page3.私とお母さん

「いくら持ってきた?」

「ごめん、突然だったからこれだけしか……」

「……そっか」


 らいくんの見せたのは、千円札が何枚かと、じゃらじゃら小銭だった。


 荷物は纏めていたけど、そういえばお金はちょうど別にしてた時だったんだ。……ついてないな。


 それに……これじゃ、とても一年生きるなんて無理だ。


 ……仕方ない。


「……あの家、行こっか」



****



「お母さん!」

「ゆめちゃんー、どうしたの?」

「みーちゃんがね……」


 お母さんは優しい人だった。


「……ゆめちゃん?」


 優しくて、すぐ壊れてしまう程に。


「お、お母さん!!」

「ゆめちゃん! あなたってばまた……」

「ち、違う! 違うの! これは違くて……!」


 お母さんは、私が寿命が見えると言う度に私の事を心配して、何回も何回も病院やらどこやらに連れて行ってくれた。


 でも、一向に良くならない私に、お母さんは次第に暗くなっていって、私がそういう素振りというか……ちょっと失敗しただけで、すぐに泣いてしまうようになってしまった。


『……お母さん、私……大丈夫だよ』


 だから、私はいつからか、寿命が見えるなんて言う事を止めた。

 お母さん以外に言っても、お母さんがどこからか聞きつけてその度に心配するから、どこでだって言わない様にした。


 ……でも、たまにそれだけじゃ耐えきれない時がどうしてもあって。


 そんな時、私はぬいぐるみの『みーちゃん』に聞いて貰っていた。


「みーちゃん、今日ね……」


 寿命の話もそうだけど、気づけばいつの間にか日常の話までをもみーちゃんに話していた自分が居た。


 そういえば……いつからだっただろうな。

 寿命がずっとそのまま正しい訳じゃないって分かったのは。


「……えっ」


 隣のお家の気のいいおじちゃんは、まだまだ何十年も寿命があったハズなのに、急に死んでしまった。


 死んでしまった人の寿命は見えないから、おじちゃんに寿命が見えなくなって、私はその時始めておじちゃんが死んだんだって理解した。


 みーちゃん以降、寿命があとちょっとの人を見た事が無かったし。


 どれだけ人とすれ違っても、一桁の人さえ珍しければ、おじいちゃんおばあちゃんでも知り合いの内は皆長すぎるんじゃないかってくらい寿命があったし。


 ……ほんと、どうしてなんだろうな。


「……ねぇ? みーちゃん」


 大きくなる度、気にならなかった違和感が浮き彫りになってきて、ちょっとだけ怖かった。


 勿論お母さんにも言えないから誰にも言えないし、でもみーちゃん相手だけってのもやっぱり限界があって。


「……ねぇ、お母さん」


 だからある日、ほんの出来心で聞いてしまった。


「どうしたの? ゆめちゃん」

「えっとね……ちょっとだけ、聞きたいことがあるんだけど……」

「……なぁに?」


 ちょっと心配だったけど……最近心配はあんまり掛けてなかったし、大丈夫だとタカをくくってしまってたんだ。


 ……だからだろうな、私はこんな事を聞いちゃったんだ。


「お母さんは、どこも悪くないよね?」


 私がそう言った途端、お母さんはすぐさま目を見開いて、その瞬間に私はそれは言ってはいけなかったんだってようやく悟った。


 ……でも、遅かったんだ。


「ゆめちゃん、まだ寿命が見えるなんて言ってるの?」

「えっ、あ、違……」

「ごめんね、私がいけないの……」

「違う! 違うよお母さん!」

「ごめんなさい……ゆめちゃん、ごめんなさい……」


 一度無くした信頼というものは、戻らないのと同じ様に。

 お母さんはそれから、私の事をずっと心配する様になってしまった。


 でも……それだけじゃない。


 ……その時見たお母さんの寿命は、みーちゃんと同じ様にほんの僅かしか残っていなかったんだ。


 そして、私はその時……思い出した。

 考えればあともう少ししか寿命の無い、ぬいぐるみじゃない本物のみーちゃんの存在。


 ……そうだ、助けなきゃ。


 私はそう思うや否や、考えるより先に家を飛び出していた。

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