第一部:2章:物語のヒロイン
第6話:謎の視線
あれから一週間――あのエルスターが少しばかり丸くなった…気がしなくもない。
その情報は彼のことを知っている人たちを驚かせた。
彼は認めた人間以外は一定以上ふみこませないことで有名で、それが国王という立場相手でも変わらない。どんな相手でもどんな場面だろうが毒を吐きまくり、少しでも怪しいと判断した相手は徹底的に調査する。
これまで彼が認める人間は複数いたが、その中でも飛びぬけているのは2名だった。
反抗期で言いこそ荒くなるが、従うところは従っている――父親。
どんな汚れたことでも躊躇わず行動する――デイン第三王子。
そして、最近追加されたのがネルカ・コールマン。
コールマン伯爵の姪だったが、両親が亡くなり独り身になったため養子として迎え入れられた。しかし、狩人として暮らしていたのに一等教室に入り、あのエルスターが認めたどころか求婚までしたということはただの令嬢であるはずがない――それこそが貴族間で共有されている認識である。
根も葉もない噂というのはこういう時に出来上がるもの。
実は王家の隠し子でコールマン家は隠れ蓑、国の極秘実験によって育てられたエリート兵士、女に見えるが本当は男、彼女の母親がエルスターの生き別れの姉、隠れ巨乳………そしてこれらの噂のことをネルカは把握している。別に秘匿されているわけではないはずなのに、真の情報を知っているのは王家回りで働く貴族だけなのが現状だった。
「ハァ…そんなわけないのに。」
「ハハハ、ネルちゃんも大変だねぇ~。」
一時期は収まっていたはずの奇異の目が再発する中、当のネルカは友人であるエレナと昼飯を食べていた。二人は購買でパンを買った後、いつも中庭のベンチでゆっくりしている。悪い噂こそ聞かないが変な噂はよく聞くので、前以上に避けられるようになっておりこれ以上の友達は見込めない。
「ねぇエレナ…あの子知ってる? 第二教室のピンク髪。」
狩りの生活の中で培ったネルカの第六感、多くの視線の中で一つだけ別種のものが混じっている。その視線は明らかにネルカに対する敬意なので悪い気はしないが、そんな感情を向けられることもしてないはずなので違和感があったのだ。
ネルカはチラッとその方を見ると、やはり今日もその人物はこちらを見つめている。
第二のピンクってだけで有名なのか、エレナはその方向を見るまでもなく頷いた。
「マリアンネ嬢のことだね。ボクと同じ市民なんだけど……なんと孤児院出身なんだって。孤児院から入学ってだけなら極稀にいるらしいけど、第二まで来れたのは初らしいしスゴイよね。」
(つまり、第一教室に入った私とエレナに興味が…ってとこかしら?)
それからはたわいもない雑談をして過ごしただけだが、昼休憩の時間が終わるころにはマリアンネのことなど頭から離れていた。
― ― ― ― ― ―
(一度知ってしまったからこそ目で追っているのかしら…。)
――朝の寮内食堂、離れた席。
――日課の朝ランニング、木の陰。
――昼飯の休憩時間、校舎の窓。
――寮の共用風呂、のぼせている。
――あの曲がり角、目が合うと慌てて逃げる。
――寝る前にふと覗いた窓、木の上にいる。
ネルカの行くところに必ずマリアンネがいた。
(いや、これ…ストーカーってやつじゃないの?)
あまりにも手慣れているようだったので、それまで気にしなかっただけで本当は最初からストーカーされていたかもしれない。あまりに見る時間が長いせいか、目を閉じても残像として瞼の裏にあの髪色が残るほどである。さすがのネルカも怖いと思ったのか、行動せざるをえなくなってしまった。
どうして自分を追うのだろうか、まずは情報収集から。
頼りたくないがネルカが使える情報源はアイツが一番詳しいはず。
アイツ――エルスターの元へと彼女は向かった。
「ねぇ、マリアンネさんについて教えてくれるかしら?」
「ふむ、あのピンクに目を付けるなんて流石ですね。何も行動していないように見えていましたが、裏ではきちんと私のパートナーとしての動いていたのですか。やはりそんじょそこらの愚鈍共とはわけが違いますね。」
エルスターは何か勘違いしているようだったが、随分と機嫌がいいようなのでネルカは黙っておくことにした。すると彼は懐から手帳を取り出すととあるページを開いた。そこに書いてあるのはマリアンネについての情報だった。
「孤児院出身だが発想力が凄まじく、王都南部では彼女が考案した食べ物や商品が流行っているようですね。いろんな商会が彼女を守っていて『ヤマモト連合』などと呼ばれています。高位貴族にはまだ浸透していないですが、美容関連の商品は下位貴族で買われていますよ。」
彼女は儲けたお金でこの学園の入学資金を確保したのだが、聞き込み調査によると学園に『入らなければならない』かのような言動をしていたらしい。彼女だけが知りえる情報があり、それが事態が大きいことであるとエルスターは踏んでいた。
「私がここまでの調査をしているのは…彼女は未来が見えるんじゃないかと予想しているからです。」
「未来が…?」
「王都でとある病が流行ったとき、彼女が広めた衛生知識が市民を守った。雨が降らず不作が発生したとき、彼女が広めた野菜は育ち飢餓から守った。とある伯爵家の馬車が襲われたとき、彼女が呼んだ衛兵が一家を守った…一部の者からは『聖女』などと言われています。」
未来視の魔法を扱える者は案外いるが、消費する魔力の量が多かったり時間の指定ができなかったりなど、あってないようなものだとされている。しかし、マリアンネがここまで悲劇を回避しているとなると、彼女の未来視だけは価値は変わってくる。
そして、仮に彼女の未来視が予想通りの代物であったのなら、ストーカーされているネルカが次の悲劇対象である可能性が高い。なんだかエルスターの命令で動いているようで癪に障るネルカだったが、背に腹は代えられないと覚悟を決めた。
「女性のことは女性が一番…私に任せても? マクラン様?」
「助かります。私ではなぜか逃げられ…まぁ調査しにくかったので。」
エルスターはその言葉を待っていましたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべたが、ふと何を思ったのか顎に手を当てる。しばらくの沈黙があったのち口を開く。
「あぁ、それと…前にも言いましたが『エル』と呼んでくださいね。」
絶対に呼んでたまるかと心の中で悪態を吐いたネルカは、その場から逃げるように早足で立ち去った。エルスターが少し寂しそうなのに気づくことなどなかった。
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