第4話:無派閥の女
彼女が入ることになるのは普通科教室。
【普通科】――と言っても一般教養を教えるからの名で、普通じゃない人たちがいることもある。例えば今年で言えば王子殿下が属しているとか。
普通科は一等から五等まで分けられており、これは学力によって決まるとされている。
特に上位のクラスはかなり厳格となっているため、下位クラスは三十数人ほど所属している中、二等は二十人弱・一等は十人強しかいない。ただでさえ王子がいる年代の上下2年ほどは貴族間のベビーブームとなり、必然的に競争率も普段より高くなりがちだと言うのにである。
そんな一等や二等の者などは既に最低限の教育が済んでいるため、授業など出なくても構わないとされている。どちらかと言えば『社交と体裁のために出てるだけ』『研究系の科に行きたかった者のカモフラージュ』という側面が強いのが特徴である。
だからこそ上の等級教室となると高位貴族しかおらず、既にグループが出来上がっているのは当然のことなのだった。
(私…場違いじゃないの?)
窓際最後尾の席から遠くを眺めているのは派閥無しのネルカ。
養父からは入学さえしてくれたらいいとしか言われていないので、どこかの派閥に所属しなければならないというわけでもないのだが、それでも流石に独りぼっちで過ごすわけにもいかない。何よりネルカ自身も入学したからにはこっち側の友達が欲しいと思っていた。
しかし、教室全体がネルカに対して警戒しているようではある。
「ねぇ、君も派閥入ってないの?」
ふと声をした方を振り返ると、そこには貴族らしからぬ雰囲気の女の子が座っていた。
「ボクはエレナ・ディードルラ!」――三つ編みを弾ませて快活に自己紹介する。
すると、ネルカが返事をする間もなくエレナは自分語りを始めた。どうやら大きな商会の娘らしく販路を広げるために入学したものの、堅苦しくて宣伝のしにくい一等教室に入ることになってしまったようである。
「平民からいきなり伯爵家って大変じゃない? ボクと違ってどっか所属しないといけない立場じゃないの? あっ…馴れ馴れしかった?」
「えぇっと、あの、私の事を知っていて?」
「当たり前だよ! 魔物が多いことで有名な森で暮らしてて、学園に出たら一等クラスだなんて…有名にならないわけがないじゃん!」
その言葉にネルカは警戒の理由に合点がいく。
コールマン家はその立場上に仲良くしておきたいと思われることが多いはず。しかし、それがないのはネルカの情報があまりにも少なく、本当に近づいても大丈夫か推し量っているからなのだろう。本人からしてみれば(ただの一般人なのに…)という感想ではあるのだが。
「あなたは随分と…その、何と言うか…フレンドリーなのね?」
「目標は友達百人作ること! 本音を言えば販路作りだけど。」
「正直な人は嫌いじゃないわ。」
「だけど市民が第一教室なんてよく思われてなくて…叶わそうなんだけどね。」
だからこそネルカが狙い目だと小声で言うと、何か話を切り出して欲しそうにチラチラと上目遣いをする。どうやら広告塔となってほしいようであるが、残念ながらネルカ自身には色気・品性・評判の三つが足りない。
「構わないけど……貴族間の伝手なんてないし、販路と言われても困るわ。」
「大丈夫! ボクの狙い目は君のお兄さんたちだから。」
コールマン家は確かに伯爵の中でも発言権がある部類だが、それ以上に女性たちから人気がある方での知名度が高い。実際のところ彼女自身も「ネルカが男だったら求婚していたのに!」と昔の友達に言われたことがある。彼らが身に着けているとなると、それなりの効果はあるかもしれない。
「なるほどね、それなら協力できるわ。」
「良かった! でも…友達になりたいって気持ちもあるんだよ?」
「はいはい、私も友達ができてうれしいわ。よろしくねエレナ。」
「うん! ネルカ!」
二人は裏のない笑顔で握手を交わし、それから雑談に花を咲かせる。
これよりネルカは『結局は元庶民』という評価を受けることになる。
― ― ― ― ― ―
エレナのような明るい性格が近くにいるおかげか、午後にもなるとネルカに対する視線も緩くなってきた…と感じたのも束の間、朝の黒髪男エルスターが彼女の元までニコニコしながらやって来た。
「やぁ、ネルカ嬢…朝の続きで話をしませんか? ここでするのもアレなので…裏庭とかどうでしょう。」
彼女は助けを求めてエレナを見たが、行ってこいと言わんばかりに手をヒラヒラさせる。
仕方ないと諦めたネルカはエルスターの会話に応じるため立ち上がった。
そうして廊下を歩いていると、ネルカは多くの視線に気づいた。
彼女自身も割と注意対象である自覚はあったが、だとしてもここまでの視線を受けるとは思ってい。どうやら視線の正体は彼女に対してではなく、エルスターの方に対するものであるようだ。
最初こそ彼が人気者で嫉妬心が沸かれているのではと冷や汗をかいた彼女だったが、しばらくしてどちらかと言うと憐憫の類であることを察する。まるで『あのエルスターに絡まれるなんて』とでも言いたそうな空気を醸し出しているのだ。
彼の性格はもしかすると社交界では有名なのかもしれない。
二人はそのまま裏庭までたどり着いたが、校舎では好奇心を抑えきれない人たちが窓から見ていた。「サロンや個室もありますが未婚の男女ですので。目に見えた方が良いはずです。」とエルスターは前置きをして話を切り出す。
「単刀直入に言います…貴女もデイン殿下の派閥に入りませんか? 」
「は、派閥? それはあなたたちのグループに入れと?」
「えぇ、そうです。」
エレナの販路も考慮して別に彼女個人が入ることに問題はないが、向こうからしたらさすがにネルカの評価を人気者の周りに置いておくわけにもいかないだろう。彼女とはまだ数分の関わりだが、目の前の男はそんなことは分かっている側の人間であるはず。ならばこの勧誘にはそれ相応の理由があるのだろう。
「そ、そのマクラン様は私が不安じゃないの?」
「ほう? 不安とは?」
「私についての情報なんて聞いているはずよね?」
「そりゃあ聞いていますよ。 私は宰相の息子であり、殿下を守る立場なので当然です。」
やはり、知っているからこその勧誘なのだ。
そして彼は他に聞こえないように小声でさらに続ける。
『もちろん、貴女が【黒魔法】の使い手であることも…。』
もしも魔法が原因で嫌われることがあれば逃げなさい――とネルカは母から聞いている。
きっと両親が家を出たことに関係するのだろうが、それ以上のことは知らされていない。
嫌われるかもしれないが隠すほどでもない、ネルカは子供ながらに事情を察していた。
恐らくは目の前にいる男はネルカ以上に、母方の家について詳しいに違いない。
「それは分かったわ。でもねぇ…やっぱやめとくわ。」
「他にも懸念が?」
「その…なんというか…殿下は人気…その…やっかみを受けそうで。」
「ふむ…負け犬は陰で吠えることしかできませんからねぇ。殿下の素晴らしさが凡人にも伝わるのはいいことですが、彼女たちは砂糖に群がる蟻のように鬱陶しい。」
そう言ってエルスターが校舎の方をチラと見ると、野次馬している何人かの生徒が慌てて窓から離れていった。恐らく殿下を狙って日々しのぎを削る令嬢たちなのだろう。エルスターは嫌われていても王子の側近なのは確かであり、ネルカが近づくことを恐れているのかもしれない。
「では――私と婚約しましょう。」
王子を狙っていないと知らしめる一番の方法は、既婚者であること。
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