第1話:婚約破棄




「お前との婚約を破棄する!」


 卒業式の後の懇親会で、友人達と楽しく談笑しながらお料理を美味しく頂いていた時です。

 いきなり婚約者である豹の獣人に叫ばれました。

 私はチラリと男へと視線を向け、すぐに友人達の方へと向き直りました。


「やっぱり懇親会のお料理だと、普段よりも気合い入ってますよね!」

 私はフォークに刺さっていたお肉を食べてから、周りに居る友人達に笑顔で声を掛けます。

「そうなのよ!このハンバーグも、通常のランチよりも良いお肉使ってるわよ!」

 親友が何事も無かったように、食事と会話を再開しました。

 残りの友人達も、手元の料理を口に運びます。



「……ふ、ふざけんな!俺様を無視すんじゃねぇ!」

 どこの破落戸ゴロツキでしょうか?

 自分を「俺様」とか言うのは、物語の中のやられ役だけだと思っていたわ。


「アナタ!そんな態度だから婚約破棄されるのよ!」

 馬鹿な婚約者の隣に居る、懇親会には相応しく無い露出過多なドレスを着た阿婆擦れアバズレが馴れ馴れしく話し掛けてきましたけど、友人でも何でも無いから無視しましょうか。


「優しい親友に対してそんな態度を取るなんて、本当に悪役令嬢みたいな女だな」

 豹の獣人がブチ柄の短い髪をグシャグシャと掻き回しながら、文句を言っています。

 優しい親友とは、誰の事でしょうね。

 私の親しい友人達は、今は全員テーブルで席に着いて、一緒に食事をしています。

 その中で優しい親友は、目の前でハンバーグをモグモグしております。

 そこの阿婆擦れさんは、単なる級友ですが?




 この豹の獣人は、入学式で私を見掛け「つがいだ!」といきなり手首を掴んできた無作法者です。

 残念な事に、本当に番でした。

 本来人間同士には無い『番』というモノは、亜人相手にだけ発動します。

 人間側からは、相手が番で有るかそうでは無いかの認識位しかなく、正直全然特別な感情は湧きません。


 相手が純粋な獣人ならば違うのかもしれませんが、この国の獣人達はほぼ人間と変わらない位に血が薄まっています。

 この豹の獣人のように、パッと見て獣人だと判る方が珍しいのです。

 耳は頭の上にある獣耳だし、長い尻尾も生えています。

 髪には豹らしいブチ柄があり、後は、身体能力が高いらしいです。


 なぜなのかと言うと、この婚約者は入学式の日に番だと言う理由で婚約しておきながら、翌日からそこの阿婆擦れさんとヨロシクやっていたからです。

 将来はへそ辺りまで垂れるのでは?という巨乳の間に婚約者の腕を抱え込み、この自称私の親友の阿婆擦れさんは、先祖返りした豹の獣人を誘惑したのです。



 なぜか先祖返りした肉食系獣人って、偉そうにするんですよね。

 資本主義で民主主義なこの国では、肉食系獣人って特に凄くも何とも無いのですけどね。

 むしろ生産職の多い草食系獣人の方々の方が需要もあり、モテます。

 一部の女性には、肉食系獣人の逞しい体と激しい夜のアレが人気らしいですけど。


 そんなわけで、婚約した翌日から浮気しているこの男の名前すら、私は覚えておりません。

 婚約時の自己紹介で、1度だけ聞いたのですが、もう忘れました。

 3年も前の事ですからね。

 そしてその横の女は、級友ですが交流が無いので、本当に名前も知りません。


 まさかこんな事になる等と思わなかったので、私は『番の婚約』というものに同意したのですが……戻れるのなら、入学式の日に戻り、私は婚約を阻止したいです。

 いや、もう、本当に。



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