ラクダミュージアム
クロノヒョウ
第1話
確かに、俺は酒に酔っていた。
地元の仲間と飲みあかしたあとだった。
帰る途中で寒くて我慢できなくなり、ふらふらしながらも見つけた公衆トイレで用をたした。
トイレから出ると目の前にプレハブ小屋のような建物があった。
はて、こんな物あったかなと首をかしげながら建物に近付いた。
ドアにぶら下がったホワイトボードには「ラクダミュージアム」と書かれていた。
酔った勢いのまま俺はドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのはタキシードのような服を着たラクダだった。
「あ……どうも」
ラクダはにっこりしながらこちらへどうぞと俺を案内してくれた。
思考回路が停止した俺はふらふらとラクダのあとを付いていった。
最初に立ち止まったのは幅1メートル、長さは4メートルくらいだろうか、色とりどりの布がたくさん飾られている展示物の前だった。
「こちらはその昔、わたくしどもがアラブの王様のもとで働いていた頃に着けていたネクタイです」
「ネクタイ……」
「仕事の時はこのネクタイをつけるのが常識でした」
「へえ」
「暑いし窮屈だしで毎日うっとうしかった。でもいろんなデザインがあって素敵でしょう?」
「ええ……まあ」
それからもタキシードのラクダはゆっくり歩きながら様々な展示物の説明をしてくれた。
そして砂漠の写真や人を乗せて歩いているたくさんのラクダの写真を見終わると、最後になぜか傘がたくさん並べられていた。
「傘?」
「ええ。傘、といってもこれは日傘です」
「日傘……」
「最近ではクールビズといってネクタイはしなくなりました。確かにすっきりして暑さもやわらいだ。でも温暖化で陽射しがキツい。今ではこの日傘がないと仕事なんてやってられません。ラクダだろうが男だろうが日傘はさした方がいいですよ」
「はあ……」
「以上、ご覧いただきありがとうございました。出口の前にお土産コーナーがあります。記念に何か買っていかれては?」
「みやげ……」
見ると本当によく博物館などにある、ぬいぐるみやマグカップなどが置いてある売店があった。
まあ、全てラクダのデザインではあったが。
「こちらが一番人気ですよ。昔のラクダのネクタイのレプリカ。人間には大きすぎますけど、皆さん首に巻き付けたり膝掛けにしているらしいです。ふふふ」
「じゃあ……それをひとつ」
「お買い上げありがとうございます!」
嬉しそうにするラクダのあとについてレジの前にいった。
「ん? これは」
レジの前のショーケースにはラクダの絵が描かれた小さな箱がたくさん並べられていた。
「それは煙草です。お客さん知らないですか?」
「知ってるけど、こんな物まで?」
「こんな物でもわたくしたちの一番の収入源ですからね」
「なるほど……じゃあこれもひとつ」
「お買い上げありがとうございます! ラクダのネクタイと煙草、ラクダミュージアムの入場料で、ちょうど五千円になります!」
「はい」
「細かいのはおまけしておきましたからね」
にっこりしながら俺に向かってウインクしたラクダのまつ毛が妙に長くて印象的だった。
「あ、どうも」
お金を払いラクダに礼を言って外に出た。
「ふぅ」
なんだか疲れた俺は自動販売機で水を買い公衆トイレの横にあったベンチに座った。
まだ止まったままの思考回路。
今買った煙草を取り出し封をあけ火をつけた。
水を一気に喉の奥に流し込むとようやく目が覚めた気がした。
「えっ?」
俺は自分の目を疑った。
さっきまで自分が居たはずのラクダミュージアムの建物は跡形もなく消えていた。
あるのは公衆トイレとごく普通の公園。
(なんだったんだ……)
確かに、俺は酔っていた。
酔った頭で見た幻だったのか。
でも今吸っている煙草の箱にはラクダの絵。
手に持っている袋にはラクダのネクタイ。
携帯灰皿に吸い殻を入れ、ラクダのネクタイを首に巻き付けると冷えていた体が暖まった。
「……帰るか」
立ち上がり、まだふらふらしながらも俺は歩き出した。
今日から煙草はこれに変えよう。
あのタキシードを着たラクダが嬉しそうににっこりと笑う顔を思い出しながら、俺も少しだけ笑った。
完
ラクダミュージアム クロノヒョウ @kurono-hyo
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