想起2.ミライの場合
「みーちゃん!」
……優芽子。
この店に入って来てから、この子は直ぐに私に懐いた。
最初は大人しすぎるというか……不気味な位だんまりだったのに、今では嘘の様に騒がしいというか、明るいっていうのか。
……正直、こうなるんならだんまりの方がいくらかマシだった。
「優芽子、騒いでないで……」
「ゆめちゃん!」
「……はいはい、ゆめちゃん」
優芽子は、自分の事を『ゆめちゃん』と呼ぶ様に言って譲らなかった。
私の事も、何故か『みーちゃん』なんて呼ぶし。
……ほんとに、私達もう子供じゃないんだし、勘弁して欲しかったのに。
優芽子が本当に、今私達が何をしにここに来て、世間にどんな風に思われる事をして毎日お金を稼いでいるのかを理解しているのかが分からなくて、本当に知らない世界に迷い込んだ子供の様にしか見えなくて怖かった。
何より私自身が、そんな調子の優芽子によって……現実が辛いって事、思い出さなきゃいけなくなるのが、どうしても嫌だった。
「……」
「わぁ、これなに?」
「……新しいネイル」
だけど、私がどれだけ冷たくしようと、優芽子はずっとずっと楽しそうに、懐いた子供の様に私に話しかけ続けた。
もう……もう嫌だった。
優芽子が純粋に私に構いに来るのが、何より……これだったら陰湿にいびられた方がマシだって思ってしまうくらい、その純である事は私には痛すぎたから。
「車乗るの?……気をつけてね」
「海行くの?……天気見るんだよ」
「……付き合う?……暗いとこ行っちゃダメだよ」
そして、それが壊れていくのを見るのが、私にはどうしても耐えられなかった。
私も一緒に、壊れてしまいそうで。
『……ねぇ、みーちゃん』
『……何』
『みーちゃん、死ぬの?』
きっとあの時。
あの時から、優芽子はおかしくなった。
優芽子は寿命が見えるんだと言った。
そして、私の寿命があと二年とも言った。
そして、極度に私を心配する様になった。
……おかしいのはあんたでしょ。
何? 急に寿命がみえるだなんて……どう考えたっておかしいでしょ?
そこで幻覚なんじゃないかって発想に至れないのが、あんたが既に脳を侵されて狂ってる事の証明なんじゃないの。
そう思っても、言える訳が無かった。
だって……優芽子が壊れたら、嫌でも私の番が回って来そうな気がするじゃない。
……だから、私は逃げた。
結局それが、一番手っ取り早かったんだ。
優芽子から遠く離れた所で、優芽子の事なんて思い出さずに……。
……そういえば、そろそろ優芽子の言ってた二年が過ぎるけど、結局何も無かったな。
信じては居なかったけど、これで優芽子も気が晴れるでしょ。
「……みーちゃん」
だから……どうして。
「良かった。まだ死んじゃって無かったね」
どうして優芽子が、ここに居るの……?
「私ね、色々考えたんだよ。みーちゃんに私がしてあげられる事って何だろうって」
「は……? 意味わかんない……」
「分かんなくても大丈夫だよ、私がちゃんとしてあげるから」
「なにそれ……何なのよ?!」
私が動揺しながら後ずさりしても、優芽子はじりじりと距離を詰めてくる。
「お母さんの寿命が短くなっちゃってね、そういえばって思い出したの。……みーちゃんの寿命、後ちょっとだったから……間に合って本当に良かった」
まだ寿命の話してるし、何より……
「間に合ったって……」
……どういう意味?
聞きたくても聞けなかった。
「良かった。……他の人に取られなくて、ほんとに良かった」
「は……?!」
やっぱりおかしいんだ。
優芽子はおかしいんだ……!
逃げなきゃ……
「みーちゃんの最後を見られて、良かった」
「ぁ゛ぐっ……っ!」
私が最後に見られたのは、そう言って笑う彼女の……心からの笑顔。
「そっか……こうする為に、私には寿命が見えたんだね」
……きっとまた罪を重ねるであろう彼女の、残酷な程に純なままの笑顔。
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