第6話 日本産の贈り物

 私、西王寺雫が異世界へやって来た時、最初に起こったイベントは人攫いから逃げることだった。

 まだ私が高校へ入学してから間もない頃、校門前で家の車を待っていたら、アスファルトの地面と天高く聳えるビル群の景色がいきなり変わって、テレビでしか見たことの無いような、雄大な自然が広がる丘の上だった。


「あの女きっと神子だぞ、とっ捕まえろ!!」


 私が降り立った場所は街から程近く、見通しの良い場所ではあったものの、近くには森が存在し、その周辺にはならず者達が隠れ潜んでいるという。


 何も知らない女が一人、街へ続く林道を歩けばならず者達から狙われるというのは当たり前であり、当時、何も知らなかった私はそんなならず者達に狙われた。


 もし、私に特別な力がなかったら彼らに捕らえられ、慰み者になったか、もしくは人買いに売られて奴隷として人生を歩んでいたかもしれない。


 少なくとも、私にとって悲惨な未来は間違いなかった。






 異世界へ飛ばされて、数ヶ月が経った。飛ばされた直後こそ、悪党に付け狙われたりと悲惨な物ではあったが、近くにあった街―――――シンエンサでは、それなりに良い縁にも恵まれて順風満帆な異世界生活を送れていた。


 人の良い老夫婦が営む小さなお店で働きつつ、元の世界へ買える方法を探しながらシンエンサの街で生活していた。


 アスフィアルと呼ばれるこの世界の暮らしに、戸惑いは多かったものの、まるでゲームの様な手助けもあって何とか生活できていた。


 特に助かったのが、中世ヨーロッパな世界感でありながら、言語や文字が通じたことと、私の身体能力が人一倍高かったことだろう。


 中学高校と家の習い事もあったので、それまで運動を特にしてきたという訳でもなく、得意という意識も無かったが、私の脚力は街一番の駿馬を上回り、夜通し走り続けても余力を残せるほどの膨大な体力があった。


 この人外じみた力を、知り合った人々は皆神子のお陰だという。詳しく聞いてみたところ、この神子というのは私のような異世界へ飛ばされた者達の通称だと言う。


 神子は、他と隔絶した高い身体能力に加えて強力な祝福を持っており、神子の中でも強弱はあれど、その全てが大成すると呼ばれる者達だ。

 だから、私が街へ出向くとやたら冒険者から勧誘される・・・・・・という訳らしい。


 そういうこともあって、私は人々に導かれるように冒険者になった。最初は一人で旅をして、まるで王道RPGの様に強大なモンスターを狩り続けていたら、次第に私の噂を聞きつけた人々が集まってきた。

 男性不信、とまではいかないものの、異世界へ飛ばされた最初に襲われそうになったことから、私が仲間として認めたのは全員女性になっていた。


 こればかりは無意識で、人々は私が同性愛者だの男嫌いだの言うが、特にそんなことはない。

 少なくとも、人並みに恋愛はしてみたいと思うし、集まった仲間たちだって私がそういう人間では無いという事を承知している。


 そして仲間達は、私が何かの目的を持って各地を巡っている・・・・・・その理由を聞きはしないが、何時か彼女たちにも話せると良いなと私は思っていた。






 丁度、異世界へ飛ばされてから三年ほどが経った頃だった。


 私が結成した冒険者チームは、30人程度まで膨れ上がり、数々の未到達ダンジョンをチーム単独で攻略できる程の高い実力を持つ程までになっていた。

 今では、大都市の一等地に店を構える商会や、地方の貴族といった有力者達からの接触も増え、私の情報網は確実に広がりを見せていた。


 私がこの三年間で得た情報では、この世界には私以外にも同じ境遇を持った転移者及び転生者が居るということだった。

 同郷の者だからといって、生活基盤を持つ私に接触してくる人間も多かったが、その多くは腹に一物を抱える者たちであり、全てが敵対者とまではいかないものの、油断ならない相手として私は認識した。


 なので、私のチームには同郷の転生者や転移者のメンバーは存在しない。


 そして、転機は急に訪れた。


 場所はエラクトンと呼ばれる。特に目立つ部分もあまりない至って普通な街。


 さらなる情報を求めて、王都へ向かおうと補給をするために立ち寄った街だった。


「貴方宛に、だって」


 あと数日もすれば補給も終わり、エラクトンを出発出来ると考えていた頃、貸し切りにしていた小さなレストランで食事会を開いていた矢先だった。


 娯楽の少ないアスフィアルの世界において、内心で暇を持て余しながらも楽しそうに食事をするメンバーと談笑をしていた時に、遅れてやって来たアイナが私宛に贈られてきた荷物を貰った。


 アイナから聞けば、送り主は私が深く興味を持つ代物だという。


(何かしら?)


 冒険者チーム”暁月の旅団”は、その活躍から街の有力者達から食事会の誘いや贈り物が贈られてくる。

 その理由は様々で、単純に縁を結びたい者から私達のチームを丸々と雇いたい者。


 仲には、私を妻に迎えたいなんていう者も居た。


 アイナが渡してくれた荷物は、薄い包装紙に包まれた小包だった。


 商人や貴族が贈ってくるような、高級そうな茶器や装備類と言った類ではなくとても軽い。


 なんだろう?と私は考えながら、包装紙を破いて中身を見てみた。


 その中身は―――――――――――――


(!!!!JUANの最新号とゆめ恋の単行本!?!?!?)


 私を驚かせると豪語する人間はそれなりにいる。


 それこそ、私を妻に迎えたいと言った男性は、冒険者である私に対してドラゴンの鱗を使ったアクセサリーを贈ったりとあったが、その程度であれば私は美しいと感じたものの驚きや感動を覚えたことは無かった。


 単純に、私単独でもドラゴン程度討伐出来るから。


 今ではお金も力もあるので、大抵のものは自らの力で手に入ってしまう。だから今回も驚きは無いだろうな、と諦めながら中身を見てみれば、まだ私が日本で生活をしていた時期、おしゃれ好きのクラスメイトが毎日の様に読んでいたファッション誌の最新号に、私自身が大ファンだった全国的に大人気のラブコメ漫画の単行本、その第一巻だった。


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