想起1.西条 裕太の場合

「……え?」


 起き上がり、激しい頭痛と見慣れない部屋に寝かされている事に、同時に困惑する。


 ……ここは?


 いや、それより……何だこの頭痛は。

 頭の内側がズキズキするとは違うし、でも頭が痛い事には変わりなくて……そう、まるで強く頭を打った様な……。


「起きた?」

「!」


 考え込んで居ると、目の前には一人の女の人が居た。


 そして、彼女を見て……思い出した。


 俺は下校途中……この人に背後から、鈍器で殴られたんだ。

 その時の彼女のいささか冷静すぎるんじゃないかってくらいの冷たい表情が、まだ脳裏に焼き付いて離れない。


「おはよう! よく眠れた?」

「ひっ……!」


 でも、今目の前に居る彼女は……あれからは考えられない程、無邪気な笑みを浮かべて居たんだ。



****



「みらいちゃん!」

「……な、なに?」


 数日経つと、俺は何故か『みらいちゃん』と呼ばれていた。


 数日……と言っても、その数日が酷かった。


 目の前のこの人が確かに俺を害した存在だと分かっていても、逃げ出すのが怖かったんだ。


 ……彼女が時々匂わせる違和感。


 あれは、彼女は正気なうちに深すぎる狂気を抱えているのを示していたんだ。


「らいくん!」


 でも……『みらいちゃん』と外で呼ぶと沢山の人に振り返られるのに気づいた彼女が、そう呼び方を変える頃には、はもうすっかりこの生活に慣れ始めていた。


「……どうしたの? ゆめちゃん」

「えへへ、楽しいなぁーって思って」


 慣れとは恐ろしいもので、彼女がいつの間にか僕を彼氏扱いし出しても、僕はそれに適応する事が出来たし、何なら本当に僕のなんじゃないかと思う様にさえなった。


「……そうだね」


 そして、変に逃げ出そうとして恐怖を感じるより、この生活に甘んじて、かりそめの幸せを本物にしてしまった方がよっぽど良いと、その頃には本当にそう思って居たんだ。


「お、おい! 裕太、なのか……?」

「えっ」


 だから、あの時は怖かった。


「……らいくん?」


 たまたま同級生と鉢合わせた時、彼女が僕に向けた表情。


 確認する様な声音に隠されていたのは、『否定しろ』と命令する程の鋭い視線。


「……違うよ」


 彼女に従いそれを否定して逃げ出せば、『西条さいじょう 裕太ゆうた』である僕は僕の中から消え去り、残ったのは『らいくん』ただ一人。


 らいくんで居る事は、苦痛では無かった。


 彼女はらいくんに具体的な高望みはしないからだ。


 ただただ、優しいらいくんで居れば、彼女は僕の存在を否定せずに居てくれる。


「……夏まで生きていられる保証なんて、どこにも無いでしょ?」


 だから、たまに死を極端に恐れる様な彼女の言葉に、きっと何かトラウマがあってこんな風な事をしてしまっているんだと感じ取っていたから、


「それは……ちょっと悲しいかなぁ」


 ……寿命が少しである事を恐れる彼女に、僕は当たり障りない回答で、話題を変えようと答えたのに。


「……どうして、分かってくれないの?」


 それこそが、彼女の見えていたものだったんだ。


「私……本当はずっと迷ってた。らいくんも、本当ににしていいのかなって」


 だから、彼女の語るのを聞いた時……


「でも、やっぱりらいくんは死んじゃうんだから、私がどうにかしないとって……私、ちゃんと覚悟を決めたんだよ」


 ……僕じゃ彼女の心を救えなかったんだって、そう思った。


「大丈夫。私が救ってあげるからね」


 彼女はそう言って、彼女の救済を僕に施した。


 僕は抵抗もせずただそれをこの身に受け、その間もずっと彼女の生涯を案じていた。


 彼女はきっと……ずっとこんなものを抱えて生きてきたんだ。


 彼女の恋人ごっこに乗っかるつもりが、逆に僕がそれに乗せられていて、いつの間にかそれが本物になりかけていた時、彼女の気持ちがただの偶然だった事に気づくんだ。


 ゆめちゃん。


 君は……の事なんて、本当は好きでも何でも無かったんだね。


 でも、楽しかったから……僕はこんな結末でも、いいや。

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