第8話 物資の買い出し

 知り合いの店を貸し切りにして西王寺と交渉した次の日、彼女の行動は早かった。


「団長、本気ですか?」

「うん、この人は信頼できるから」


 西王寺が率いる冒険者チーム、”暁月の旅団”が貸し切っているエラクトンでもグレードの高い高級宿、その一階のロビーで西王寺は早朝から俺を呼び出し、団員たちに紹介した。


「こいつ、昨日居た変な男!!!」


 まさに女の園と言わんばかりの空間、何処か甘い香りが漂ってきそうだが、現実はまだ眠そうにしているパジャマ姿の集団だ。そんな女性たちの目の前で紹介されている俺の姿を見て驚いた表情で指を差すのは、昨日レストランの前で出会った赤髪の女性だった。


 声からして驚いているようだが、まだ起きて時間が経っていないのか、髪はボサボサでまだ眠そうに目を細めていた。そして、薄着で宿のロビーまで来ていたので、早朝の日差しに輝く白い肌が何処か眩しい。


「別に私は団長の意見を尊重しますけど、いいんすか?そいつ、男ですよ?」


 西王寺は、俺を専属の商人ではなく兼メンバーとして引き入れる様子だった。その言葉から元々在籍していたメンバーからは戸惑いの声があふれる。


 その理由は単純で俺が男だからだ。


「といっても、彼は補給関係を担当してもらおうと思っている。だからアイナ、新人教育お願いね」

「えーーーーーー!!!」


 ・・・・・・直属の上司は、やたらこちらを敵視してくる赤髪の女性のようだった。






 まだ暫定ではあるものの、暁月の旅団で加入した俺は黒いスーツの様な衣服を身にまとい、明らかに不機嫌な様子の赤髪の女性―――アイナと共に物資の買い出しへ向かうことになった。


「・・・・・・貴方、どうやって団長の興味を惹いたのよ、あんな生き生きとした団長、見たことないわ」


 暁月の旅団は総勢30人を超える大所帯なので、相応の食料や生活用品が必要となってくる。

 人員に加え、荷物を引く馬車が三両存在し、馬車を牽引する馬も六頭居る。


 そんな大量の食料や生活用品を全部賄えるような商人は、このエラクトンの街には存在しないので様々な商人を渡り歩いてコツコツと集めていくのが基本だ。


 そんな旅団の補給を担うのが、今俺の目の前でブツブツと文句を垂れているアイナという女性だった。


「結構苦労した甲斐がありましたよ、まさか、旅団にいれられると思いませんでしたが」

「・・・・・・前代未聞よ、暁月の旅団に男が加入するなんて」


 アイナがポツリと呟きながら、倉庫に集められた物資を一つ一つ確認していく、旅団が借り受けた一棟の倉庫には彼女が発注した大量の物資が積み上がっている。

 渡された目録を見るに、物資の補給はほぼほぼ完了しており後は団長である西王寺が出発の合図を出せば、いつでもエラクトンの街から旅立てる状態だ。


「・・・・・・まぁいいわ、人手は欲しかったし、文字書き計算出来るだけ上等よ」

「・・・・・・そっか」


 目録を確認しながら、スラスラとチェックマークに印を付けていくアイナの表情はこれまでの苦労を飲み込む様な疲れた顔だった。


 この世界において、文字書き計算が出来る人材は思っている以上に少ない、それこそ街の商人ですら足し引きの計算が出来る程度で識字率で言えば3割にも満たないかもしれない。

 そんな世界において、大量の物資を発注して管理できる人材は団長である西王寺を除けば、俺の隣で計算をしているアイナぐらいしかいなかった。


「私は倉庫で在庫確認するから、貴方は買い出しに行って頂戴・・・・・・旅団の名前を出せば下手にふっかけてくる商人も居ないから言い値でいいわ」


 倉庫にはまだ確認が取れていない物資が沢山存在する。この世界の人達は結構アバウトなところがあるので、しっかりと在庫を確認していなければ個数が合わなかったりという事が結構ある。


 なのでここは手分けして作業する事となり、新人ではあるもののエラクトンの街を知っている俺が残りの物資の買い出しへ行くことになった。





「アレン、お前どうやって黒姫のチームに入ったんだよ!!」


 俺は照りつける太陽に晒されながら、エラクトンの東側の大通りを練り歩いていた。

 特に商人として経験を詰んでいないものの、補給に関する買付は滞りなく進み、指定されたお金を払って代わりに証紙を譲り受ければ、後は店員が指定した倉庫へと運んでくれる。


 それ以上に、知り合いからの質問合戦に俺は辟易としていた。


「ちょっとした縁があってな、偶然だよ」

「んなわけあるか!!S級冒険者だって男っていう理由で入団を断るようなチームだぞ!?」


 倉庫へ向かう俺に対して、ベッタリとくっつくようについて来るのは警備隊の仕事中であるグレウだった。

 仕事はどうした・・・・・・と言いたいところだが、警備隊の格好をしたグレウが居るために、他の奴がやってこないと思えばまだグレウに質問攻めされる方がマシかと思い、半ば話を聞き流しながら歩いていた。


 グレウが着込む金属製の鎧がガチャガチャと歩く度に擦れる音がうるさいが、グレウが居なくなればもっとうるさくなるのでここは我慢する。


 何処から情報が漏れたのかは知らないが、男である俺が暁月の旅団に加入したことは昼間のうちにエラクトンの街に広まっており、グレウを始めとして普段から付き合いのある知人や、全く顔覚えのない自称俺の知人からも根掘り葉掘りと話を聞かせて欲しいと訪れてきた。


 ここまで騒ぎになるか、と次々とやってくる知人達を見て俺は少々西王寺達を過小評価していたのかもしれない。


(面倒事になった・・・・・・)


 当初の計画では、俺は西王寺率いる暁月の旅団が支援するお抱えの商人として様々な物品を売り捌くつもりだった。

 西王寺程の名声があれば、俺が貴族相手に商売をしようが文句は言われないだろう・・・・・・実際に行動に移すかは置いといて、幅広く商売が出来るだろうと考えていた。


 実際は、俺が彼女に贈った女性向けのファッション誌と大人気漫画の単行本は想像以上に評価を高める結果となって、お抱えの商人どころか男人禁制の冒険者チームに入ってしまう事になった。


 ・・・・・・結果、どうやって暁月の旅団に加入したのか知り合いや知り合いじゃない人間たちから問い詰められているのであった。









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