第2話:彼女はネルカ

ナハスが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。

天井には見覚えがあり、ここがコールマン騎士団の遠征用簡易テントの中であることを悟った。そして、近くに座っていたダスラは主の目覚めに気付き、彼が起き上がるのを助けるように近づく。


「ダスラ…ここは…どこだ…。」


「ぼっちゃん、近くの集落です。広場をお借りして臨時拠点にしていますぜ。とりあえず皆は晩飯食ってるとこです。」


「そうか…村長がいるなら呼んでくれ。」


「あいよ。あっ、そこに汁物があるんで、食えたら食っといてください。」


ダスラがテントから出たのを確認すると、ナハスは痛む体を無理して近くの椀に手を伸ばす。鶏出汁と塩をベースとしておりサッパリしているが、今の彼にとってはこれぐらいがちょうどいい。口内の傷に染みるのを我慢して食べ終えるころには、ダスラが腰の折れた老人を連れて来ていた。


「私が村長のアモラです。貴族様、御体の方はどうですかな?」


「まだ痛むが…生きている。代表者として感謝を。ありがとう。」


「あの竜と遭遇してしまうとは災難でしたな。アレはここらの狩人たちが手をこまねいている怪物でしてね…。最近では器用な異種を従えて我々の目印像に模したものを作らせているとか、随分と狡猾な奴ですよ。」


「なるほど…誘い込まれていたのか…。」


「それにしてもネルカが狩りに出ている時間で良かったですな。あの娘はこの森でも屈指の狩人。あの娘だからこそ生き延びれた…と言えましょう。」


「女性だったのか…えぇっと、彼女は何者だ?」


「所属はこの集落ではありますが…その…少し離れたところで暮らしております。あの娘の両親は二十数年前ほどにここに来たのですが、素性は誰も知らないのでございます。」


今は騎士団と共に火を囲いながら晩飯を食べているそうで、ナハスは話をするためにダスラの肩を借りながらテントを出る。そこでは騎士団の若い奴らが踊りをしているのが真っ先に目に入るが、これは酔いによるはしゃぎというわけではなく弔いのための踊りである。


そして、目当てのネルカはというと他の団員に囲まれており、主を助けたということで感謝を言われていた。彼女は何てこと無いように相槌を打っており、話半分に木箱に座りながら串肉をチマチマと食べていた。


それにしても、座っているとは言え人と並んでいると、彼女の身長が高い部類であることがよく分かる。小さく見積もっても180後半はあるだろうか。

狩りのためなのか女の子には珍しく短髪であるが、ウェーブ癖毛の赤髪はナハスがよく知るものに近かった。この髪色髪質はコールマン家ぐらいしかいないため目立つのだ。


(あぁ、この子が例の親戚で間違いないんだろうな。)


顔の方も父や長男――というより祖父に似ており、端正と言えるような顔形状と若干の釣り目を持っている。そういうこともあって騎士たちは彼女のことを男だと勘違いして話しかけており、「うちの当主様に似てますなぁ」と言っている者すらいる。


ナハスが近づいているのに気づいた団員たちは主の姿に安堵するも、すぐに空気を読んでその場から離れる。彼はダスラを後ろに控えさせると、近くの木箱に座り込み話しかける。


「助けてくれて…礼を言う。」


「感謝されるようなことはしてないわ。結局どうにもできず、私だって逃げ帰ったわけだもの。あなたの部下は…ごめんなさい、間に合わなかったわ。」


「いや、それでも僕は生きている。ありがとう。」


彼女から話すことなんてないし、ナハスも何から話すべきなのか決めかねていた。しばらく沈黙が続いたのち、その空気に居たたまれなくなった彼は本題を切り出すことにした。


「なぁ、コールマンという名を知っているか?」


「父から実家…伯爵家とだけ…それ以上は知らないわ。」


「やはりな…僕はナハス・コールマン。一応、キミとは従兄妹の関係だ。」


「は、はぁ…えっと…そうなのね。」


彼女は実感が湧かないのか、それとも興味がないのか空返事をするだけ。生まれた時点でこの森にいたというのであれば、急に貴族の血が流れていると言われても確かに困るものだろう。


「君の両親…えぇっと…僕にとっての叔父と義叔母は?」


「父と母は…その…遠いところに行ってしまって…。」


淡々と告げる彼女にナハスは「すまん…。」とだけ言うと、また沈黙の時間が流れてしまった。彼は父や兄から『会ってからはお前の勘に任せる。』としか言われておらず、このあとの行動決定権を預かっている。


(勘に任せろっつったってなぁ…。)


このまま森で暮らして森で終わるのが幸せなのか。

それとも、貴族として迎え入れることが幸せなのか。


「…なぁ…コールマン家に来ないか?」


気付いたら彼女を誘っていた。



 ― ― ― ― ― ―



――あれから数日が経った頃。

王城の廊下を歩く一人の男性がいた。


名前はアデル・コールマン。


コールマン家の現当主だが妻が亡くなってからは、家のことは長男夫婦に完全に任せており、自身は宰相補佐としての仕事に専念している。手続きをしていないだけで実質的には当主という立場ではない。


彼は宰相執務室の前まで行くと、吊り上がった目元を押さえ深呼吸をする。

怪我をした次男と見つかった姪のことで仕事から離れており、休暇をもらっていたのだが、上司にどう報告しようかと悩んでいた。一応として書類こそは提出しているが、大事な部分は国王陛下以外には知らせないようにしている。


「あれ、アデルかい?」


ドアの前で立ち止まっていると、背後から彼を呼ぶ声がする。その声の主を彼は知っており、上司であり宰相であるドロエス・マクラン侯爵だった。アデルより10歳若い年齢ではあるが、その有能さは本物であり多くの者から支持を受けている。何よりも人を見る目に優れており、少し拝見しただけで相手の有能加減を把握できるなんて噂もあるほどである。


「息子の怪我は? 姪はどうです? 職場復帰しても良いのですかな?」


「お気遣いありがとうございます。どちらも大丈夫と判断しました。」


「そうですか…ふむ、貴方が戻ってくれたのなら嬉しい…特にモリヤ―が。」


ドロエスは執務室のドアを開けると、とある机に書類が山積みされていた。その席はアデルの腐れ親友にして共に宰相を支える同僚、モリヤ―・ハパス男爵が使っている席だった。どうやらアデルの仕事は全て彼に回っていたようで、年度終期ということも相まって激務だったらしい。モリヤ―は机に突っ伏して爆睡していた。


「まぁ、モリヤ―のことは置いといて…陛下から手紙を預かっているよ。」


「陛下が? それはいったい…。」


応接用のソファに向かい合うように座ると、ドロエスは懐からその手紙を取り出す。恐る恐る中身を確認するアデルだったが、内容は非常に簡潔であり驚愕するものであった。


【その姪を義娘として迎え、アルマ学園に一年生から普通科に入学させよ。

本人の要望により『否』としてもよいが、アデル伯爵の意見は通さない。】


ネルカは16歳らしいので二年生からになるはずだが、恐らく誤魔化しの準備はできているのだろう。そういう事例は過去何度もあったと聞いたことがあるし、王家の権限を使うのであればそもそも気付かれないだろう。


「今年は…第三王子のデイン殿下も入学されるのでしょう?」


「うむ、デイン殿下の周りを少しでも固めておきたいそうですね。」


「しかし、すでに殿下の側近である宰相の息子も今年入学。 魔法研究科とは言え三年生には僕の末子もいます。よりによって…見つかったばかりの我が姪を使うなど…。」


「だが、【黒魔法】の使い手なんだよね?」


「ドロエス様にも伝わっていたのですか!?」


「あぁ、どうやら陛下は隠す気がないらしいのですよ。」


当国からは遠いジャナタ王国、ある一族だけが使える魔法。

彼女の父でありアデルの弟でもあるゲンリッド、そんな彼に一目惚れして駆け落ちした母・エイリーン――彼女はこちらへの害は無いとは思うが、それでも完全に信用できるほどではないはず。


またネルカはそんな一族出身の母親から教育を受けているらしく、戦う方面だけに限らず勉学方面においても優れていることは確認が済んでいる。学園に行かすこと自体には問題はないのだが、なおさらに悩むことではある。


はたして、王は何か情報を得ているのか。


「手紙には僕の意見は通さないらしいし…本人に確認は取りますが。」


「頼みましたよ。私の方も息子に言っておきますから。」


果たしてこれが凶と出るか吉と出るか。

義娘の件と大量に溜まった仕事、先の苦労にアデルはため息を吐いた。



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