page5.私とペット

「はい、これでよし!」

「……ありがとう」


 取れかけていた包帯を巻き直してあげると、らいくんはそんな風にお礼を言って笑う。


「頭、まだ痛むの?」

「……ううん、もう全然だよ」

「そっか。良かった」


 言うに、さっきのはちょっと立ちくらみしただけで、本当に何でもないから気にしないで欲しいという事だった。


「それより……」

「ん?」

「あっ、えーっと……ゆめちゃん、何か持って来てなかった?」

「あー! あれね!……見てくれる?」


 らいくんが小さく頷いたので、私はさっき玄関に置いてきてしまったものを持ってソファーの所まで戻る。


 らいくんは私が手に持ってるものを見て、不思議そうに訊ねてきた。


「……それは? 何かの箱……みたいだけど」

「これはね、大切なものなんだよ。……らいくんにも見て欲しくて」


 ……これは、言うなれば私の思い出。


 楽しくて可愛くて、そしてとっても悲しかった……かけがえのない思い出が詰まった宝箱。


「……!」


 私がらいくんに向かってその箱を開いてみせると、らいくんは驚いた様に一瞬目を見開いてから、またいつもの表情に戻った。


 ……やっぱり、びっくりするかな。

 それでもこれは私の大切な思い出の証明にもなりえるものだったから、らいくんにも見て欲しかったんだ。


「……ゆめちゃん」

「何?」


 すっかり箱をしまった後、らいくんは私の名前を呼んだ。


「ゆめちゃんはこれから、どうするの?」



****



「にゃーちゃ! にゃーちゃ!」


 覚えてないくらい昔の、多分、一番古い記憶。


 白いふさふさの生き物を、私は拙い足取りで一生懸命追いかけていた。


「ゆめちゃん」

「ははは、良く歩くなぁ」


 この二つの声は、多分お父さんとお母さん。


 二人の優しい声に見送られながら、私はそのふわふわを追いかけていた。


 ……それは、とっても楽しい時間。


 何もかもが優しくて、暖かくて、可愛くて、とっても大好きな時間だったのに。


「……にゃー、ちゃん?」


 ちょっとだけ成長して、にゃーちゃんと二人でお留守番していたある日。


 いつもはおやつの時間を嗅ぎつけて、とっくに私の足元をうろつく頃なのに、中々音沙汰も無いので何となくで探し回っていた、その時だった。


「にゃーちゃん?!」


 にゃーちゃんは、廊下で倒れ込んでいた。


 辺りには何かを吐き出してしまっていた形跡もあった。


「にゃーちゃん! にゃーちゃん!!」


 小さかった私には、病院に連絡するって選択肢も無く、私はどうしたらいいのか分からなくて、大泣きして何度も何度も名前を呼びながら、にゃーちゃんを揺さぶった。


 ……でも。


「にゃーちゃん……? にゃーちゃんっ!!」


 多分、その頃にはもう、にゃーちゃんは息をしてなかった。


「にゃーちゃん!!!」


 でも、私はきっといつか動き出すって信じて止まなくて、きっと何かの間違いだって思いながら、狂った様にその名前を呼び続けた。


「……あっ」


 そして、そんなこんなで日も暮れてきた頃。


 私は急に不安になってしまったんだ。


 ……もし、お父さんとお母さんが帰ってきてもにゃーちゃんがこのままで、私がにゃーちゃんをいじめたって思われたらどうしようって。


 そしたら、怒られちゃう。


「……。隠さなきゃ……」


 私は咄嗟にそう思って、まだ暖かいにゃーちゃんを抱き上げて自分の部屋に戻った。


「にゃーちゃん、見つからない所に隠れといて貰わないと……」


 部屋中を探しても、ベッドの下とかクローゼットの奥とか、お母さんがたまに掃除してるし、それまでににゃーちゃんが起きなければ見つかっちゃう。


 かといって外に隠れて貰うのも可哀想だし、誰かに連れ去られちゃうかもしれない。


「……あっ」


 そんな風に頭を悩ませていた時、私はふと思いついた。


 ……おばあちゃんに貰ったお人形を入れてた箱。


 あの箱はサイズもちょうどいいし、中身が入ってるなんて思わないだろうからお母さんだって開けない。


「……良かった」


 私は一息ついて、そのピッタリなサイズの箱の中ににゃーちゃんを隠れさせて、


「ちゃんとご飯、届けてあげるからね」


 と言ってから、そっとその蓋を閉めた。

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