紅羽優子は「普通」じゃいられない

おひとりキャラバン隊

第1話 繰り返す少女

「ハッピバースデートゥ優子~」


 ステレオから流れる軽快なバースデーソングに乗せて、両親が手作りケーキをテーブルに乗せた。


 沢山のイチゴが乗ったホールケーキにはろうそくが10本立っている。


「お父さん、お母さん、ありがとう」


 と私は言って、バースデーソングが終わるのと同時に願い事を胸にろうそくの火を吹き消した。


「誕生日おめでとう~!」


 パチパチパチ・・・ と拍手をしながらそう言う父の顔は嬉しそうにほころんでいる。


 同じく「おめでとう優子~」と言いながらケーキにナイフを入れて、取り皿にケーキを切り分ける母の顔も嬉しそうだ。


 そう、両親は私の10歳の誕生日を心から祝ってくれている。


 紅羽くれば優子ゆうこ、私は今日10歳の誕生日を迎えた。


 私は心から喜んでいる両親を前に、少しぎこちない笑顔を作って感謝の言葉を述べた。


 先ほど、私がろうそくの火を吹き消す時に心に願った事、それは「今年も普通の女の子で居られます様に」だ。


 私が普通の女の子である事を願う理由?


 それを語るには、少し時間が必要だけど、それでも聞く?


 そう、長い話は聞きたくないのね。


 じゃあ、これから話す事は私の独り言だと思ってもらいましょう。


 私の名前は紅羽優子。


 今は10歳って事になっているけど、私が紅羽優子として10歳を迎えるのは、実は今回で100回を超えてるの。


 どういう事かって?


 さっき私が言ったまんまよ。


 私はね、紅羽優子としての人生を何度も何度も繰り返していて、今回でもう何度目だか正確には分からない程に生きているのよ。


 転生したのかって?


 そうね、でも私は、転生なんかじゃないと考えているわ。


 だって、別の人間に生まれ変わるのではなくて、いつもこの紅羽優子として生まれてくるんだもの。


 両親も毎回同じだし、産まれた場所も時代も毎回同じ。


 輪廻転生っていうよりは、むしろ呪いなんじゃないかと思っているわ。


 毎度社会の動向や世界の動きも概ね同じだし、世界で起こる事件とかもだいたい同じ様に起こるしね。


「概ね・だいたい」って事は、毎回違いもあるのかって?


 そうね。


 私が関与する事で違いが発生する事はあるわね。


 所謂いわゆるバタフライエフェクトってヤツでしょ。


 でも、それ以外は全て同じ。


 毎回毎回、私は同じ舞台で同じ人物として生きているの。


 タイムリープだろって?


 それが妥当な表現かも知れないけど、死ななきゃ次の人生が始まらないし、始まりはいつも母の胎盤の中よ?


 これがタイムリープって表現で正解なのか、今の私でも疑問だわ。


 私の寿命は毎回同じなのかって?


 いえ、それは毎回違うのよね。


 一番長く生きたのは3回目の人生だったかな。


 最初の人生では75歳で癌になって死んじゃったから、次の人生では健康的に生きてやろうとスポーツに明け暮れる人生を送ってみたんだけど、事故に遭って40歳で死んじゃったのよね。


 なので、3度目の人生では健康と適度な運動をして生きてみたんだけど、これが功を奏して98歳まで生きられたわね。


 だけど、長生きしても終盤は寝たきりの人生だったから、それもちょっと違うかなって思って、4度目の人生からは、やりたい事をやりまくってやろうと色々チャレンジしてきたわ。


 なので、自分の寿命って自分でも分からないのよね。


 え? 記憶が引き継がれているのかって?


 そうね。


 そうとも言えるし、そうでないとも言えるわね。


 どういう事かって?


 そうね・・・、私はこう表現しているわ。


 ってね。


 意味が分からない?


 そう・・・、あなたも私を理解するのは困難なのかも知れないわね。


 人間の記憶って、ある程度時間が経つと色々忘れていくのが普通じゃない?


 だけど、私の場合はそれが出来ないの。


 忘れる事が出来ないまま、これまでの人生の記憶がどんどん蓄積されてしまうのよ。


 だから、子供の頃に覚えた計算式や、旅行する為に勉強して覚えた英会話、フランス語、中国語、ドイツ語、ポルトガル語、スペイン語、ロシア語・・・、そうした知識が抜けないままにどんどん蓄積されてしまって、気が付けば私は周囲に「天才」と呼ばれる存在になっていたの。


 え? 羨ましいって?


 勘弁してよ。


 確かに便利かも知れないけど、これはそんないいものじゃないわ。


 知識が豊富過ぎるって事は、未知への好奇心や恐怖、初恋へのトキメキなんかも感じないって事なのよ?


 犯罪はした事無いだろうって?


 全然あるわよ。


 それで人生を棒に振った事もあるわ。


 刑務所暮らしを経験した人生は3度かな。


 興味本位で麻薬を吸って窃盗をしたのと、大金持ちになる為にインサイダー取引をしたのと、あとは気に入らない政治家を殺してやった事もあるわね。


 でも、日本の警察はさすがね。


 そんな犯罪を見過ごす様な事は無かったわ。


 私も同じ事の繰り返しの人生に飽きて、自暴自棄になっていたからそんな事をしてしまった訳だけど、結局はその人生が終わってもまた同じ人生を過ごさなければならない事に違いは無かったし、そんなバカな事をするのにはもう懲りたわね。


 え? この「人殺し」だって?


 そうね、もう何回目の人生で人を殺したのか、数えていないから分からないけど、あなたは絶対に人殺しなんてしちゃ駄目よ。


 一度しか無い人生を棒に振るなんて、勿体無いにも程があるわ。


 私?


 私はいいのよ。


 だって、その時に殺した筈の政治家だって、この世界線ではちゃんと生きてるんだもの。


 だからノーカン。


 この世界線での今の私は、純真無垢な、ただの小学4年生。


 学校の成績?


 ああ、そうね。


 テストは満点取れるけど、できるだけ自然な感じで満点にならないように努力してるわ。


 体育の授業はどうかって?


 そうね、鉄棒も体操も、ほどほどに出来る感じで調整しながら過ごしているわね。


 走るのはそれほど早く無いわ。


 アスリートを目指した人生では、体操が一番いい成績を収められたのよ。


 オリンピックにも出場出来たし、メダルも取ったのよ。


 その感覚も当然覚えているし、やろうと思えば今でもオリンピック級の体操ができるわ。


 格闘技?


 いやよあんなの。


 やってみた事はあるけど、殴られたら痛いんだもの。


 合気道はそれなりに極めてみたけど、それ以外はもう興味無いかな。


 今回の人生で「普通になりたい」ってのはどういう事かって?


 ふふ、やっと私が訊いて欲しい事を訊いてきたわね。


 私はね、記憶の奥底に沈んでしまった「トキメキ」を求めているの。


 もう記憶の上では数千年間にも渡って得られなかった感情なの。


 最初の人生で感じた、初恋のドキドキみたいな感情って想像できる?


 私はその「ドキドキ」を、もう一度感じたいの。


 その為には、男の子の前で恥じらいを感じる様な、普通の女の子じゃないとダメだと思ってるのよ。


 だから、この人生では「普通の女の子」の時代を大切に生きたいの。


 今日で私は10歳。


 初恋するにはいいお年頃でしょ?


 でも、これまでの数千年に渡る経験や知識が滲み出ちゃって「天才扱い」されたらもう普通ではいられなくなるの。


 知らないだろうから教えてあげるけど、天才の女はモテないわよ。


 男がみんな萎縮いしゅくしちゃって、私に近づかなくなるのよ。


 私の能力は金になるって考える大人達が、私の周りに沢山湧いて来るしね。


 それに、学校で特別扱いされるとイジメに発展する事も多かったわね。


 だから、今回の人生では「天才」などと呼ばれない様に、周囲と歩調を合わせた「普通」を貫く事に決めてるの。


 そして「トキメキ」を感じる事が出来たら、もう私にやり残した事は無いと思うから・・・


「優子、ほら、バースデープレゼントだぞ?」


 心の中で架空の人物と会話していた私に、父が大きなリボンの付いた箱を持ってきた。


 ええ、知ってるわ。


 大きなゴリラのぬいぐるみでしょ?


 いつもベッドの横に置いていて、たまにベッドで本を読む時の背もたれに使う事になるんだけどね。


「わ~、ありがとう! お父さん!」


 と、笑顔を作って嬉しそうに大きな箱を受け取る私。


「ほら、開けてごらん?」


 と母が言う。


 私は慣れた手つきでリボンをほどき、包装紙を破って箱を開ける。


 思った通り、中には大きなゴリラのぬいぐるみが入っていた。


「おっきぃね~」


 と私は言いながら、ぬいぐるみを取り出して抱きしめて見せる。


「良かったね~」


 と母が食べ終わったケーキ皿を流し台に運びながら私に言った。


「お父さん、お母さん、いつもありがとう!」


 と私はそう言って、ぬいぐるみをリビングに隣接する自室に運んでベッドの横に置いた。


「さあ、もうお腹もいっぱいになったし、歯磨きして眠ろうな」


 と父が席を立ちながら私の背中に向かってそう言った。


「は~い」


 と私は素直に返事をして、歯磨きの為に洗面所へと向かった。


 洗面所でハブラシに歯磨き粉を少しつけてから、シャカシャカと歯磨きをする。


 洗面台の鏡に今の私の姿が映っている。


 肩まで伸びたストレートの髪に、照明の光が当たって天使の輪の様な艶が出来ている。


 柔らかな弧を描いた様な眉に一重瞼の目が、鏡の前の私の視線と交差する。


 母に似た小さな鼻は、形よくバランスが取れていて、その下には父に似た薄い唇があり、少し出っ歯に見える白い前歯がハブラシでシャカシャカとこすられている。


 小学生らしく頬はふっくらとしていて、美人では無いが、それなりにカワイイ方だと思う。


 首は細く、身体は少し瘦せ気味で、胸の発育はあまり良くない。


 これまでの人生でもそうだったが、私は巨乳美女には成れないらしい。


 ぐうたらに太ってみた人生では、それなりに巨乳になれたんだけど、おっぱいが重くて肩がこる事を知って、胸の大きさにはこだわらない事にしたわ。


 さて、時は2000年11月20日。


 人生の酸いも甘いも知っている10歳の私が、うぶな少女の様にトキメキを得る事ができるのか。


 諦め8割、希望が2割といったところではあるけれど、私はこの人生を精一杯生き抜こうと、鏡に映る自分自信に誓う事にするわ。


 私なりに頑張ってトキメキを探していくから、頭の中の架空の誰かさん、応援してね。

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