですよ?」

「きのこや山菜は儂や婆さんが出来るから大丈夫だよ、良いのが取れたら村でも秋の味覚祭をやりたいねぇ」


 実際にやるかは分からないけど、秋になって余裕があれば巌児爺の山に入ってきのこを採取してくるか・・・・・・とそう思った。





 赤根村は孤立したかのような寂れた村ではあるものの、流石に日本列島の中に存在するため、最低限の行政サービスは存在する。

 病院と呼べる物は無いが、小さな診察所から郵便局、交番といった物は一通り揃ってあり、今回俺が村の郵便局へやってきた目的は、昨日西王寺と約束した手紙をポストへ投函するためだった。


「港区の南麻布って、バリバリの高級住宅街じゃねーか」


 西王寺曰く、両親はかなりの資産家であり会社を経営してるという。

 同じ転移者や転生者が彼女の名字を聞けば、真っ先に思い浮かぶ程の巨大な会社なようで、西王寺は自分の身の安全を伝えつつ、俺がこの世界で動きやすいように両親にお願いをするそうだ。


 若草色の和紙の様な表面がザラザラな材質の紙は、アスフィアルの世界で最高品質の紙だ。手紙一枚分でも庶民では躊躇してしまいたくなるほどの金額だが、西王寺は気にせずに異世界の高級紙を使って両親に宛てた手紙を書いた。


 そして俺は、その手紙を指示された住所を記入して切手と封筒を購入しポストへ投函するだけである。


「アレン君がこんなところに来るのは珍しいね、ラブレターかい?」

「いえいえ、ちょっと知り合いに頼まれただけですよ」


 手紙や小型の郵便物だけを扱う、赤根村の小さな郵便局で俺は切手と封筒を買ったところで、村唯一の職員である健さんが興味深そうに話しかけてくる。


「この時期だと帰省ができないから、せめて手紙だけでも・・・・・・って送ってくるところもあるんだよねぇ」

「岐阜の山奥ですもんね」

「そうだねぇ・・・・・・毎年帰省するのって厳児さんのところぐらいだろうけど、あそこはねぇ」


 岐阜県の山奥に存在する赤根村は、毎年夏になると村を出た人達がお盆休みを使って帰省に来るそうだ。

 しかし、赤根村へ来るのは結構時間と手間がかかる。太平洋と日本海を結ぶ東海北陸自動車道を使って近くまでは来れるが、そこからは大きな道はなく、一部は山道にもなっているので思っていた以上に時間と体力がかかってしまう。


 なので一部の家庭では、里帰りせずに手紙だけで済ますというところも多いそうだ。


「・・・・・・やっぱり、相続関係ですか?」

「そうだねぇ、厳児さんはここら辺一帯の大地主だから遺産を狙っている親族も多いと思うよ、嫌だねぇ」


 なんとも嫌な話だ。毎年、律儀に赤根村までやってくる親族は自分の財産目当てというのは、態々赤根村まで帰省しに来てれてもあまり歓迎できないだろう。


 あまりにも世知辛い帰省事情に、俺は思わず渋い顔をしてしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る