第10話:人工肥料をみんなに配ろう!🌲🌳🌴🌵
「ユーリアちゃん。こっちはチェックしたよ~。乾パン16樽とチーズ2樽。それとビン詰ピクルス4ケース」
アリアちゃんの疲れた声。
ここずっと、昼間は食料の備蓄品チェック。
夜は小さい子の勉強を見て、深夜に自分の勉強。
育ち盛りの子供の生活じゃないよね。
でもやるっきゃない。
やらないとみんなが飢えて激烈な戦争、内乱革命が広がっていく。
「ユーリアちゃん。つぎはあっちの倉庫……」
倉庫に向かおうとしたアリアちゃんが倒れた!
急いで助け起こそうとしたけど、あおむけに倒れたアリアちゃんは……
「見て。空の色が怖い。灰色から紫に変わっている。ユーリアちゃん。神様、何に怒っているんだろ? なにか悪いことしたかな、私達」
……兄弟げんかとは決して言えない。
今度出たらガツンと言ってやる、ぼいんぼいん女神!
と、いいつつ頭を両手で完全ガード。
世界最高水準の防空システム、アイアンドーム並みの防御をしたけど、女神の奴の攻撃無し。
何かあったのかな?
とにかく今度はたい肥の増産だよ。
牛のうんちを麦藁とコネて山にしておく。使えるまで2年、いや3年かかる。
だめだ。
間に合わない。
来年にでもローゼンフルト帝国のジャガイモ畑に肥料を入れないと、多分あの国は飢える。
そして侵略戦争に打って出るだろう。
「シスター! シスターユーリアはおられますか!? 早便です!」
郵便馬車のおにーさんが転げるように、私のいる大公国の食料保管区域に入ってきた。
「フッガール商会からの至急便です」
手紙の束の裏を見ると封緘が大急ぎでされたようで、少しずれている。
でもそんなの関係ない。
多分、中身はあれだ。
『フレンクフルトの技術陣の、いや、人類の勝利だ! ハーバルとブッシュ君が空中窒素固定装置を開発した』
!!
人工肥料だ!
1960年。緑の革命。
万年飢餓のアフリカを救った救世主。
問題は多少あったけど、それは後始末すればいいだけ。
とにかくハーバーボッシュ法で人工肥料の大量生産をすれば、多くの人が救える。
それが行き渡るまで私がリスクをとって、紙幣を増刷。
市場の不信任で紙くずになるまで刷ってやる!
後は野となれ山となれ。
全ては自分の悪事として自ら濡れ衣かぶり、隠した小銭を持って世界の果てに逃げよう。
教え子はある程度読み書き計算は出来るようになった。
あとは自分で生きていくんだよ。
先生、遠くから幸せを願っているからね。
すぐにでも逃げ出せるように、部屋で荷物をまとめておこうと早速倉庫広場を離れようと後ずさった時、また一人早馬が。
「シスターユーリア殿! フラマンのパリエで民衆が蜂起! 皆、口々に「パンをよこせ」と叫び行進を始めたそうです!」
は?
早すぎじゃない?
この世界の人達、こらえ性がないなぁ。
それだけパンが手に入りにくくなっている?
いや。
他の商人たちも買占めに走っているんだ。
有力な三大商会が片張りしているんだから、何かあると踏んでいるんでしょね。
とにかく止めなくちゃ。
といっても、七歳の幼児に何ができるわけでもなく。
「おい。いくぞ。馬に乗れ」
私の襟首をつかむこの強引さは、お約束の美クール様。
ダッコされて騎乗の人になりました。
「半分以上、お前の責任だろう。自分でしっかりと抑え込んでみるんだな。悪魔みたいな女神の使徒」
美クールさん。
さっき見えない手で頭を叩かれたでしょ?
痛そうなお顔。
相当、パワー込めたお仕置きだべアタックだったんだろうね。
さてこれから私、シスターユーリアは、
『神の見えざる手』で混乱した経済と、パリエの革命前夜を納めに参ります。
アダムスミスは女神からの
行きはよいよい、帰りは恐い?
いや、行きが怖いです。
抱っこされて鞍の乗せられている私。
美クールの息も頭に当たって怖いです。
とにかくパリエへGO!
進め、わらしべ幼女。
すべてを捨てて未来をつかめ!
……でもダメだったら逃げていいですか?
◇ ◇ ◇ ◇
「おい。押すなよ! 俺が先だ。横入りするんじゃねぇ!」
「なんだと? うちはもう3日、何も食っていないんだ。他人のことなんざ知った事かよ」
革命ボルテージ、爆上がりのパリエ市民の前で、白紙にスウシール様の似顔絵が書かれているハンコをついて、その隣に私のサイン。
加えて
【人工肥料100キログラム受け取り権利書】
と、書き加えています。
暴動が激化する前にたどり着いた、美クールと私。それから従者の3人で近くのノッテルダム教会の敷地を借りて、この整理券を配り始めました。
最初は
「肥料なんか食えるかよ」
「何だよこれは。半年後に貰える権利だと?」
「こっちは今、パンが欲しいんだよ!」
と、怒鳴っていた民衆に、私の代わりに迫力満点の声で美クール公子様が宣伝してくれた。
「この権利書、パリエでは安い。銀10キログラムの兌換券だ。今小麦を買えばすぐになくなる。
だがこれを農村へ持って行けばどうだ?
農家ではこれは天からの贈り物と感じて、高額で買ってくれるだろう。そうだな、今ならば相当な量の小麦と交換してくれるだろう」
それを聞いた民衆は、我先に私が腰かけているテーブルと椅子の前に並んだ。
太平洋戦争直後の食糧難ニッポンで起きた『買い出し列車』。
地方の農家に金目のものを持って行って食料と交換する。
これを人為的に起こそうと考えたんだ。
それと同時に肥料の普及も同時にできるだろうから。
我ながら冴えてるね!
そう思っていたら美クールに
「今、密かに鼻高になっただろう。おまえは考えている事がよく顔に現れる。人間は鼻高になったらすぐにへし折られるぞ」
と、お説教をされました。
私って、そんなに考えが顔に出る?
それでは交渉事ができないではないか。
気を付けようと思ふ。
その美クール。
左腕を痛そうにかばっている。
大公国からパリエまでの馬車でなら1週間かかる道のりを、わずか1日で駆け抜けた。
漆黒は赤いのより速いのか?
3倍どころではないスピードだね。
馬はつぶれ、私の内臓も口から飛び出して、道端に置いてきたよ。
それでも私が落馬しなかったのは、クール貴公子が左腕でしっかりと支えてくれていたからだ。
ずっと力を入れていると、どんなに体鍛えていても限界来るよね。
かなり痛いだろうに、公子殿はいつものクール顔。
頭が下がります。
少しは見直したよ。
私が左腕を見つめていると「さっさと仕事しろ!」と怒られました。
訂正。
やっぱり冷酷野郎だ。
さて。
これから何人のパリエ市民の荒れた心を鎮められるか。
大革命を鎮めるための光玉や蟲笛が欲しいユーリアでした。
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