調書.高野 優芽子(1)

「……」


 今まで、こんな不気味な事が果たしてあっただろうか。


 ……少なくとも、俺の身には覚えが無い。


「歳は?」

「……」


 知っている。

 彼女は今年で二六になる。


 が、どうやったって子供にしか見えない。


 見た目というか……態度が、だ。


「だんまりか、高野たかの 優芽子ゆめこ

「……」


 彼女の名前は高野 優芽子。

 歳は二六。職業は聞いても語らないが、調べによると夜職に就いていたらしい事が分かっていた。


 ただ、どうしても信じられない。

 こんな人間が今まで、この世界を生きてこれたなんて。


「……先輩」


 俺が頭を悩ませていると、後輩の……いや、名前は良いか。

 後輩が、遠慮がちに話し掛けてきた。


「……どうした?」

「先輩、」


 俺が聞き返すと、後輩はちょっと躊躇いつつも、でも確かな熱量で俺に向かって言い放った。


「僕に、任せて貰えませんか」


 任せる……高野 優芽子をだろうか。

 つまり、こいつの扱い方が分かると?


 到底信じられなかったけど……正直、俺にはこいつをどうにか出来る自信は無い。


「…………分かった」


 まだ入って来たばかりの後輩に任せるには、いささか刺激が強すぎるのではないか、下手すれば惹き込まれてしまうのではないか、そんな一抹の不安を感じつつも、長考の末、俺は賭ける事にした。


「お前に任せるよ。……責任は俺が取る、お前は何としても真実を聞き出せ」

「……はい」


 それは、責任感でも、ましてや功績の為でも無い。


 ……ただ、真実を知りたかったんだ。


 この残酷な出来事が、何故起きたのかの。


「……高野さん」

「……」


 ……俺がそんな風に考えている間に、後輩は高野の名前を呼んだ。


 取り調べをしている相手に向ける声音とは思えない、まるで近所の幼子に話し掛ける様な優しい口調だった。


 ただ……高野は目ではその姿を視認するものの、だんまりを決め込んでいる。


「……」


 それに後輩は少し考え込む。

 ……まだ何か策があるんだろうか。


 任せると言った分、迂闊に止めさせたりは出来ない。

 俺はあいつが高野に取り込まれないかだけに集中して、あいつの事を信じてやらなきゃいけないんだ。


「……どう、呼ばれたいですか?」


 ほら、やっぱりまだ策があるらしい。


 あいつの言葉に高野は、今度は少し反応したように体をピクリと動かす。


 ただ……答えない。


「高野さん? 優芽子さん?……それとも、『ゆめちゃん』が良いですか?」

「……」


 ゆめちゃん……彼女を調べた時に頻出した呼び方か。

 良く覚えてるもんだ、俺だって今言われなきゃ思い出しなんて……。


「……ゆめちゃん」

「!」


 ……驚いた。

 今確かに、だんまりを決め込んでいた高野が初めてまともに話したんだ。


「分かりました。……ゆめちゃん」


 あいつもその隙を逃さず、すぐさま言葉を返す。


 これは……もしや、いけるんじゃないだろうか。


 俺が期待に胸を膨らませていると、あいつはゆっくり質問をし出した。


「ゆめちゃんは、好きな動物とかは居るんですか?」

「…………猫」

「へぇ……猫可愛いですよね、僕も好きですよ。……猫は、飼ってたりしたんですか?」

「……飼ってた」

「良いですね、さぞ可愛かったんでしょうね」


 後輩の話は、正直言って上手かった。


 仲睦まじく話している様に見えて、感嘆符……「!」が付く程には盛り上げず、敬語も崩さない。

 かといって距離感を感じさせない様、語りすぎない程度に適度に自分の事も織り交ぜる。


 高野もわざとらしくないその話し方に、段々と乗せられていっていた。


 ……そして、ついに。


「ゆめちゃんは……最近よく、一人の男の人と居たとか?」


 あいつは核心に触れんと、一歩踏み込んだ質問に手を伸ばした。

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