第17話:家族団欒
タウンホームと言えどもさすがは裕福貴族コールマン家なのか、家族6人プラス使用人数人が集まってもそこそこスペースが余るほど大きい。だからこそ兄嫁や次男のように社交的な性格ならともかく、末男のように非社交的なタイプであれば遭遇することは少ない。
「お前ら二人は付き合ってんのか?」
そんな末男ダーデキシュが彼の方からネルカに寄ってきて、その話の内容はエルスターに関するものであった。ネルカが彼からプロポーズを受けたことも、パートナーでいようと返したことも周知の事実。それでいて数ヶ月経ったら夜会エスコートなのだから、彼がそう疑うのも当然のことだろう。
「そんなことはないわ。まぁでも、確かにそう思われても仕方ないわよね。」
「…じゃあ、あいつのことをどう思っている。」
「う~ん…私には優しいし、宰相を務める侯爵家の一人息子、王家側近…あら、なんだか優良物件のように思えてきたわ。」
それまでは深い関係にはなりたくないと思っていた彼女だが、それも全ては押しが強引だから引きたくなっていただけ。他人には厳しい彼だがネルカ目線からすれば、冷静になって考えるとどうしてあそこまで彼を拒否していたのか不思議である。
(それに…昨日…エルを踏んづけたときを思うと…心がドキドキするわ。)
あの感情はネルカの人生でも初めて抱いたものである。しかし、顔が熱く赤くなり、呼吸も心拍も荒れてしまい、相手のことばかりを考えてしまう――そんな現象に彼女は該当するものが一つだけしかなかった。
「もしかして…私…エルのこと…好きなのかも…。」
「ま、まじかっ!」
ダーデキシュが思わず大きい声を出してしまったためか、どうしたものかと家族と使用人が集まってきた。そこにいるのがネルカとダーデキシュという珍しい組み合わせであったことに驚いていたが、その場にいたメリーダから事情を聞くとさらに驚きを増させていた。
「よりによって宰相様のとこか…部下として何とも言えない気分だな。」
「あの噂の彼ね…私は会ったことないが大丈夫だろうか。」
「エルスターかぁ…あんまいい噂聞かないけどなぁ?」
父と長男と次男が好き勝手言っている様子に、長男妻であるカミネはそれぞれの頭を叩くと、「乙女心が分からないんだから、もう!」と言ってネルカの肩をさすってあげる。彼女はそこまで気にしていなかったのだが、ここまで大きい反応されるとなんだかエルスターとの関係が大仰なものである…ような気がしてきた。
「男どものことは気にしないでねネルカちゃん。」
「ですがお義姉様…本当にこの気持ちがそうなのか…分からないの。こういう経験なんて初めてだし、なんだか考えれば考えるほど…別の感情な気も…しないこともなくて。」
「感情に理屈なんて付けるもんじゃないわ。大事なのは幸せなのかどうかなんだから。ねぇ…もしも彼の隣に他の女性がいたら…どう思う?」
そう言われて想像してみるネルカ。
もしも――彼が他の女を相棒としていたら。
もしも――彼が他の女と血祭を決行していたら。
もしも――彼が他の女に踏まれていたら。
「そのポジションに…私以外がいるなんて考えられないわ。」
「そうよネルカちゃん! その意気よ! さっきも言ったけど理屈なんていらないの。好きって気持ちを崇高なモノにしたくて、後になって言い訳みたいに思い付くのが理屈なのだから! 大事なのは現在の幸福感よ!」
そんな奇特な女性が自分以外にこの世に存在するのかという気持ちのネルカと、独占欲によるものからの発言だと勘違いするカミネ。義姉が勘違いをしているのは百も承知のネルカだったが、まるで経験談のようにアドバイスする彼女にふと興味が注がれた。
「…それはお義姉様とお義兄様のときも?」
「そうねぇ…私たちは政略結婚だけど、今はもう愛があ…ってもう、そんなこと言わせないで! ソルヴィもそんな顔しないで、恥ずかしい! ほ、ほら、義父様と義母様はどうだったのですか?」
「うむ…俺と妻もそんな感じだ。ただ例外もあってな、弟…つまりお前の父親は…俺を殺しに来た暗殺者と互いに惹かれ合って逢引き…か。やっぱあいつは参考にならん! おいナハス、お前はどうなんだ!」
「僕は学園とか行かず、むさ苦しい筋肉三昧だったからなぁ。まっ、父さんや兄さんが縁談持ってくるの待つだけだよ。そう考えると僕はネルカより遅れているな、ハハッ。」
自身の恋愛話を家族にするなど恥ずかしいこと、語ったそれぞれが照れた表情を作っていた。そして、小恥ずかしい気持ちを他に逸らしたくて、まだ話していないダーデキシュにすべての視線が集約していた。
「い、いや…俺も…何もない…からな。勉強と研究で忙しい…。」
思い浮かべたのはピンク髪の少女であったが、その感情が親しみなのかそれ以上なのかを理解できていないのは、さすがはネルカに近い性格であるといったところか。そんな彼の気持ちなど露知らない家族は、ニヤニヤして彼に迫っていた。
「あら、貴族間では有名よぉ…『女の子の頭を撫でていた』と。」
「父さんにもその話は届いてるぞ。 確かマリアンネ嬢だったか。」
「そう言えば、いつかは仮爵になるって言ってたよね。」
「へ~、僕は初めて知ったな。で、どうなんだダーデ?」
「い、いや、マリアンネ嬢は…ネルカの友達で――」
ジリジリと後ずさるダーデキシュは救いの目をネルカに向けるが、彼女もまた面白いものを見つけたとニヤニヤしていた。それに、元はと言えば家族総出の大事になってしまった原因は、この義兄が話を切り出したことによるものである。だからこそ彼女は一種のやり返しの気持ちにも入っていた。
「ダーデお義兄様…私と同じで気持ちの理解ができていないってことは、何となく反応で察しているわ。でもね、私はマリのことは気に入ってるの。つまり…お・う・え・ん…しているのよ?」
味方がいないことを察したダーデキシュは、その場から逃げ出すのであった。そして、二日ほどの間を自室で引き籠ることとなったのであった。
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