第7話 接触
次の日の夜、俺は知り合いに頼んで小さなバーを貸し切りにしていた。
店を貸し切り・・・・・・といっても、店の営業時間が終わった後のちょっとした時間だけだ。
建物と建物の間に建てられた細長く狭いバーには、一面に綺羅びやかな酒瓶が棚に並び、通路に並ぶようにカウンター席が幾つか配置されている。
無類の酒好きな知り合いが趣味が乗じて出来たこの小さなバーカウンターは、知る人ぞ知る店としてエラクトンの酒好きの住民達から親しまれていた。
「アレンよぉ、一体、お前が呼んだ人間って誰なんだ?」
「それは来てからのお楽しみだな・・・・・・まぁ、来るかわからんけどさ」
娯楽も少なく、食文化も地球に比べれは対して発展していないアスフィアルの世界ではあるが、何故か酒に関しては地球と同程度・・・・・・下手すればこちらのほうが発達しているぐらいまで、アスフィアルの酒は美味い。
それも摩訶不思議なファンタジーなアイテムが幾つも存在し、常に安酒を生成する池や、着火できるほど度数が高いはちみつがあったり不思議な物が沢山ある。
俺が今飲んでいるお酒も、火竜酒と呼ばれるお酒だ。
桃色に近い、鮮やかな赤色を帯びたこの酒は、この世界において最強種と呼び声高い、ドラゴンすらも酔い潰れると言われる程アルコールの度数が高い酒だ。
実際、これを飲んでドラゴンが酔いつぶれるかは不明だが。
急な頼みであったものの、俺の知り合いであり店主であるゼンは、店の片付けをしながら、これからやってくるであろう客について聞いてきた。
グラスをキュッキュと丁寧に磨きながら、タバコをふかして待っている。俺は酒は飲むもののタバコは嗜まないが、何処か様になるゼンの姿を見て憧れは少しあった。
この店へやってくるであろう、黒姫――――――本当の名前はシズクと言う転移者の少女は、今や王都をはじめとした各地にその名前が轟くほど高名な冒険者だ。
俺が住む王国〈カインリーゼ王国〉において、十指に数えられるほどの実力者であり、この国で一番の成功を果たした転移者だと思う。
ただ流されるように生きてきた俺と違い、彼女は自らの実力で活路を切り開きその名を知らしめた。
それに加えてなんの縁も持たないままこの世界へ飛ばされた転移者であれば、余計にその道程は厳しかっただろうと思う。
カランカラン
「いらっしゃ――――」
シズクとの約束の時間、エラクトンも寝静まるであろう日付が変わる深夜の時間帯に、ゼンの店のドア鈴が鳴り響いた。
それまでの間に店の片付けを終わらせ、暇を持て余すようにタバコをふかしていたゼンは、やっときたであろう俺が呼んだ人物を見て、ふかしていたタバコをポロリと地面に落とした。
「・・・・・・おいおい、お前、どういう伝手で彼女と知り合ったんだよ?」
「知り合いでは無いな」
「貴方がアレン?」
何をしでかしたんだこいつ、と言った様子でゼンが俺の方を見てくるが、一方の店の出入り口で佇む黒姫――シズクは、そんな驚きを隠せていないゼンを無視して俺の顔を見ている。
「まぁ座れよ、ゼン、何か飲み物を」
「・・・・・・流石に酒は出せんぞ?」
シズクは俺の座る席から一個空いた場所に座った。大人向けに設置された背の高い席は、身長の低いシズクには少々高すぎたようで、ブランと足が宙に浮いていた。
とりあえず話を出す前に飲み物をと、俺はゼンに対して彼女に何か飲み物を出すように言った。その言葉に対してゼンはまだ混乱から脱せていないが、言われたとおりにエラクトンで親しまれているポオンという果実を絞って作られたジュースが入ったグラスを彼女の前に出す。
「・・・・・・それで、貴方の話を聞きたいんだけど」
「すまんな、ゼンこの席外してもらっていいか?」
「はいよ、戸締まりはしっかりしろよ」
早速本題に入ろうとするシズクを一旦無視して、この店の店主であるゼンを出させる。一応、転生者と転移者の話だから、アスフィアルの住人であるゼンに聞かせるのは憚られた。
そんな俺の態度に対して、ゼンは特に不快になること無く店を出る・・・・・・本来であれば、自分の店を他人に貸すと言うのはまず無い、これも長年彼と培ってきた信頼によるものだ。
「無視してすまんな、一応日本に住んでいた者同士の会話だからな、店主には聞かせたくない」
「貴方、そんな見た目だけど日本人なの?」
「俺は転生者だからな、記憶だけだ」
何処か逸る気持ちを抑えきれていない黒髪の少女を落ち着かせるように、俺はゆったりと話しながら、彼女の質問に対して答えていく。
俺が一体何者なのか?何故俺が彼女に接触したのか?まずは当たり障りない無難な質問に対して答えていき、少しギクシャクしていた空気を解す。
この黒髪の少女は、同じ境遇の人間であっても警戒は緩めないようだった。俺の場合、同じ境遇の転移者と転生者の人間たちと出会うのはシズクで初めてだったので、意外だったのだが、同郷の人間であっても油断ならない存在のようだ。
「あんた、名前は?」
「私は西王寺雫、今年で18になる」
18歳といえば今は高校三年生ぐらいか、見た目からしてまだ中学生ぐらいかと思っていたが・・・・・・
「貴方は?」
「ん?俺か?俺はアレン、ここでは20歳になる無職の男だよ」
「・・・・・・違う、元の世界」
「日本の頃の名前なら新条雅人、記憶が正しければ当時25歳で死んだただの一般人の男だよ」
俺は西王寺に大して、嘘偽り無く正直の元の世界の頃の素性を明かした。今でこそ、アスフィアル人らしい見た目ではあるものの、元は日本人だ。
「・・・・・・そうなの」
俺が素性を明かしたところで、彼女の警戒が緩むことはない、彼女の話し方からして多分だが、俺と同じように元の世界に住んでいた人間と何度か会ったことがあるのだろう。
「これまで会った転移者の人達は、私が西王寺と言ったら皆驚いていたわ。それを聞いて驚かないとなれば、貴方は少し前の時代に居た人かもしれない」
「ん?お前、有名人なのか?アイドルとか」
彼女の言い方からして、日本人であれば西王寺という名字は誰もが知っているような言い方だった。
「・・・・・・まぁそうだな、今の俺の年齢から分かると思うが、俺が日本で生きていた頃から大体20年が経っていた。まぁ、俺が日本で拠点にしている場所は、まるで昭和みたいな場所だったけどさ」
そして彼女が言っていた事は正しい、俺はこの世界を20年間も過ごしていたので、その分地球の時間も進んでいた。
今訪れている赤根村こそ、時代に取り残されたような場所ではあるが、偶に訪れるコンビニには全く知らない雑誌や漫画が並び、嬉々として話してくれるアルバイトの木田くんともジェネレーションギャップがありすぎて、少々話が噛み合わなかったりもする。
・・・・・・まぁ、木田くんは俺を外国人だと勘違いしているので、話が噛み合わなくても疑問に思っていないようだが。
「拠点・・・・・・そうなの、やはり貴方は日本に行けるのね」
「まぁそうだな、今回あんたに渡した物も日本で買った物だ。結構苦労して手に入れたんだぜ、ソレ?」
俺はそう言って、カウンターに置かれている真夏の日差しに負けず汗水垂らして得たお金で買った雑誌と本に指を差す。
「じゃあ・・・・・・」
「だけど、お前を元の世界へ帰すのは無理だ。これは意地悪とかじゃなくて出来ない、俺以外の生きている物は世界を超えられないんだ」
西王寺には悪いが、先に彼女の希望を潰しておくことにした。ここまで期待させておいてあれだが、下手に希望を抱かせるのも悪い。
「・・・・・・そうなの」
「ただ、それ以外なら色々と出来るぞ、欲しい物を仕入れてきたりとかな、まぁ、代金はいただくけど」
俺の本題はそこだった。この世界で力を持つ彼女をパトロンとして俺は金を稼ぐこと、彼女程の力と名声があればそれなりに幅を効かせて商売が出来るだろうし、彼女は娯楽の少ないこの世界において日本の雑誌や漫画といったものを得られる。
流石にそのまま言葉にするのは不味いので、ある程度マイルドに伝えた。
「・・・・・・いいよ、私が貴方のスポンサーになってあげる。その代わり――――――」
「あぁ、俺は日本に出向いたあんたの希望する品物を手に入れる。ただ無茶は言うなよ?あの世界だと俺は戸籍がねぇから仕事が出来ないんだ」
雑誌や漫画程度であれば、赤根村で手伝いをしながら買うことも出来るが、流石にゲーム機やパソコンが欲しいと言われれば難しい。
一応高い買い物は出来ないぞ?と予め釘を刺しておくことにした。
「・・・・・・問題ない、私が手紙を出すからそれで解決出来ると思う」
「手紙?まぁ、それぐらいならいいが」
一応俺は日本へは行けるが、定職に就けない金欠外国人だということを念頭に依頼してくれ、と言ったところで西王寺には何か考えがあるようだった。
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