第14話:こちらに協力的で、フリーな状態で、貴族だけど調査されてもバレにくくて、 ~以下略~

ある休日、学生御用達の商店通り。

人に見せつけるにちょうどいいデート条件は、この日この場所しかなく幸運にも晴天。

ローラは待ち合わせ定番の英雄像の前で一人(公爵家の護衛が遠くから見守っているけど)目的の人物を待っていた。エレナからは絶対に満足させると言われているし、マリアンネからはこういうのは当日のサプライズがベストだと言われており、彼女は相手が誰なのか知らなかった。


「すみませんローラ嬢、少しばかり遅れてしまいました。コルネルです。」


そんなローラに声をかけた人物は目的の相手であり、どうしようもなくローラ好みの男性だった。少しピッチリ気味な服装からは彼が筋肉質であることが見て取れ、鋭い雰囲気を纏う端整な顔立ちは他を寄せ付けない魅力があり、どこかネルカに似ている人だった。


その男――否、女の本名は――『ネルカ・コールマン』。


(『私みたいな人』じゃなくて、『私そのもの』じゃないのよ!)


黒髪のカツラと流行りの男衣装、練習した低音発声、叩き込まれたイケメン振舞い(正確にはイケメンだから許される振舞い)。『彼女』を『彼』にするための全力が行使されていた。


元凶である二人の商人娘から「眼福…師匠…マジ推せる。」「これ絵にしたら売れそうだね!」という評価を貰っている。さすがに事情をあらかじめ話したローラの両親からは、「くっ、本当に男性の方だったなら、娘の婿にしたのに!」とお墨付きのレベルの完成度である。


「ネネ、ネ、ネルカ様なんですか!?」


「シィー、大きな声を出してはいけません。今日の私は『コルネル』です。」


小声でも聞こえるように顔を近づけ、人差し指立ててローラの口に押し当てる。

そのままローラの手を取り甲にキスをして、「ローラ嬢、今日は私にエスコートさせてください。」と言うと彼女の顔はこれでもかと言うほどに赤く染まり、英雄像に集まる周囲の人からも黄色い声が沸き立つ。そして、左腕で輪を作って彼女の腕を通させるが、ローラは心有らずの状態でその肩に枝垂れ掛かるようになってしまう。その様子を見て気を利かせた『コルネル』は、ベンチに座って会話できるようにした。


「コルネル様は…その…狩りがお得意なんですよね?」


「ハハハ、得意と言えるかは分かりませんが、そうだと言われるなら嬉しいですね。ローラ嬢は何か趣味などがおありで?」


「御父様には反対されてはいるんですけど、えぇっと、動物を愛でるのが好きでして。」


「それでは今度、南地区まで行きましょう。友人からオススメされましてね…動物を愛でるための店があるんですよ。」


そんなやり取りをしているとローラも落ち着いてきたようで、そろそろという頃には二人して屋台で食べ歩きができるようになっていた。そうして一時間経った頃だろうか、今日のネルカのデートのプランでどうしても外せないお店へとたどり着く。


「コ、コルネル様…このお店は…。」


「えぇ、貴族用のお店ですよ?」


そのお店の名前は【ランテスの微笑み】――服と装飾品を主に扱う店である。

実は彼女はローラの両親から『娘はあまり装飾品を買わないものだから、これを機に買ってやってくれないか?』と頼まれており、本人にそのことを伝えると「もう、御父様ったら…」と口では言うがどこか嬉しそうであった。


『こちらなんてどうでしょう!』

『まぁ、お似合いで!』

『だったらこれも似合うのではないですか!』


しかし、そんな楽しい気持ちはしばらくすると疲れへと変わってしまう。

公爵家の力を以て行われた根回しに、お店の者は全力を注いでの接待。人見知り気味であるローラにとってその積極性は混乱の目回し状態であり、ファッションに疎いネルカもただ全てを肯定するだけの存在となってしまっていた。


(今日は男装で良かったわ…私も着せ替えなんてなったら大変だったもの。)


そうして手持無沙汰になった彼女は店の中を散策していると、店のドアが開いて三人の令嬢が入ってきた。ネルカの記憶の限りでは、彼女たちもローラを苛めていたグループの一つである。しかし今回彼女たちがこの店に来ることは調査済みで、むしろ地位が高めかつ噂を広めるのが早いと言うことで選ばれた――今回のターゲットである。


彼女たちの前でローラとイチャイチャする。

そして、殿下を狙っていないと知られればミッションクリア。


(ちょ、ちょっと…いつまで時間かかってんのよ!)


しかしながら思った以上に店員は盛り上がっているようで、ローラの着せ替えは未だに続いていた。そうこうしているうちに三人がネルカの存在を見つけてしまいと、そのイケメンさにポ~っと頬を赤く染める。すると獲物を見つけた獣のようにその身を近づけてきた。


「あ、あら…どちら様でしょうか?」

「わたくしフェリアと申しますわぁ。」

「ちょっと! 抜け駆けしないで…私はヨスンと言いますの。」


強い香水の匂いにネルカは顔を顰めそうになるも、それを何とか抑え込み気付かれないようにする。最初の予定ではここでローラを抱きしめて『恋人です。』と紹介するはずだったのだが、その本人がおらず焦った彼女はアドリブなどできなかった。


「えぇっと…わた、僕はコルネルです。」


「コルネル様ですか! 今日はどのようなご予定で!」


「連れ…と言いますか…友と言いますか…あの、服選びに…。」


「そうなんですね! もしよろしければ、少し私たちとお話しませんかぁ?」


つい引いてしまったためか彼女たちは止まらない。グイグイと寄せてくる三人に対し、出だしを取られたネルカは押し負けるしかできなかった。そんな不利状態になってようやくローラが戻ってきてしまった。


「ごめんなさいコルネル様。少し時間が掛かってしま――」


「あら、ローラさんではありませんか?」


先ほどまでの甘い声はどこへやったのか、三人の令嬢は一瞬にして敵を狩るように低い声を作り出す。そんな彼女たちに対しローラは震え固まってしまい、どうにかしなければと思ったネルカはローラの手を取り店の外へと出る。


「あら、どこに行くのかしら…?」


しかし、外に出たすぐのところでローラの腕をつかまれてしまい、強く握られて痛いのか彼女は顔をしかめている。とっさにネルカがその手を払うが掴まれていた部分は真っ赤になっており、フェリアと名乗っていた令嬢が二人を睨む。


「ふん、そうやってまた守ってもらうのですか? 殿下に守られて…そして今度はコルネル様ですか? 守られるだけじゃありませんの。」


そもそも、彼女が嫌われる理由は幼少の頃まで遡ることになる。

それはとあるパーティに招待された際に、6歳年上の美形で人気の伯爵家子息に嫌われてしまったことが原因である。その時にデイン殿下に庇ってもらったのだが、王家を嫌っていた家系が相手だったこともあり、嫌な噂を流されてしまったのだ。

これが原因であることは彼女自身は知らないのだが、それでも自身が守られているということはコンプレックスだった。


俯きながらも視線を上に移動させると、見えるのは腕で庇うネルカの姿。

――その姿に先日、助けられた時の光景を重ねる。


どうして彼女はこんなにも強いのだろうか。

それは狩人として過ごしていたからなのか。


いや違う、同じ公爵家令嬢であるアイナだって強いではないか。


では自分との違いというのはどこにあったのだろうか。

きっとそれは最初の一歩を踏み出せるかどうかなのかもしれない。


「――てください…。」


「何かしらローラさん? 聞こえな――」


「もうやめてください!」


それまでのローラからでは想像できないような大きい声に、その場にいた一同はギョッと動きが固まった。興奮して周囲が見えていない彼女は、そんなことお構いなしに言葉を続ける。


「そもそも私は別に殿下のことなんてどうでもいいんです! あんな細身でナヨナヨしていて、作り笑いしかできないような人はむしろ嫌いで避けているんですから! それより私はもっと綺麗な筋肉…それこそコルネル様みたいな人が好みなんです!」


まさかの殿下に対する文句に、その場の空気はさらに何とも言えないものになっていく。だからこそだろうか、調子づいたローラの気持ちはどんどんヒートアップしていき、彼女の言葉は他人を攻撃するものへと変わっていく。


「だいたいアナタたちはその人が好きなわけでなく、他人が好きだから好きなだけじゃないですか! ただ誰かの上でいたいだけの弱者じゃないですか!」


それはエルスター…の影響を受けたネルカ…に憧れを抱いてしまった者の末路。相手のコンプレックスを正論で刺激し、そこから言わなくてもいいことを被せるという、どうしようもなく嫌われてしまう言葉遣いである。


「「「なっ!」」」


さすがに黙っていられないと激怒した三人は、今にも手を出してきそうな一触即発の状態。ネルカはこの場を治める方法など一つしか持ち合わせておらず、その唯一である武力行使のために動こうとしたが――


「すみません、そこの店に用事があるのですが…通していただきませんか?」


――救世主現れる。


ネルカたちの背後にいた人物により、令嬢三人の動きは止まってしまう。そして、その声に覚えがあるネルカは、嫌な予感がしつつもギギギと後ろを振り向く。


そこにいたのはエルスターだった。


そんな彼女を見た彼は「おや?」と何か違和感を覚えたようで、ジロジロとその顔を眺めてくる。(どうか気付きませんように!)と心の中で祈っていたネルカだったが、その願いも虚しく目の前の男はついに気付いてしまった。


「貴女、もしかしてネル――」


「あ~! 久しぶりだなぁエル! 元気にしてたかぁ!」


ネルカが取った行動は先手必勝――何も言わせない。


「なぜこ――」


「おいおいコイツぅ! 親友である僕を忘れたとかいうなよ? 悲しいじゃないか!」


「ぐ、ぐむむむむむ。」


ネルカは次の言葉が出てこないようにエルスターの顔を胸に抱き寄せ、仲がいいと錯覚させるために頭をグリグリ撫でまわす。どうにも首に腕が嵌ってしまっている状態で苦しそうなエルスターだが、慌てるネルカにそんなことを気にする余裕などなかった。むしろ、速く黙れと腕に力を入れていく。


その様子を見た令嬢たちはエルスターに関わりたくないという気持ちと、ローラが殿下に近いのはエルスターの親友が好きだったからという勘違いの二つが発生した。「ご、ごめんあそばせ~。」と苦笑いしてどこかに去った彼女たちを見て、ネルカは今回の作戦の成功を確信した。


(イレギュラーだらけだったけど、私たちの勝ちだわ!)


ちなみに、そのまま酸欠で気絶したエルスターは――そこらの路地裏に置かれた。



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