調書.高野 優芽子(3)
「……あー」
失敗した。
彼女の反応を見て、俺はすぐさまそう悟った。
『それは、────の事か?』
俺がつい、そう口を挟んでしまったばっかりに……。
「確かに、そんな名前もあったみたいだね。……昔は」
明らかに冷静な口調になったにも関わらず、前の様に拗ねた子供のような黙り込みもせずに話す彼女は、忘れかけていた彼女が本当に成人した『大人』だという事を思い出させる様で。
「……でもさ、今は『らいくん』だから」
いや……それは、子供の駄々より何倍もタチの悪いものだったんだ。
彼女は、到底許されない事をしたんだから。
「……分かりました。すみません、ゆめちゃん」
「ん、……いいよ」
後輩がそんな風に言って、ひとまず最悪の事態は避けられた。
元はと言えば、俺が原因なのだから俺がフォローしなけりゃいけないのだけど……下手に出てこれ以上かき乱せば、更にあいつの邪魔をする事になるだけだ。
「ねぇ、それよりさ……」
しばらく経つと、彼女は『らいくん』の話をしていた時と比べてちょっと冷めたものの、会話を続ける気はあるのかまた別の話を始める。
……でも、やっぱり彼女の言う『らいくん』は、あの少年だったのか。
ならばどうして、彼を……。
「……ゆめちゃん」
「ん?」
「ゆめちゃんは……らいくんの事が好き、だったんですよね?」
俺が頭を悩ませていると、後輩は急に踏み込んだ質問をした。
「……当たり前じゃん、大好きだよ?」
ちょっと肝を冷やしたけど、……そういえば彼女はらいくんの事を褒めちぎっていたのだから、らいくんの事について聞くのはご法度では無かったんだった。
が……この答えは不気味だ。
それなら尚更、あんなことを起こす理由なんてないハズだ。
と……そんな事を思っていたら、
「大好きだから……ですか?」
「……ん?」
「大好きだから、あなたは何かをしたんじゃないんですか?」
「お、おい……!」
「……」
しばらく黙り込んでいた後輩が、突然そんな事を言い出した。
さすがにこれも聞き出す為の演技……という訳にも行かないだろう。
見た事も無い位の感情を、どうにか押さえ込んで冷静に見せかけようとして聞く後輩の姿はどうしても、それが計算と認識させるにはいささか感情的過ぎたんだ。
「確かに……大好きだから、私はらいくんにいろんな事をしたよ」
しかし、彼女は答えた。
この短時間で何か考えが変わったのか、心を開いたのか……あるいは、ただの気まぐれか。
彼女の言う『いろんな事』が、今彼女をこんな状況にしている原因であると、本当に彼女は分かってるんだろうか。
「……ねぇ。お兄さん達は私の言う事、信じてくれる?」
彼女は、確かにそう続けた。
……何を言う気なんだろうか。
俺達の想像する様な事で無いのはなんとなく分かっても、真実を知りたいなんてほざいておきながら知るのが怖かった。
だってその先は、確実に俺の知り得ない世界なのだから。
「……えぇ、信じますよ」
後輩は答えた。
簡単には譲歩しない男が、彼女の回答を聞く為にここまで言葉を重ねているのは、こいつにとっても彼女の答えを聞き出す事がどれだけ重要であるかを物語っている。
その『信じる』というのが本心なのか、それとも彼女の答えを聞き出す為の巧みな嘘なのかは俺には判別がつかなかったけど、今更彼女が嘘をついてまで何かを離そうとする理由は無いだろうと、俺はそんな気持ちで信じようと、そう思っていた最中だった。
「私ね、……人の寿命が見えるんだ」
彼女は、心做しか寂しそうに笑いながら、俺達に向かってそう話した。
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