第一部:4-1章:血の夜会(前座)
第16話:突然の来訪
狙いはいずれの夜会も王都内で開かれるものであるため、夏季休業ではあるがネルカは領地に帰らず、王都内にあるタウンハウスで過ごすことになった。そして、長男ソルヴィとその妻カミネ、そして次男ナハスもまた王都にやって来る日、一番にハウスに訪れたのは彼女の義兄姉たちなどではなかった。
「約束通りに衣装を持ってきましたよ。」
「ねぇ、エル。空を見なさい?」
「空…ですか? あぁ、少し明るくなってきましたか。日の出はそろそろですかねぇ。いやはや、朝が早いと夏の訪れを感じるというものですよ。」
現在の時刻は朝の5時頃。
そんな時間に起きている人間は少なく、朝の仕込みが必要な一部の使用人、早起きが癖となっている義父アデルぐらいしかいない。ネルカは朝の鍛錬のために家から出たところの遭遇であり、夏の間だけの彼女付きメイドであるメリーダが後ろでオロオロと困っていた。
「こんな時間に来たら迷惑になるとは思わなかったかしら?」
「ですが、早いに越したことは――」
「程度ってものを考えなさい! だいたいねぇ、友達と遊びに来たとかならまだしも、そうじゃないんだから普通は事前に連絡しておくものじゃないかしら! 貴族がどうとかパートナーがどうとか以前の問題よ!」
ネルカなら喜んでくれると思っていたエルスターだったが、予想外に怒られる事態となってしまったため珍しくシュンとしている。それでも何だか言い訳をしそうに口を尖らせているので、反省してないと見なした彼女は眦をさらに上げる。
「エル? ずっと思っていたのだけれど、あなたは殿下に付いて何がしたいの?」
「よくぞ聞いてくれましたネルカ! 私はすばらしい殿下の隣に立ち、その魅力を広めたいんですよ! 本当ならあなたのことも広めたいのですが、もう少し殿下を後押ししてからじゃないとですな。物事には優先順位というものが―――」
「ふーん、私が殿下の立場ならあなたを横に置きたいとは思わないわね。殿下のプロデュースが終わっても、私の方には来ないでくれるかしら。」
「そ、それはなぜですか!?」
「マリから聞いたありがたい言葉をあなたに贈るわ…『ファンの迷惑行動は推しの低評価につながる』。殿下がどんなにすばらしく、私がそれに仕えるにふさわしくても、ファン筆頭のあなたの行動で周囲の見る目は変わると言うことよ。」
ズビシッと人差し指を突き出すネルカに、エルスターはまるで雷が落ちたかのように驚くと膝から崩れ落ちる。そして、自分だけだからと無視してきた自身への評価を思い返し、これではいけないと心を入れ替えて顔を上げる。
「ネルカ! 私に『活』を入れてください!」
「分かったわ……。今まで足を引っ張ってきたんだから、足を上げさせるぐらいの努力はしなさい! ほら、私がその第一歩になってあげるわ!」
「はいっ!」
「あなたは今までは誰だった?」
「足引っ張りのエルスターです!」
「今日からのあなたは?」
「持ち上げ土台のエルスターです!」
「土台ってのはどんなもの?」
「踏まれる物で…あっ…ネルカ、私を踏んでください。」
「しょうがないわねぇ、やってあげるから感謝なさい。…あら、あなた踏み心地が良いわね。」
「ありがとうございます! ネルカの踏みつけも気持ちいいです!」
そこにいるのは心機一転して嬉々と踏まれるエルスター、新たな扉を開いて恍惚な表情をするネルカ、そんな二人をどうすればいいのか分からず慌てるメリーダ―――
―――そして、上司の息子と義娘のやり取りを見て怒り状態のアデル。
「お前らぁぁ! 何やっとんじゃぁぁ!」
― ― ― ― ― ―
エルスターは調査があるからと、どこかへ歩いて行ってしまった。
対するネルカは義父の御小言をこれ以上聞きたくもなかったので、受け取った衣装の確認をすると言って、その場から逃げ去ることに成功していた。現在はメリーダといっしょに自室に籠っている。
「お嬢様。今度からは私で我慢してくださいね。」
「メリーダ、あれは違うのよ? 私にそんな趣味はないわよ?」
「大丈夫です。 美しくもカッコイイお嬢様のファンであること、私たちコールマン家のメイドは辞めたりしませんから。それに性癖も千差万別ですしね。」
「だから違うのよ!」
「はいはい、分かりました。では服を確認しましょうか。」
弁明をしようと縋るネルカを尻目に、メリーダは淡々と服を箱から取り出す。
そこには二種類の服があるが、ネルカが見たことのないようなデザインだった。
一つ目は袖が短い上服とスリットが入ったロングスカートの組み合わせ。
それは肩と太腿が表に出るよになっており、体のラインを強調するように隙間を減らしたデザインだった。これではコルセットや詰め物などでの誤魔化しがしにくく、とにかく盛りたい当国の貴族には受け入れられないと予想できた。
色はエスコートと自身の髪色である赤&黒の服、装飾はエスコート役の目と同じ碧色。
二つ目はドレスと言うよりはロングコートとズボンのセットに近い。
ところどころの意匠は女性らしさ残しているものの、それでも夜会で女性が着るようなものではない。どちらかと言えば劇団の男装花形が身に着けるようなもので、メリーダはエルスターの意図が全く分からなかった。
こちらも同様にエスコート役を意識した色配である。
「それにしてもこれら…よく見つけましたねぇ彼も。」
「あら? 珍しいのかしら?」
「これはバーベラ夫人がデザインしたものです。」
バーベラ・メンシニカは公爵家の親族であるが、デザイナーとしての才があることでも有名である。彼女がデザインしたほとんどが貴族間での流行となることが多いほど。
しかし、彼女はときどき売れを無視した『本当に作りたかった服』を出すことがある――ネルカの元に届いたモノがその一例である。それらを着こなすことができた者は少なく、全てが話題の闇へと消えていくのが常であった。
「確かに中性的でスタイルの良いお嬢様なら似合うかもしれませんが…初めての社交場で着るようなものではないでしょうに…。あの少年は何を考えているのか…。」
「構わないわ、エルが良いと思ったなら良いのでしょうし。」
「貧乏末娘で今はメイド職とは言え、私もかつては男爵家。あの男がどういった人間であるのかは、噂などではなく実際にこの目で見てきました。確かに間違いを言うような方でも、悪企みをするような方でもございませんが…『善』とは言い難い人間でございます。」
顎に手を当てるネルカが考えるのは彼の過去の行いだった。
いつも一言が余分に多く、周囲のことなど気にせず自分の都合を優先し、デイン関連になればそのことはさらにヒートアップする。皆が噂するような邪悪な人間でこそないが、嫌われるだけの理由はある。
(ふむ…誰かが手綱を握っておく必要がいるわね。)
夜会まではあと三日、ネルカはその日に向けて計画を練るのであった。
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