第一部:1章:学園生活のパートナー
第3話:最初の出会い
ネルカはそのまま森で暮らすという選択肢も許されていた。
しかし、彼女は前々から森からは出たいとは考えていたし、引っ越しが億劫というだけで後回しにしていただけなので問題はなかった。ただ、田舎者だからという理由で王都だけはやめておこうとは思っていた。
それでも学園入学のため王都に来たのは――すべきだと思ったから。
彼女自身としては神様がいるなどとは思ってはいないが、いた方が精神的に都合が良いので神様という言葉を使うことがある。そして、彼女は『努力は個人の決定権、偶然は神様の采配』という信条を持っている。
――あの日、貴族を助けたのも
――それが叔父の友人だったことも
――従兄が探しに来て、それを魔物から救出したのも
――そして、学園に入学することになったのも
これらの全ての偶然は神様からの贈り物だと判断した。
だからこそ彼女は王都に出ることを決意した。
「き、緊張してきたわね…。」
そんな決意は学園の校門までたどり着くと揺らぐこととなった。
予定より早く着いたネルカであったが、入学式ということもあって人がとにかく多い。彼女は近くの集落の子供たちとは遊ぶ仲だったし、稀に集落にくる行商人とも話をしていたり、買い物のため町に出ることもあったのでコミュニケーション能力が低いわけではない。だが所詮は田舎であり人が集まることがあってもたかが知れている。
眼に悪いきらびやかな衣装の人たち。
ツンと鼻を刺激する香水が混ざりあった臭い。
人に酔ってしまい少しばかり頭がクラクラした彼女は校舎内に入らず、脇逸れた場所に設置されたベンチへと向かった。近くで木の影ができているのはこのベンチだけであり、ドカッと座り込むと目じりを押さえる。
登録をすれば寮内管理を目的とした従者を連れてくることができるのだが、独り暮らし歴が長い彼女にとっては窮屈だと判断した。そのため門をくぐると彼女一人になるわけだが、こういう時に介抱してくれる人がほしかったと早々に後悔する。
「もう、ほんと…人が多いなぁ。」
「えぇ、その気持ちよく分ります。間抜け面ばかりで嫌になりますよ。」
彼女個人の独り言のはずだったのに、不意に返事が返ってきてギョッとしてしまう。思わず声のした右側を見ると、そこには黒髪を後ろで括った細眼の男が立っていた。ネルカはその男から『戦う者』の空気を感じたが、純粋な強さはそこまでだが手段を選ばない――そういうことができる部類であることを察した。
彼はそのまま当然とでも言うように彼女の横に座り込む。
「あの…いえ、私はそこまで言ってないんですが…。」
「謙遜など結構ですよ。父譲りの私の心眼からすれば、あなたは恐らくこっち側の人間ですので。えぇ、そうですとも、認めた人間以外は虫同然でしょう?」
「は、はぁ?」
何とも言えない表情をするネルカだったが、目の前の男はその反応に不服なようで眉を顰める。まるで『自分と同類なはずなのに捻くれていないのが不思議』と言わんばかりの表情である。
「おや? あなたは…。」
男は何かに気付いたのか細い眼を少しだけ見開くと、ジロジロとネルカを観察していた。服装からして同学年、その容姿から推測される家名、そして自身の記憶から彼女に該当する人物を探しだす。そして、相手が誰なのか合点がいくと、ポンッと手を叩いて表情を和らげる。
「もしやコールマン家の姪――いや、今は義娘でしたかな?」
「あの…私のことをご存知なのかしら?」
「これは失敬、申し遅れました。私はエルスター・マクラン、以後お見知りおきを。」
「マクラン…なるほどね。」
マクランという名にネルカは聞き覚えがあった、確か養父であるアデルの上司であり宰相の立場だったはず。なるほど父親から話を聞いていたのだろうか。最初はそのことを知らずにネルカに近づいたようだったので、失礼な態度については試したというより彼の性格だろうけども。
「親同士が部下上司の関係ですが、ここの学園は主役は私たち。堅苦しいことは無しでお願いしたいものです。よろしいですか…ネルカ嬢?」
「分かったわ、マクラン様。」
返事に対し満足そうにうなずくと、彼は誰かを探すように周囲を見渡す。
そして、遠くにある人混みを確認すると明らかに嫌な顔をした。
「休憩する間もないのか…もう少し話をしたかったのですが…まぁ、同じ教室ですし話す機会はまだあるでしょう。これにて失礼します。」
休憩し始めたばかりだと言うのに、立ち上がった彼は遠くの人混みまで歩き出す。
その歩みは明らかに重く、見ただけで分かる憂鬱さ加減だった。
ネルカはその人混みをよく見るがどうやら女性ばかりで、その中心には銀髪の男が一人立っているようだった。この国で銀髪なのは王族だけのはずなので、なるほどあれがデイン殿下なのだろう。ネルカはそこまで人の美形についてこだわる性格ではないが、そんな彼女ですら美しいと思ってしまったほどだった。彼が着ているのは学園支給の制服ではあるが、彼ほどの者であれば他と違って見えてしまうのが不思議である。
「ふぅん…マクラン様も苦労人みたいね。」
チラッと横目で見るとそこには女性の群れを解散させているエルスターの姿があった。話す機会はあると言っていたが、彼自身はめんどくさそうだし殿下周りはやっかみを受けそうなので、とりあえず関わりたくないとネルカは思った。
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