第11話:凄い能力




 鋭い爪が私の腕に食い込……みませんでした。

 カリナン様が私を庇うように抱え込んだのも有りますが、その前にいつも以上に豹らしく変形した元婚約者クズが、空中で止まっています。

「あ、が、が…が……」

 おそらく抵抗しているのでしょう。

 クズが呻き声らしきものを出しています。

 襲いかかった格好のまま、1ミリも動いていませんが。


「やはり肉食系獣人は、国から追い出した方が良いか?」

 背筋が凍るような声が響きました。

 魂まで凍りそうな、あまりの冷酷さに体から力が抜けてしまいます。

 いえ、逆かもしれません。

 力が入り過ぎ、ガタガタと震えてしまいます。



「魔人の。ちょっと抑えてくれる?」

 カリナン様の声が上から聞こえました。

 そうでした。

 私はカリナン様に抱きしめられているのでした。

 それすらも意識出来ない程に、体が強ばり心が恐怖に縛られているのです。


「アレク様、ほらカリナン様の腕の中に人間が」

 鈴を転がしたような声が聞こえました。

 それにより、体を襲う絶対零度な空気がやわらぎました。

 カリナン様の腕の中でそっと顔を動かし、声のした方向を見ます。


 そこには闇と宝石が居ました。


 ここに居る誰よりも更に美しい、漆黒を纏った男性と、高貴なサファイアを思わせる女性が居たのです。

 でも、どれほど美しくても、私はカリナン様の方が良いと思ってしまいました。

 この方は怖すぎます。

 本能が「違う」と言っているのです。



「何?なんなの!何で止まってるのよ!」

 空中で止まったままの、顔は完全な豹で全身が毛むくじゃらな豹柄になった男……私の元婚約者を見て、ルーフレア?さんが叫びました。

 あぁ、頑張っていた胸のボタンが弾け飛びました。


 これが学園内ならば、男子生徒から「ヒュー!」と喜びやからかいの声が上がるのでしょうが、今は嫌悪を含んだ冷たい視線がチラリと向けられただけでした。

 同じ女性として、この視線をこの面子メンツから向けられるのは辛いだろうと、少しだけ同情してしまいました。




「まさか『番の婚約』を解約しておいて、事実婚とかいう馬鹿な事を言い出す獣人がいるとはな」

 魔人と呼ばれた美しい闇が、姿に相応しい声で空気を震わします。

 何でしょう。

 この人の事を話すのに、普通の形容詞が頭に浮かんできません。

 これも魔人という種族の力なのでしょうか?


「ペレーザは、ああいうのが好み?」

 上から声が聞こえてきました。

 あ、私、まだカリナン様の腕の中でした!

 そっと両腕に力を込めて体を離そうとしましたが、予想以上に強い力で抱き込められていて、ビクともしませんでした。

 カリナン様の言う「ああいうの」が誰の事なのか確認する為に、カリナン様の視線の先を確認します。


 いやいやいや。

「好み以前に、同じ空間に居るのが辛いです」

 カリナン様の視線の先は、先程現れた「魔人の」と呼ばれた天上の闇を集めたひとでした。

 今はカリナン様の腕の中なので無事ですが、私単独だったら間違い無く気を失っていたと思います。


 あら?だとすると、あそこで単身なのに平気で立っていて、その上にボタンを弾き飛ばす程元気に叫んでいるルーフレアさんって凄い人なのでは?

 同じ人間なのだと思っていたけれど、どこかで獣人の血が入っているのかもしれませんね。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る