第10話:ダーデキシュの苦悩②
ふと我に返った時に二人はどこで何をしていたかを意識してしまい、そそくさとカフェから退出した。しかし、どこに行くという予定もなかったため、そのまま学園寮へと帰ることにした。二人並んで歩く道、まだ昼が終わったばかりで人混みは多い。
「そう言えば…アイツとはどうやって友達に? 接点はなさそうだが?」
「えぇっと、最初にも言いましたけどアタシは師匠が憧れなんです。それで…まぁ…恥ずかしいことなんですが、若干ながらストーカー染みたことをしてしまって…それを師匠に気付かれて声をかけられたんです。」
「まぁ、確かにアイツはすごいからな…。今は少し浮いているって話を聞くが、それも時間が経って評価されれば、たちまち人気者になるに違いない。まっ、コールマン家ですごくないのは俺だけってことだ…。」
「そ、そんなことはないですよ!」
宰相の右腕である父とそれに似た長男。王宮騎士団からスカウトが来るほど戦いに優れた次男。そして、第一教室に入ることができるほど勉に優れ、狩人の中でもトップクラスと言われるほど腕も立つ義妹。
それに比べてダーデキシュは非才だ。
もし普通科に入っていたら第四教室だったという試験結果であり、運動は苦手な部類で基本的にはインドア。だからこそと一縷の望みを持って魔法研究科に入ったものの、そちらの才能も悪くはないが有象無象に隠れる程度。
社交の方もあまり得意というわけでなく、純粋な口下手で人を不快にさせることが多い。オドラのような楽観的な人間と会えなかったら、きっと学園生活も一人ぼっちの寂しいものになっていたに違いない。
(俺には何もない。)
――彼は家族にコンプレックスを抱いていた。
「俺は末男…いつかは実家から出なきゃならん。ナハス兄さんみたいに、残ってくれと言われるような特技があるならまだしも…俺にできることは婿となることだけ。」
「婿に…そう…ですよね。貴族ですもんね。」
「まぁ、どうせ俺なんか欲しいやついないだろう。そのまま独身となって仮貴族の平民になるだろうな。案外、そっちの方が楽かもしれん。」
自嘲気味に語るその姿は、明るい昼間にもかかわらず暗く見えた。しかし、マリアンネは決して彼にはそんな表情はしてほしくない、気が付けば彼の右手をしっかりと両手で握り込んでいた。
「あの少し話が逸れますけど…洗濯機の案を出したのは…オドラ様ですか?」
「うん? え、あぁ? いや、俺だが?」
「それは、どうして作ろうと思ったんですか?」
「それは…偶然目にしたメイドの洗濯風景が辛そうだったからだ。うちは家が大きいから仕える者も多い、その分だけ皆の仕事量も増えるからな。」
「…そう思えることは私にとっては才能です。」
ダーデキシュは確かに家族に対してコンプレックスを抱いているが、そこに悔しさや憎さなどは持ち合わせていなかった。家族がその才を人のために使っていること知っていて、だからこそ尊敬していたからだ。
そして、尊敬していることに彼自身が気付いた時、才の有無にかかわらず人の助けとなる者に敬意を示すようになった。それが例え地位の低い者だとしても、彼にとっては敬意の対象となりえる。
――マリアンネはそんな性格の彼が好きだ。
――だからこそ気付いてほしい、彼も敬意を示される側であることを。
「そんなものは才能でもなんでもない。」
「違います! 他人の目線に立てることは才能です!」
「お、おう。そんな熱くなることか。」
「はい! 熱くなることです! アタシはダーデキシュ様がいかに素敵な人なのか知っていますし、それを色んな人に伝えてあげたいんです! 伝える相手はダーデキシュ様本人も含めてです! もし、ダーデキシュ様を嫌いだという奴がいるなら、師匠から戦い方を学んで右ストレートでふっとばしてやります! だって――」
「だって?」
彼女は握っていた手を離すと、次にいう言葉が恥ずかしいのか下を向く。そして、深呼吸を一つ入れると、意を決して顔を上げて笑いかける。
「だって――アタシはそんな優しいダーデキシュ様が好きだから。」
まさか、自分がそんなことを言われる日が来るとは思っていなかった。
まさか、自分をそんな側面で評価してくれる人がいると思わなかった。
気付いたらダーデキシュは本日二度目である頭撫でをしていた。
溢れる想いはいつまでも純粋であって欲しいという願いだった。
「ありがとう、救われた。」
「ダ、ダーデキシュ様…その…もう寮に近い場所ですよ。恥ずかしいです。」
「あぁ…そうだな。」
そう言って頭から手を放す彼だったが、顔を上げたマリアンネが見た彼の表情はスッキリしたものだった。その眉間には皺など一切なく自信に満ちた笑顔をしており、ゲームでも見たことなかった彼の表情にただ惚けることしかできなかった。
「一つだけ言っておきたい――これからもアイツの友達でいてくれ。」
その言葉に我に返ったネルカは、しばらく考えたのちにエヘヘと笑う。
そして、その満面の笑顔のまま元気よく答えた。
「はい! もちろんです!」
ここはゲームの世界などではく、現実の世界。
それでも、彼女はこの義兄妹が好きなことは変わらなかった。
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