調書.高野 優芽子(2)

「……らいくんの事?」


 ……らいくん?


 高野の放った第一声に、俺は思わず首を傾げてしまう。

 らいくんなんて、そんな人……彼女の交友関係や身内に居ただろうか。


「らいくんは、どんな人なんですか?」


 思わず資料を見返そうとした時、後輩の声で辛うじて踏みとどまれた。


 俺はただ……邪魔をしない様に黙って見守ってれば良いんだ。


 ……そして、俺がそんな風に自己解決している間に、


「らいくんはね、とっても凄い人なんだよ!」


 ……高野は目を輝かせ、さっきまでのだんまりが嘘の様に声を弾ませた。


「そ……う、なんですね」


 さすがの後輩も、それには少しだけ取り乱してしまった様だ。


「是非、聞かせてくれませんか?」


 が、さすがと言うべきか、すぐにリカバリーして間髪入れずに食いつきそうな質問を投げかける。


「らいくんはね、優しくてカッコよくて背が高くて……あ、あと、料理がとっても上手なんだよ!」


 高野の方も、さっきまであんなに警戒した風に、決して多くを語らなかったのに、この『らいくん』の話題では、急に人が変わった様に饒舌になって話し出す。


「……それは良いですね。仲も良いんですか?」

「うん!……あっ、一応ね、私の彼氏なんだ」

「へぇ……」


 ……彼氏、か。


 知り合いへの聞き込みではそんな話は聞かなかったから、最近なのか隠していたのか、あるいは思い込み……いや、それは無いな。


 彼女はその点では正常だ。


 それは……調査なんかの結果も勿論だけれど、何より、長年の感がそう言っている。


 ……要は、幻覚を見たりするような頭を持ち合わせてる奴では無いという事だ。


「らいくんの料理食べたら、きっとみんな美味しすぎて驚いちゃうんじゃないかなぁー」


 だからこそ、引っかかって仕方ない。

 大きすぎる存在への、どうしても拭えない違和感。


「……らいくんは、どんな料理を作るんですか?」

「何でも作るよ! 和食も中華もイタリアンもなーんでも!」

「へぇ、それは凄いですね。……どこかで習われてたんでしょうか?」

「んーとね、小さい頃からずっと練習してたんだって!」

「……なるほど、それはさぞかし上手なんでしょうね」

「うん!」


 料理、か。


 確か調べにあったな、彼は料理の専門学校に通う為、高校に通いつつも熱心に勉強していた……と。


「……らいくんと言えばねー」

「はい」


 そのうち、今度は何も聞かなくても、彼女の方から話し始める様になった。


 ……もしかして、更に核心に近づくことを話すんじゃないか……とは、思ったけれど。


「らいくん、前家に入れた時にすっごく緊張しててね、あんなに完璧なのに可愛い所もあるんだーって思ったんだぁー」


 彼女の話すのは、やっぱり『らいくん』の事ばかりで、……わざとなのか、確実に近しい自分の事は簡単な感想以外全くと言っていい程語ろうとしない。


「それは……ギャップがあって良いですね」

「そうそう! キュンと来ちゃったよー」

「……それは最近の事なんですか?」

「うん! すっごく最近!」


 とはいえ……すっかり打ち解けた風に、子供の様な笑顔で話す彼女は、きっと俺じゃここまで持っては来れなかっただろう。


 不安な所はあったけれど、あいつを信じる決断をして良かった。


「やっぱり、らいくんはとっても凄くていい人なんだなぁー!」

「……そうですね」


 ……でも、だんまりだった彼女をここまでにさせる人物、『らいくん』は……一体何者なんだろうか。


 最近会った男で、料理が得意で、彼女の語る容姿……順当に行くのならあの少年なのだろうけど、どうしても納得がいかない。




 だって、高野と一緒に居た少年の名は……『らいくん』の欠片も無い、全く違う名前の少年なのだから。

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