page4.私とおじちゃん

「ただいまー!」

「……」


 大きな声でそう言う私の後ろで、らいくんは緊張してるのか、いつもよりだいぶ内向的な雰囲気で部屋を覗き込む。


「……大丈夫、誰も居ないから」

「ほんと……?」

「ん、ほんと!」


 らいくんでも、こんな緊張する事ってあるんだなぁ。


 何だかこんな姿見るのは新鮮だから……らいくんには悪いけど、ちょっぴり気分は弾んでしまう。


「ちょっとここで待っててね。……あ、キッチンの所は行かない方がいいよ」

「……分かった」


 多分しばらく誰も帰って来て居なかったからか、キッチンのゴミ箱の方から生ゴミの匂いみたいなのがしてくるし。


 いくら優しいらいくんとはいえ、さすがにそんな所までは晒せないよね。


 私はらいくんを玄関の所で待たせて、自室へ行かんと階段を駆け上がる。


「えーっと……あ、あった!」


 散らかった部屋を漁り、何とか見つけたものを私は誇らしげに掲げ、それを持ったまますぐさま階段を駆け下りると、


「えっ……らいくん?!」

「大丈夫、大丈夫だから……」

「大丈夫じゃないよ! 包帯取れちゃってるじゃん!」

「ご、ごめ……」

「いいから、ちょっとこっちおいで?」


 体調が悪そうにうずくまっていたらいくんを発見して、とりあえず何とかしないとと思って、私は彼を支えながらソファーの方まで移動した。


 ……あーぁ、せっかくらいくんに見て貰おうって、持ってきたのにな。



****



「ゆめちゃーん! ほら、高いぞー!」

「あははっ! たかぁい!!」


 隣のおじちゃんは、とっても優しくて面白い人だった。


 しょっちゅう遊んでくれるから、お父さんがもう一人出来たみたいでとっても楽しかった。


「おじちゃん、抱っこー!」

「ははは、ゆめちゃんは元気だなぁ」

「こらこらゆめちゃん? おじちゃんもう行かなきゃなんだから、わがまま言っちゃダメよ?」

「えー! もっと遊びたいのに……」


 ……だからこそ、おじちゃんとはちょっとしか遊べないのが寂しかったんだ。


 小さかった私はわがままを言ったりもしたけれど、その度におじちゃんは、


「ごめんなぁ。帰ってきたらたくさん遊ぼう、な?」


 と、ちょっと困った様に、でも嬉しそうに言った。


 ……そんな感じだったから、私はずっとずっと気づかなかったんだ。


 いや……わざと気づかないように居たのかもしれないな。


 私は、気づきたくなかったんだ。

 それに、おじちゃんの寿命は他の人よりたくさんたくさんあったから、尚更。


「……ゆめちゃん」


 だから、いつもの日々が続いてた中で、急に暗い表情をして私の名前を呼んだお母さんが来るまで、私は分かれなかったんだ。


 もうすっかり会えなくなっていた、最後の方にはやせ細った優しいおじちゃん。


 私は、見ないフリしてたんだ。


「……おじちゃん?」


 でも、見なきゃいけなかった。

 死んだら、寿命が見えなくなるんだ……。


「───さん……」


 お母さんは、おじちゃんが死んでしまってから、頻繁に誰かの名前を呼ぶ様になっていた。


 最初はそれを困った顔で見ていたお父さんも、段々と怒ったりし出して、それでもずっとずっと放心し続けるお母さんに、そのうち帰って来なくなってしまった。


「……お母さん?」

「ゆめちゃん……」


 思えばその頃から、お母さんは私のする事に敏感になったのかもしれない。


 寿命が見えると言っても、今までは相手にこそしなかったものの軽くあしらっていたのに、ごめんなさいと謝られたり病院に連れて行かれたり、周りに私が何か変な事をしていないか詮索する事が多くなったり。


 ……おじちゃんが死んでしまってから。


 私は自分の見る寿命が信じられなくなってしまったし、いつお母さんとかが死んじゃってもおかしくないんだって思うと、怖くて怖くて仕方なかった。


 だから、逆にホッとした部分もあったのかもしれないな。


 ちゃんと寿命が二年しかない、みーちゃんと出会った時。


 私はみーちゃんが死んでしまうのが怖かったのと同時に、どこかで長い時間をかけて心の準備をする事が出来るって、そう考えて安堵してしまったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る