第5話:エルスターのお気に入り

結局、ネルカはプロポーズを断った。


「ネルカ嬢…どうか良い返事を。」


にもかかわらずエルスターは放課後になるとネルカを誘いに来る。やめてくれと言えば派閥に入ればやめると言われ、入らないと言えば結婚しろと言い、結婚しないと言えば派閥に入れと言う。


三日目経った頃にはデイン王子に視線を送る作戦に出た彼女だったが、「エル、先に行っている。」とだけ言って、校内の王子専用部屋へと仲間を連れて去って行った。苦笑いしていたような気もしなくもない。


しかも、途中から誰の助言なのか、勧誘の際に花束や宝石類なども添えるようになった。

おかげで貢がせるだけ貢がせる女という噂が立ってしまってすらいる。


そんなある日――


「ネルカさん、少しお時間をいただいてもよろしいか?」


ネルカに話しかけて来たのは二年生、それもデイン王子の側近の中で唯一の女性であるマルシャ・ランルス公爵令嬢だった。ロングヘア―と美しい顔立ち、低めの声に凛とした佇まい、令嬢たちの社交界における憧れの的であり【麗嬢】などと呼ばれている。女性の中でも殿下に近づいて嫉妬されない数少ない人物だ。


校内のサロンへと移動して二人きりになると、マルシャはすぐに話を切り出す。


「キミはエルスターのことはどうするつもりだ!」


「どうすると言われましても…。」


普段の様子からうかがい知れない程にマルシャは怒りを表していた。怒っていても美しい顔立ちと公爵たる由縁の銀髪に対しネルカは女性ながらに見惚れたのだが、当の本人はその反応が気にくわなかったようでさらにイライラを募らせていた。


(もしかすると…ランルス様はマクラン様のことが好きなのかも…。)


散々な評価を受けているエルスターであるが、共に殿下に仕えるマルシャなら真実の彼を知っている可能性は高い。もしかすると彼は殿下のために嫌われ役を演じていて、本当は他人を気遣える優しい心の持ち主なのかもしれない。


「毎日毎日毎日毎日毎日…あいつから贈り物の相談を受ける身を考えてくれ!」


「えぇ…ごもっともです。」


「頓珍漢毒舌爬虫類バカタレ男の口から色恋の話題なんて…うぅ、鳥肌が。」


「え?」


「なんですか、その反応?」


「ランルス様は…その…お慕いしているのでは?」


「はぁ? 私が? エルスターを? イヤァ! この世が終わると言われても御免だぁぁ!」


どうやらネルカの考えは完全な間違いだったようで、彼のことを好きな人はもしかしたらこの世に一人もいないのかもしれない。関係のない人間からは恐怖の対象として見られ、仕える主君からは苦笑いで逃げられ、同じ側近仲間からはまるで害虫でも見るかのようにされている。

彼はネルカに対してはそこまで嫌な奴ではないので、さすがに少し可哀想だという気持ちが彼女の中に微塵だけ生まれないこともなさそうだった。


「あいつにとって人の評価は四種類…『使われてもいい』『使うことが当然』『興味ない』『ゴミクズ』。キミは新種の『お気に入り』、わかった?」


「し、新種…お気に入りって…。」


「あいつは殿下の命令は聞くけど、注意はあまり聞かない! 殿下のためだと思ったら何だってするようなバカだ! だから、キミが躾なさい! きっとキミの意見なら聞くはずだから!」


ネルカが気圧されていると気付くと「叫んでしまい、はしたなかったな。すまない。」と謝るマルシャ。彼女は咳ばらいをすると紅茶を淹れて落ち着こうとするが、何とも言えない空気が取り払われるわけではない。


その後、ネルカは紅茶を勧められたが味わえるわけがない。


「ハァ…私だけ学年が一つ上だが、一応は全員が幼馴染だ…あいつは嫌いだけど能力は信頼している。あんなんでも人を見る目はあるんだ。キミの出自や育ちがどうなのかは噂程度しか知らないけど、あいつが気に入ったのなら私は支持しよう。キミはきっとできる側なのだろう。それほどにあいつを信頼『だけ』はしている…分かってくれ。」


マルシャなりにエルスターを気遣っていることだけは、ネルカにも十分に伝わった。

それからは取り留めのない世間話だったが、彼女の覚悟は決まっていた。



 ― ― ― ― ― ―



「あなたの婚約者にはなれないし、殿下の派閥に入ることもできないわ。でも、あなたのパートナーにならなってもいいと思えるの。それで妥協してくれないかしら?」


ネルカ自身が自分ができることが何なのか分からなかったが、マルシャの仲間意識と彼の殿下への熱量、そして拾ってくれたコールマン家への恩義などが重なって手伝うことに決めた。それにこの出会いも神様から与えられた巡り合わせなのかもしれない。


(いや…そんな行儀の良い事ではないわ。単純に私は暇なのよ…。)


何となくで入学したなら、何となくで協力するのもありなのかもしれない。


「本当ですか!? ネルカ嬢!」


「ただし――」


喜びのあまりググイッと顔を寄せるエルスターに対し、人差し指を突き出して止める。

彼は嫌な表情をせず次に出る言葉は何か、どんな条件でも受けるとワクワクしていた。


「私はあくまであなたの手伝いをするだけ。あなたが殿下の側近だから結果的に私も殿下に協力するだけ。あくまで私のパートナーはあなた。いいかしら?」


「えぇ! えぇ! もちろんです。むしろ、その方が良いですね!」


ここは人目に付く中庭にも関わらず大きな声を出し小躍りするエルスター。こんなに喜ぶ彼はデイン殿下より直々に側近を言い渡されたデビュタント以来であるため、野次馬からしてみれば奇妙なものに映っているかもしれない。


さすがに恥ずかしいネルカの気持ちなど知ってか知らずか、彼は急に動きを止めると満面の笑顔で振り返る。


「私の事は『エルスター』と呼んでください。あっ、貴女なら親しみを込めて『エル』と呼ぶことも許可しましょうか?」


その言葉にネルカは隠すこともなく嫌な顔をした。



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