第9話:ダーデキシュの苦悩①
ある休みの日、マリアンネは相談の呼び出しを受けていた。
その呼び出しの相手はまさかのダーデキシュからであり、待ち合わせ場所は学生人気のあるカフェ。太陽の照りが次第に暑くなる今日この頃、彼女は伝う汗をハンカチで拭いながら目的地へと向かっていた。
「こんな昼間にすまないなマリアンネ嬢。」
「い、いえ、アタシで良ければいくらでも…。」
入り口付近で立っていた彼だったがいつから待っていたのだろうか、一応は日陰になってはいるがそれでも暑いはずだ。二人は涼みたいという意見が一致したのかそのまま店内に入り、アイスコーヒーを二つ注文すると窓側の席に座る。
(アァ…ほんと素敵な人…。)
彼女は目の前の赤髪イケメンをじっと見つめる。長男や義妹と違って母親似な彼はタレ目なのだが、オールバックとぶっきら表情からキツイ性格であるかのように見える。しかし、彼が優しい性格の持ち主であることを知っている彼女は、その顔に臆することなく眺めることができた。
「なぁ…師匠ってのはどういうことだ?」
「うんぐっ! ケホッケホッ! 師匠ってのは…えぇっと…ゴホッ!」
「あ、ああ、すまん。返事は落ち着いてからでいい。」
「んん、コホン、あ~アレです、女の子としての憧れなんです。 ししょ…いえ、ネルカさんは凛としていてカッコよくて…その…可愛いだけが女の子じゃないんです。」
「そういうことか…まぁ、アイツのことは師匠呼びで構わん。」
「相談ってのはそれだけですか?」
「いや…その…義妹との接し方を教えて欲しい。」
ダーデキシュは口下手で言い回しが荒いことが時々あり、会話をしようとしても切り出しの時点で失敗することが多い。それが近い性格であるネルカとなればなおさらのこと。実際としてネルカ自身は少し彼に苦手意識を抱いており、家の中ではできる限り避けようとしていたほどである。
彼女たち友人関係の出会いなどまだ数日しかないのは、ダーデキシュも重々承知ではあった。それでもネルカは確実にマリアンネを可愛がっている。彼の目から見たネルカは『流れに身を任せるタイプ』であり、彼女自身から誰かを可愛がるようなところを想像できなかった。
エレナも一応友達だそうだがどちらかというと『勝手に話を広げてくれるから楽』という関係で、彼の推測としては流れで友達になったということで相談しなかった。
「ダーデキシュ様はどうしたいんですか?」
「どうしたい…か。」
「分からないってだけなら、無理に接する必要もないとアタシは思うんですよ。それでも一般市民であるアタシに相談して、そんな悲しそうな顔をするのなら良くしたいってことなんですよね?」
聖マリのストーリーではダーデキシュとネルカとは確かに関わるが、それはヒロインが好きな者同士という部分での関わりしかない。つまり彼ら彼女らの間に親戚という意識はそこまでなく、あくまでストーリー展開のためのものに過ぎず、じゃあ実際に仲良くなるにはと言われても正解はどこにもない。
だからこそ、今回のマリアンネの意見というのは聖マリ知識によるものではなく、彼女が生きて過ごして感じたことで話すしかない。
「俺は…。」
そんな彼女の真っ直ぐな視線にダーデキシュは真っ直ぐな視線で返す。
相談役が彼女のような者でよかったと、彼はそう思った。
「俺は義妹を甘やかしたいんだ。」
「甘やかしたい、ですか。」
「俺は末っ子だから…あー…義妹ができてうれしかったんだ。」
「その気持ちわかります。」
彼女は血が繋がっているかどうかなど気にせず、孤児院の皆を兄弟家族のように感じていた。年上には甘え、年下には甘やかす、それだけで彼女は幸せだった。だからこそダーデキシュの悩みは共感できるところがあった。
「でも、案外簡単なんですよ。」
「そうなのか?」
「えぇ、会話する必要なんてなくてですね…話しかけるだけでいいんです。『頑張ってるな』『学園は楽しいか?』とかだけでいいんです。理想を言えば頭を撫でてあげるとかもいいですね。」
「それだけで嬉しいのか?」
「それだけで嬉しいんです。」
どうやら彼は物事を難しく考えるところがあるらしく、上手く会話をしなければならないと思っていたらしい。顎に手を当てて自身の行動を顧みると、言葉を探すための沈黙から始まっていたような気もしなくもない。確かにこれでは相手に不快感を与えるのではないかと気づいた。
「なぁ、マリアンネ嬢。頭なでていいか?」
「ふへ? えぇ!」
「い、いや! 邪な気持ちはない! 予行練習だ!」
「あ、よこ、予行練習なんですね! それならど、どうぞ…。」
彼女は顔を真っ赤にさせながら頭をダーデキシュに向けるが、その仕草がどうも彼の庇護欲をくすぐる。ここに来て彼はネルカがマリアンネを可愛がっていた理由を悟る。妹の役をやってもらっているだけと自分に言い聞かせ、彼はギリギリにポーカーフェイスを貫く。
「じゃ、じゃあ失礼するぞ。」
「あっ…デへ、デへへ…これ良いですね。」
「んぐ! そ、そうか、アイツもこうして欲しいだろうか。」
「もっとです、まだ足りないですぅ。グヘへへへへ。」
そこがカフェの中であることなど二人は忘れていた。
そこが窓際の席であることなど二人は忘れていた。
周囲の視線など二人は気付いていなかった。
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