第2話 ニューミレニアム

 2001年1月1日、元旦。


 世界は「21世紀の始まり」を祝っていた。


 いわゆる「ニューミレニアム」って事で、街のスーパーやコンビニなんかも「ニューミレニアム弁当」やら「新世紀チップス」やら、そんな商品で溢れかえっているみたいね。


 冬休みの宿題をさっさと済ませた私は、親戚が集う我が家でテレビを見ながらおせち料理を食べていた。


 おせち料理っていいわよね。


 手の込んだ料理が詰まった重箱は、何度人生を繰り返しても楽しめるから不思議よね。


 最初の人生ではおせち料理の良さなんて分からなかったけど、大人になるとおせち料理のおいしさに気付くから不思議。


 まあ、子供の味覚と大人の味覚の違いがそうさせるのだけど、今の私は身体は10歳でも心は数千歳な訳で、おせち料理のおいしさを楽しめる味覚は当然持っているのよね。


 親戚の叔父や叔母からのお年玉はしっかりと頂いておいたわ。


 お金は大切だからね。


 将来色々な投資をする為にも、このお金は定期貯金で動かせない様にしておくのが正しいわよ。


 これからやって来る日本の不況経済社会を生き抜かなきゃならないんだもの。


 金利が高い今のうちに、少しでも蓄財しておくのがいいと思うわ。


「優子姉ちゃん、ゲームして遊ばない?」


 男の子の声に振り返ると、そこには従妹の健治君の姿があった。


 健治君は私より一つ年下の小学3年生。


 真冬だというのに半ズボン姿で、少しクセっ毛のある髪をボサボサにしたまま私の部屋に入ってきて、手には任天堂64の本体と、昨年のクリスマスプレゼントで貰ったらしい「マリオパーティ3」ってソフトを持っていた。


「いいよ、遊ぼう」


 と私は健治君を部屋に招き入れて、テレビにゲーム機を接続してあげた。


 今の私はテレビゲームとかに興味は無いんだけど、お話しようと思っても同世代の子達と話題が合わないから、こういうゲームがあると会話しなくていいから楽なのよね。


 マリオパーティ3は前世で何度もやってるけど、私でも楽しめるゲームなので助かるわね。


 どの人生でも、いつもこの日に健治君が持ってきて、私と一緒に遊ぼうとしてくるから、いい加減飽きるんじゃないかって思ってたんだけど、このゲームはキャラクターを使って遊ぶスゴロクみないなもので、止まったマスによって色々なイベントやミニゲームがあるってもので、人生をいくら繰り返しても、同じ結果になる事が無いのよね。


 だから健治君が勝つ事もあれば私が勝つ事もあって、こういう結果が分からないゲームっていうのは、豊富すぎる知識を持ってる私でも楽しめるの。


「優子姉ちゃん、10歳って大人?」


 とゲームをしながら健治君が聞いてきた。


 前世で何度も聞いた質問だ。

 何故だか健治君は、早く大人になりたいらしい。


 なので私は、


「大人かどうかは年齢では決まらないわ」


 と毎回決まった答えを返す。


 すると健治君は必ずこう問い返してくる。


「じゃあ、何で決まるの?」


 いつからか私は、こう返す様になった。


「その人が大人かどうかを決めるのは、その人を見ている誰かよ」


 すると健治君は決まって首を傾げながら頬を膨らませ、


「よく分かんないや」


 と言って、ゲーム画面に集中しだすのだ。


 健治君は素直な男の子。


 大人になってからは色々苦労をするんだけど、心の優しいジェントルマンに成長する事を私は知っている。


 貧しくとも謙虚で律儀な大人に成長する彼は、結婚して2人の子供を育てる素敵なパパになるのよね。


 それは素敵な事だと思うのに、何故か私の心がトキめく事も無く、ただただかわいい弟みたいに感じるだけなのよね。


 何も健治君だけに限った事でも無くて、私が通う小学校でも同じなんだけどね。


 だって小学校には小学生しか居ない訳で、私の場合は小学生の男の子に心がトキめく事など無い訳じゃない?


 だけど、それでも可能性を秘めた男の子を見つける事が出来ないかと、ナケナシの希望に縋りついているのが今の私なのよ。


「健治~、そろそろ帰るぞ~」


 とリビングの方から健治君のお父さんが声をかける。


「ええ~!?」

 とあからさまに嫌そうな声で応える健治君。


 そんな健治君に私は、

「健治君、早く大人になりたい?」

 と訊いてみる。


 すると健治君は目を輝かせて、

「うん! どうやったらなれるの?」

 と私に訊いてくる。


 私はゆっくりと健治君の正面に座り直し、両手で健治君の頬を挟むと、


「まずはゲームの電源を切って、お父さんに『準備できたよ』って言う事が出来たら、大人への第一歩を進めるよ」


 と言った。


 健治君は呆気に取られたような顔から一瞬不満気な顔をしたが、


「わかった」

 と言うや否やゲーム機の電源を切り、テレビからケーブルを取り外して、「お父さん、準備出来たよ!」


 と言って立ち上がった。


「おお~、健治君はえらいなぁ! お父さんの言う事がちゃんと聞けるし、立派な大人になりそうだ!」

 と私の父が健治君を褒めると、健治君は目を丸くして私の方を振り返り、


「ホントだ!」

 と短く言うと、みるみる笑顔になって「優子姉ちゃん! また遊んでね!」

 と手を振りながら私を見て、玄関の方へと向かって行った。


 私はそんな健治君の後ろ姿に手を振りながら、笑顔で振り返った健治君がもう一度、


「絶対だよ!」


 と言って玄関を出て行くのを、姿が見えなくなるまで見ていたのだった。


 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


「優子、春休みの宿題はあるのかい?」


 3月に入り、もうすぐ春休みに入るというところで、父がそんな事を訊いて来た。


 はいはい、これもいつもの事よね。


 前世までの私には、12歳離れた弟が居た。


 今年は春休みになると、私を祖母のところへ預け、父が有給休暇をとって夫婦でラブラブ旅行をするのよね。


 残念ながら、今回の旅行で母が妊娠する事にはならないのだけど、来年の春休みにはその願いは叶い、私に弟が出来るって事なのよね。


 だから、来年もちゃんと二人で旅行に行かせてあげられる様に、今年も気付かないフリをしてあげなくちゃね。


 私は何も知らないフリをして顔を上げ、


「別に宿題なんて無いよ」


 と言うと、父は頷いて、


「そうか。実は提案があるんだけどな」


 と私の正面に座って姿勢を正し、「今年の春休みだけどな、お父さんとお母さんは大切な用事で、2人で出かけなくちゃならないんだ。だからその間、優子はおばあちゃん家で寝泊まりしないかと思ってるんだけど…」

 とそこまで言って言葉を切り、私の表情から何かを読み取ろうとしている様だった。


 今の私はどんな顔をしているのだろう。


 多分、「私に気を使う必要なんて無いよ」とでも言いたげな、またはそもそも興味さえ無さそうな顔をしているのかも知れないわね。


 なので、意識的に精一杯の笑顔を作り、


「やった~! おばあちゃんに会えるのね!」


 と言って、手を叩きながら喜んで見せた。


「そうか! おばあちゃんに会いたいか!」


 と、父がほっと胸を撫でおろしているのが分かったが、そこも気付かないフリをする私なのだった。


 ▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲


 2001年3月23日、金曜日。


 今日は小学校の終業式があった。


 4年生の締めくくりとして通信簿を貰い、教室にある荷物を全部自宅に持ち帰る日だ。


 教室ではあまり友達と話す事の無い私だけど、時々私に「勉強を教えてくれない?」と話しかけて来る、東野佐智子、通称さっちゃんだけは例外だ。


 さっちゃんは勉強が好きな子で、「将来の夢」という作文では「国会議員になりたい」という題で、なかなかに大人の社会を俯瞰ふかんして見ている内容だった。


 そんなさっちゃんだけど、算数と理科の授業は少し苦手みたいで、よく私の元へ教わりに来ていたのだ。


「優子ちゃん、いっしょに帰らない?」


 両手に荷物を抱えて私の席にやってきたさっちゃんが、ふうふうと息を切らしながら私に話しかけて来た。


 私はさっちゃんの顔を見ながら、


「いいよ、一緒に帰ろう」


 と言って、道具箱や上靴袋を小脇に抱えて立ち上がった。


 クラスメイト達はそれぞれ仲の良い友達と一緒に駆ける様に教室を出て行ったが、さっちゃんは春休みがそれほど楽しみでも無いのか、最後まで教室に残っていた私と帰るタイミングを計っていた様だった。


 私達は一緒に教室を出て、廊下ですれ違った隣のクラスの先生に、


「さようなら」


 と軽くお辞儀をしながら廊下を歩き、下駄箱コーナーで靴を履き替えた。


 脱いだ上靴は上靴袋に入れてリュックのフックに引っ掛けておき、脇に置いておいた道具箱等の荷物を再び両脇に抱えると、二人並んで校舎の外に出て行った。


「優子ちゃん、通信簿はどうだった?」


 とさっちゃんが訊いた。


「全部『良』だったよ」


 と私が答えると、さっちゃんは、


「私も全部『良』だったよ」


 と言って笑顔になった。


「さすがさっちゃんだね」


 と私が言うと、さっちゃんは首を横に振り、


「優子ちゃんが勉強を教えてくれたからだよ」


 と言った。


 こうして一緒に帰るのも、前世と同じ、何百回と経験した事の一つだった。


 そしてこの先の公園の前で、さっちゃんはこう言うのだ。


「ねえ、春休み、一緒に勉強しない?」


 ほら来た。


 私はそこで、いつも通りにこう答えた。


「ごめんね。春休みはお婆ちゃんの家で過ごす事になってるから」


「そうなんだ・・・」

 と、さっちゃんは少し残念そうな顔をするが、すぐに笑顔になって、「5年生のクラス替えでも、同じクラスになれるといいね」

 と続ける。


「そうだね」


 と私は言ったが、同じクラスになれない事を私は知っている。


 そして、さっちゃんがそのクラスでイジメに遭って、5年生の夏休みの内に転校してしまう事も。


 これまでに繰り返してきた私の人生のうち、さっちゃんを助けようとしてイジメを制止しようと介入した事は幾度もあった。


 しかし、「勉強が好き」という子は、小学校ではイジメの対象になるのだ。


 本当にバカバカしい話だが、担任の先生も


「クラスメイトともっと仲良くしなさい」


 等とトンチンカンな説教をするだけで、平凡なクラスメイトの中で異次元の知能を持つ子がどのように奇異な目で見られるのかという事に気付く事さえ出来ないのだ。


 だけど、私がイジメの制止に介入しないのにはもう一つの理由がある。


 さっちゃんは、イジメを受けて転校した事をきっかけに更に勉強を重ねてゆき、将来は東大法学部を卒業し、国会議員になるのだ。


 イジメを受けた経験を活かし、議員活動中は文部科学省へのアプローチを積極的に行い、イジメが起きない様にと尽力する姿を私は知っている。


 だから、あえて介入しないのだ。


 さっちゃんの将来の夢は国会議員なんだもの。


 下手に私が介入しない事でさっちゃんは夢を叶える事が出来るんだから、かわいそうだとは思うけど、これは私が導き出した最適解なのよ。


 そんな事を考えているうちに、いつしか大きな交差点に出る。


 この交差点を右に曲がるとさっちゃん家。

 真っすぐに進むと私の家の方角だ。


「じゃ、バイバイ」


 とお互いがどちらからともなくそう言って手を振ると、さっちゃんは小走りで右に曲がって自宅の方へと向かって行ったのだった。

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