第15話:罪人ネルカへの尋問
休み明けの放課後――ネルカは学園内にあるデイン用部屋にいた。
デイン本人と護衛のトムスは別用のため不在だったが、部屋にはエルスターとマルシャの二人がいた。対するネルカは【罪人】と書かれた板を首にぶら下げており、正座の体勢をさせられている。
普通に考えてあのような仕打ちを受ければ怒るのは当然で、夕方の蚊に刺されまくった『被害者』ことエルスターは仁王立ちだった。しかし、ただ怒るだけで終わるわけがないのがこの男、その瞳の奥には様々な計画が隠されていた。
「罪状を言います。『人を気絶させて路地裏に捨てた罪』です。ネルカ嬢言うことは?」
「決して『頭を打って記憶が曖昧なんじゃない?』と言って押し通す予定だったとか、『私に甘いエルスター様なら許してくれるだろう』とかそういうわけじゃないのよ?」
「ほう? では、どういうわけなのか知りたいですね。」
「そ、それは…あぁ、そうよ! 空気を読まなかったあなたが悪いのよ!」
苦し紛れの言い訳が口から出任せに吐かれるが、言えば言うほどそこにいる者から呆れの視線が強くなっていく。「いや、さすがにネルカさんが悪いだろう…。」そうボソリとだけ零れたマルシャの言葉に、さすがにこれ以上に悪足掻きは良くないとネルカは観念する。
「ワタシハ イカニシテ ツミ ヲ ツグナエバ ヨロシイ デスカ」
「そうですねぇ…ローラ嬢へのイジメは無くなったそうですし…感謝ついでの減刑はしましょうか。やることはやってくれているのでね。私は優しいですね。」
「ソレハ アリガタキ コトデス。」
「まずは私の事は『エル』と呼ぶように。ネルカ嬢…いや、ネルカ。」
彼女は頬をひくつかせて顔を逸らすが、エルスターはその視線に追従するように移動する。減刑と言っておきながら重罪処罰である命令に対し、彼女はこれでもかと言うような絶望顔をしながら声を絞り出す。
「エルスター。」
「エル。」
「エ、エル様。」
「エル。」
「エルさん。」
「エル。」
「エル卿。」
一向に愛称呼び捨てをしようとしないネルカと何としても呼ばせようとするエルスター。この調子では本題に入ることすらできないのを見かねたのか、それとも同僚のこんなやり取りを見たくないのか、そこで動いたのはマルシャだった。
「ネルカさん、少しよろしいか?」
「えぇ、どうぞ…。」
「私の精神安定のためにも、おとなしく従ってくれたまえ。こんな気持ち悪いやり取りを見せられるなんて…だから私は来たくなかったんだ!」
「は、はい、すみません……エル…エル…これからはエルと呼びます。」
彼女がそう言うと満足したエルスターは、良い笑顔を作って罪人板を彼女の首から外す。とりあえず許されたのだと安堵したネルカだったが、よくよく考えるとこんな茶番のためだけにマルシャが同伴するはずもない。何か用事があったのではないかと彼女を見たが、エルスターから話を聞けと言わん表情をしていた。
「よろしいです。では今度は私のエスコートの元、夜会に行きましょう。」
「えぇっと…どこに『では』と切り出す要素があったのか分からないわ。」
「もう! これだからエルスターは嫌なんだ! 私が説明する!」
結局のところ話をするのはマルシャになった。
(嫌って言いながらも、フォローが一番うまいのはマルシャ様だわ)
本人が聞いたら悲鳴を上げそうなことをネルカは思っていた。
そんな空気とは裏腹に説明の中身は割とディープなものだった。
曰く――夏季休業中の夜会でデインを陥れる計画があり、それをエルスターと共に阻止を行う、理想を言ってしまえば証拠を掴むとこまでしてほしいとのこと。裏で動いている人物の目星は付いているが、その相手にバレずに動くことができるのは目下エルスターとネルカしか頼れないとのこと。
(頼れるのが私たちだけ…? 騎士団は動けないのかしら…?)
王子を狙うような事態が起きるのだから、多少はバレるリスクを背負ってでも厳重にすべきである。それなのに騎士団を使わない――いや使えないのか。そんな相手は随分と限られてしまうが、ネルカは深く考えずただ依頼をこなすだけだと自分を律した。
「夏季休業って…来週からじゃないの! ドレスの準備なんてできてないわよ!」
「心配事はそこ!? 普通はそうじゃないだろ!」
「ネルカ、大丈夫ですよ。ドレスの準備はできています。こんなこともあろうかと、パートナーとなった日に注文を開始したぐらいですから。サイズも装飾品もバッチリです。」
「あら、さすがエルね。仕事が早いわ。ふぅ、安心したわぁ。」
「はぁ…なんで私はこんな二人の仲介役しているんだ…。帰りたい。」
マルシャはもうどうにでもなれと投げやりになり、部屋の隅で空気に徹することにした。エルスターは自分のパートナーなんだから当然と言う顔をしており、先のやり取りを無視してネルカに話しかける。
「で、気を付けなければならない相手が…3家。そのうちの2家に関しては子が出て親が出ずなので、まぁそちらはマルシャに任せましょうか。私たちが注意するのは『アランドロ公爵』。」
「アランド…ロ…って確か側妃様の実家よね。」
「愚かなことに野心家なんですよ…子である第二王子はそういう気持ちがなさそうなのが救いですかな。仮にあったとしても、王となる器ではないですので問題はないです。努力は認めますが。」
「っ!? キミの口から『努力を認める』なんて言葉が出るのか!」
「ふんっ。話を進めますよ!」
それからアランドロの配下にあたる人物、それから側妃サイドやアンチ正妃のグループを何組か説明を受ける。その数を相手に自分は探りを入れないといけないのか、ネルカは気怠い気持ちになったが察したエルスターはフォローを入れる。
「まぁ、最悪の場合は武力行使で行きましょう。」
「武力…?」
「ええ、血祭です。せっかくなので『血の夜会』と呼ばれるほど豪勢にしましょう。」
「あら素敵な名前ね。お相手にはぜひとも抗ってもらって、武力を必要とする事態までもっていってもらいたいわ。私の分野だから誰にも渡さないわよ。」
最悪の場合の行動に関しては言を取ったため、彼女はとりあえず一安心だと息を吐く。そして、この話はどうやら終わりな雰囲気であったため、帰ろうとするがドアの前でマルシャが道を塞いでいた。
「あら、もしかして他の話が?」
「えぇ、その通り用事はもう一つありますが、説明をするのは私ではないです。」
「じゃあ、ランルス様?」
「いいえ…ネルカ、あなたの説明が欲しいのですよ。隠し事…のね。」
「私が? 何か隠していたかしら?」
心当たりがなく首をかしげていた彼女であったが、エルスターが一つの報告書を取り出すと一転して顔色が悪くなる。その報告書に書かれていることは確かにネルカが誤魔化していたことで、まさか気付かれるとは思わなかった情報だった。
「さぁ、ちゃんと教えてもらいましょうか――」
――マリアンネ嬢の秘密を。
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