その令嬢、危険にて

白原 黒翼

第一部:その少女が死神と呼ばれるまで

第一部:0章:プロローグ

第1話:コールマン家次男の絶望的遭遇

事の発端はただの偶然に過ぎない。

とある貴族が旅行中にトラブルにあった際、助けてくれた女の子がいた。その子の面影が友人に似ており、そのことをその友人――コールマン伯爵に話したところすぐに調査が始まった。


その調査の結果――家出した弟の娘――姪である可能性が浮上したのだ。


「いつも…こういう役回りは僕だよな。」


コールマン家の血縁探しを率いるは、次男であるナハス。

文官適正だらけのコールマン家の中でも珍しく闘いに優れており、騎士隊の管理を任されているのは彼である。そんなナハスはとにかく『悪運』『勘』『柔軟な発想』が強く、遠征や人探しになると特にその才を発揮する。


件の娘はなんと森の中で暮らしているようだ。

彼女が街に出るのは一ヶ月に2回あるかないかという頻度らしく、直接出向くのが確実と言えるだろう。しかし、ここら辺は【魔物】と呼ばれる特殊な生き物も多くて危険、『魔の森』なんて呼ばれているほど――本当にこんな場所に住んでいるのか怪しい所であった。


商人が通れるようにと最低限だが整備された道、そこをコールマン騎士隊は馬に乗り進んでいた。しかし、一向に変わることのない景色にうんざりしたのか、騎士団の中でもベテランのダスラがナハスにぼやく。


「しかしまぁ、どれだけ進んでも森・森・森…坊ちゃんほんとうに道は合ってるんですかい?」


「あぁ、この目印を辿ればいいとは聞いている。それに気休め程度だが道の整備もされている。仮に件の娘の家じゃなくとも、どこかの集落には繋がるのは確かだ。最悪の場合は集落づてに探そう。」


この森は木々がうっそうと茂っており、空を見て場所を確認するということが困難である。森の住民たちなら問題はないようだが、旅人が迷うことも時々あるという。そのためいくつか点在する集落に辿り着けれるようにと、石像による道標が設置されているのだ。


「だが、これは…入り口で見たやつとは違うな…いつの間にか別の道に入ったか?」


何か違和感を感じた彼は馬から下り改めて石像を見る。最初に案内役から説明を受けた際は何となく人型を模していると分かるものだったが、現在目印としているのはもっと粗雑で別物だと気付いた。


「ぼ、ぼぼぼ、坊ちゃん!」


ダスラの慌てる声に何事かと振り向いたナハスだったが、そのダスラの肩部分に何やら粘性のモノがくっついているのを見る。そして、その粘性のモノは次第に上からボタボタと落ちて来て――


上を見上げるとそこには――蛇がいた。


「なっ! 蛇竜種か?」


この国には基本的に竜と呼ばれる存在はおらず、近くても隣国の火山地帯に棲む蜥竜種ぐらいしかいない。しかし、ナハスは趣味の魔物調査でこの型の蛇竜種を知っている、はるか遠くの国から取り寄せた魔物図鑑に記載されていた『ガマーシュ』と呼ばれる生き物だ。

蛇竜種は基本的に洞窟を好むことが多い中、このガマーシュは木の上を好む。


しかし、これはあまりに大きい――熊型魔物でも丸呑みできそうなサイズだ。


「こいつは無理だ! 一度退避するぞ!」


ナハスは隊に命令を送る、だが彼自身は馬に乗ろうとしない。

ダスラはその姿にしんがりを務める意思を察し、そうなったときの代理指揮官は自分であると先頭を切って退路へと駆ける。しかし、ガマーシュはそれを見送るような優しさを持ち合わせていなかった。


『シャ~~~!』


ナハスはその怪物の持つ魔力が高まるのを感じた。

【魔力】――それは生きとし生けるすべての生物が所有しているエネルギーとされているが、その運用の詳しいプロセスは未だ解明されていない。ただ古代の書を読み解いた結果、使い方だけを知ったというのが現状である。


魔力の強みは何にでもなることができることにあり、人々はこの技術を『魔法』と呼んでいる。個人差によって変形しやすい系統にバラつきはあるが、しやすいというだけでできないというわけではない。例えばコールマン家であるのならば代々『火の系統』の魔法が得意であったりする。


そして、目の前のガマーシュの頭上には大きな水の塊が発生している。

基本的に魔法を使うには設計図の役割である『詠唱』『術陣』『魔導具』などを必要とする。才能や年季があったとしても、簡略化がせいぜいである。しかし、魔物が『魔の物』と名を持っているだけあって、それらの存在は生まれながらにして魔法を使用することができる。


『シィッ!』


水の塊を中心とするように網が全方位に広がっていく。できあがるのは水の檻、そこはガマーシュの狩場。騎士隊の大半はその範囲外まで逃げきれたようだが、残ってしまった者たちがいる。


そして、ガ―マシュの狙いは強いやつらナハスよりも先に弱いやつら逃げ遅れ


「しまった! お前ら避けろぉ!」


いまだ残る水の塊から数本の水の矢が解き放たれ、それは取り残された者たちに突き刺さった。急所を狙った確実な一撃、一瞬の絶命、魔物と言えどもこの魔力操作ともなれば確実に上位の枠である。


檻に残るはナハスただ一人――彼は左手中指の指輪に触れる。


「部下を! 許さねぇ! 【ラヴァヴィラル】!」


ここら付近の狩人の中にも魔法を使う者はおり、ガマーシュはそんな猛者もこれまで相手してきていた。だからこそガマーシュは知っている、魔法を使うには準備のための時間が必要であること。加えて地の利と魔力量は明らかにガマーシュに分がある。


だからこそ、金持ち貴族の特権である【魔導具】の存在を知らない。

準備いらずに生まれる火の弓、射出される緋色の矢、油断を潰す一撃。


『キシィッ!』


ガマーシュも伊達に水の塊を頭上に浮かべさせているわけではない、とっさの判断で水の盾を出現させる。しかし、矢は止まることを知らぬかのように盾を蒸発させ、ついにはガマーシュへと突き刺さる。盾により反れてしまったため致命傷こそ負わすことはできなかったが、地に落とすことには成功する。


「まだだ! 二本目!」


苦痛によるためかガマーシュからの反撃も精度がままならない、木々の間を駆けながらナハスは第二の矢を構える。相手が落ち着く前に決着を付けなければならない。


「はぁぁぁ!」


頭に直撃――しかし、それはガマーシュを模した水の像だった。

矢は像を貫通しそのまま水の檻すらもこじ開けるが、あまりに蒸発させた水の量のためか一帯に霧が発生したためナハスはそれを視認できない。彼は火弓では突破できないと悟ると、とっさに魔力のメイン用途を身体強化と魔力膜に変更して剣を抜刀する。


「あれほどの存在、気配すらない…どこだ!」


次の瞬間、ナハスは急激な浮遊感を味わった。地中から現れたガマーシュにかち上げられたことに気付いたのは、彼がガマーシュの尻尾により地面に叩きつけられたときだった。


「かはっ!」


魔力膜を纏っていたからこそ生き延びることができた一撃、しかしながら行動不能まで追い込まれた一撃。肺の空気が強制的に吐き出され、体のいたるところが悲鳴を上げる。


『キシュ~』


ガマーシュが捕食せんと顔を近づける中、辛うじて残る彼の意識はガマーシュに向けられていなかった。晴れる霧、揺らぐ視界――ガマーシュの背後から現れたのは漆黒の戦士。


黒いローブ――黒いマスク――黒い手袋――黒い大鎌。


炎の矢によって開けられた水檻から、満月を背景に飛ぶその存在。

はためくローブは翼のようであり、その姿はまさしく鴉であった。


ふいにナハスは子供の頃によく母親から言われていたことを思い出した。

それは子供を躾けるために使われる、一種のハッタリのような怖い話。

悪い子のところにやってきては、魂を刈り取ると言われる恐怖の存在。


「し…死神鴉…。」


そう呟いて、ナハスの意識は真っ黒になった。



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