第8話:そうだ、義兄に会いに行こう

学園は王都の一角を丸々占めるほど大きい。

基本的には全ての科が同じ敷地内にあるのだが、それでも科によっては学習棟の間隔に違いがある。例えば同じ騎士科でも護衛や領地騎士を目的とするなら高位貴族の多くいる普通科に近く、実務騎士団や魔物討伐を目的とする人たちは広い土地が必要になるため他と離れる。


そして、ネルカの義兄ダーデキシュは魔法科でも研究を目的としたクラスにいる。

3年生にもなると研究実習がメインとなるので、研究棟に行く必要があるのだ。


研究棟はもしかしたら爆発したりする可能性があるため、校内の中でもかなり離れた位置にある。さすがに休憩時間やそこらで行き来できるわけがないので、ネルカとエレナとマリアンネの三人は教師の許可を取って休みをもらっている。


「師匠、緊張してきました。」


「研究棟なんてボク楽しみだよ!」


エレナとマリアンネの二人は性格の相性がいいのか、それとも商人同士の惹かれ合いなのか、仲良くなるのに分の単位も必要なかった。互いにおしゃべりであることもあって、ネルカは時々に相槌を打つだけで満足を得られる学園生活を送っている。口下手というわけではないが、彼女は基本的に聞き専である。


目的地のドアまでたどり着いた一行は、ノックして「ネルカです、義兄様。」とあいさつをする。すると「どうぞ」とダーデキシュとは違った声の返事がきたかと思うと、中からドアが開けられる。出て来たのは青髪タレ目の男であり、ネルカはどこかで見たことある人だと思った。


「あ、あの! ダーデキシュ様のご親友であられる…オ…オドラ・ダッカール様でございましょうか! 私はマリアンネと言い、も、申します!」


「あぁ! ダッカール様の…似てるねぇ。」


「既視感の正体はそれだったのね。」


マリアンネの興奮の叫びでネルカとエレナこの青年のことを理解する。彼はデイン王子の側近護衛であり同学年生であるトムス・ダッカール子爵子息の兄なのだ。彼女たちはトムスとの直接的な見識はなかったが、明るく騒がしい彼は非常に存在感がある。


「やぁやぁ。僕のことを知っているだなんてうれしいなぁ。それに君がダーデの妹だね! ちょうど休憩の時間でよかった。あいつは今は先生のとこ行ってるからさ、まぁ入って入って。僕のことはオドラで良いからさ。」


そこは見慣れぬ道具と床にひしめく書類で埋まっており、オドラは地面に落ちているものを適当に蹴って寄せると、空いたスペースに簡易テーブルと人数分の椅子を置く。


「いやでもビックリしたよぉ。市井向きの商品を作りたいなんてさ。」


今回はダーデキシュに会うことが目的ではあるが、それだけだと許可など貰えるわけがないと判断し、エレナを誘って商売のためであるという体裁を作った。一応としてマリアンネも作りたい物があったので都合が良かったそうだが、なんだか本職の人たちを騙すようでネルカは心が痛かった。


「でもちょうど僕らもそういうの作っててね…あの部屋の隅のデカいやつが試作機さ。」


「どのような魔道具を作っているんですか?」


「自動衣類洗浄魔道具さ。」


「『洗濯機』かぁ、アタシほしいなぁ。」


「なんだけど…う~ん、これが難しい。ただ泡立てて擦るだけなら簡単なんだけど、僕らはその先の機能を付与させたいんだよ。ただ、どうしても魔石回路が整理できなくねぇ。」


この世界には『魔石』と呼ばれる魔力の詰まった鉱石があり、生き物同様にそれらは魔力の種類を持っている。ただし、魔石から魔力を直接引き出すにはあまりにも出力が小さく、基本的な役割としては『変換装置』となっている。


しかし、これが近い系統であるのならば変換の際のロスは少なくなるのだが、そうでないと少しの現象を引き起こすのにも苦労がいる。つまり、ナハスが使っていた魔導具は、ナハス以外の人間には扱えないのだ。


それでは万人には扱えない。

そもそも皆が魔力を扱えるわけでもない。

そこで生み出されたのが【魔道具】――魔導具とは別のモノである


ここで大事になって来るのが『魔玉』。

これもまた魔力を有しているがどの系統にも属さず単品では扱うことができない。ただし、魔力の出力が非常に多いため、魔石と絡めることが可能となっている。要するに電池の役割である。


魔玉と魔石を繋げて、さらに他の繋ぎと繋げる――この【魔石回路】をどうするのかが作り手の腕の見せ所である。


「その先…ですか?」


「そうそう、衣類の種類や量によって動きを変えたり…洗った後に乾燥させたり…。ただねぇ、機能を増やせば増やすほどデカくなったり、複雑になったり…今はいかに小さくできるかを試している段階なんだ。」


そう言ってテーブルの上に設計図を広げるトムスは完全に研究者の顔をしており、彼の早口になってしまった呟きを真剣に聞いているのはマリアンネだけだった。ネルカは友達の恋愛を手伝いたいだけだし、エレナは作った後の物を売ることしか興味がない。気付けば二人は席を立ち適当に部屋を探検していた。


「ここがねぇ…もう少し整理できそうだけど、問題は――。」

「う~ん、アタシが思うに…回転動作の回路を反転させ――」

「なるほど、貴様、なかなか良い着眼点を――」

「ふむ、普通科じゃなくこっちに編入せんかのぉ。ワシが――」


だからこそ魔道具談の中に青年と老人が加わっていることに気が付きもしなかった。そして、そのまま何事もなく話をしていた四人だったか、ふと何を思ってかマリアンネが顔を上げると現状に気付いたようだった。


「ダダダダダダ、ダーデキシュ様ぁ!?」


驚いた彼女は椅子ごとひっくりかえってしまった。



 ― ― ― ― ― ―



「俺はダーデキシュ・コールマン。義妹が世話になっている。」


「この研究室の担当教諭のアディンじゃ。よろしくのぅ。」


改めての自己紹介をする一同だったが、マリアンネはフリーズしてしまっていた。しょうがないと思ったネルカは「御義兄様、こちらは友達のエレナとマリアンネよ」と代わりに紹介をする。するとマリアンネはハッと我に返り、勢いよく首を縦に振る。


「はい! 師匠から話をダーデキシュ様の話を聞いて、アタシが興味を持ったんです!」


「あ? 師匠? 友達じゃないのか?」


「はい! 師匠であり友達であり義妹です!」


「…? どういうことだ…トムス分かるか?」


「いやぁ、僕にもサッパリ…。」


そのやり取りにようやく事情を察したエレナはマリアンネに暖かい目を向け、既に知っているネルカは大丈夫だろうかと不安な気持ちになった。そんな二人の表情を見るダーデキシュだったが、さらに訳が分からないという疑問を強めた。


「ふむ…マリアンネのぅ…嬢ちゃんはもしや『ヤマモト連合』の聖女かの?」


「あぁ! 聞いたことある名だと思ったよ! 魔道具も作ってるんだよね!」


「あそこの魔道具は安い・小さい・作りやすいが揃ってて、感心したのを覚えている。」


「えへへ~、企画がアタシ、回路は幼馴染、枠は連合の皆さんで作ったんです。」


それらの魔道具を作ろうとしたのは入学金を確保するための行動をしていた頃である。本当は前世の機械を持ち込みたくなかったマリアンネだったが、背に腹は代えられないということで企画したのが始まり。準・裕福層を狙ったカフェにスムージーを出すためのミキサーが最初の発明だったが、基本は回転させるだけの動力なので魔石も魔玉も一個だけでいいということもあり、作るためのコストが少ないということで魔道具自体も商品化した。


彼女が聖女としての覚醒をしていたのであれば魔力も使えたため、回路も組めていたし魔法研究科にも入れていただろうが、残念ながらそうではなかったため企画するしかできない。


「しかし、ワシの生徒にならなかったことが惜しまれるのぉ。」


「ハハハ…なにぶん魔力がないですから…。」


「それならさ、共同研究すればいいじゃん。」


「そうだな、リンカのように参加すればいい。来年からになるけど。」


この研究室には二年生の女生徒――リンカナル・ウルシジス子爵令嬢が来ることがある。オドラの婚約者である彼女だが、きっかけは農業関連の魔道具を作りたいと言ってやって来た。彼女は一切として魔力を扱うことはできないが、農業知識と物理化学に精通しているため魔力とは関係ない部分で共同研究ができたのだ。現在は作りたい物も作ったので通常授業を受けてはいるけども。


「そんな特例が!? 良いんですか!?」


「良かったわねマリ。」


マリアンネは確かにストーリーを変えてしまったのかもしれないが、ネルカからしてみれば知っていて見捨てなかった彼女のことは誇らしい行動ばかりである。だからこそ義兄に会わすことをしたわけだったが、目の前の笑顔を見ていたらやはり来て良かったと改めて思うのであった。



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