第23話 本音ぶつけて
あの日、一緒に寝たあの夜……二人ともくっついたまま、いつの間にか眠ってしまい、起きた頃には背中から抱きついていたアピラはいなかった。
早めに目が覚めたようで、テキパキと朝の準備をしていた。俺を見て、「おはよう!」といつものように、声をかけてくれた。まるで、昨夜なにもなかったかのように。いつも通りだった。
だから、俺もいつも通りに努めた。いつも通り生活し、いつも通り仕事をして、いつも通り日々が終わっていく……そうして、忙しくも穏やかな日々を過ごしていた。そして、気づけばアピラの誕生日の、前日となっていた。
そんな時。
「今から、薬草を取りに行こうと思う」
「え、今から!?」
次の日のために、やることは前日にたくさんやっておかなければならない。明日は、お祝いということで早めに仕事を切り上げ、ちょっと豪華な食事をして、プレゼントを渡して……あ、プレゼントは事前に買ってある。
アピラを祝い、そしてこれを機に別れようと話をするつもりだ。
だったのだが……明日の準備をしている最中、ふととある薬品が切れていることに気づいた。しかも、その薬品の材料となる薬草が、少し特殊なのだ。だから、薬草を取りに行こうと言ったわけで。
「あぁ。ま、俺だけで行ってくるから、アピラは先に帰って……」
「なに言ってるんですか、私も行きますよ」
多少の問答のあと、絶対についていくというアピラに折れ、俺はアピラの同行を許可した。そういや最近、アピラはよくくっついている……もしかして、目を離したらどこかに行ってしまうと、思われているのかもしれない。
そんなことはないし、アピラには言ってないが、いつも材料が切れかけたらアピラに内緒で出掛けていた。今回は、ついうっかりと忘れてしまったのだ。
そんなこんなで、出発。村を出て、少し歩いて……たどり着いた場所。ここは、人里から少し離れた森の中。ここに、俺たちの目的とする、薬草があるのだ。
「よ、夜の森って、ちょっと、不気味ですね……」
「怖いなら、無理して来なくても……」
「こ、怖くありません! それに、無理もしてません!」
時間帯は、夜。確かに、こんな時間帯の森など、俺から見ても不気味だ。それに、不気味かどうかを除いても、夜には夜行性の獣が、活発化する。獣は夜行性の方が、獰猛なのだ。
さて、なにもこんな時間に薬草を取りに来なくても……と思うだろうが、その薬草が特殊な理由がこれだ。その薬草は、不思議なことに夜にしか生えないのだ。
生態はわからないが、とにかく夜にしか生えない。試しに朝になって来てみたが、その時あったのはただの雑草だけ。日が昇ると、薬草は雑草になってしまうようなのだ。
その薬草、夜の草ということで『ヨルクサ』と命名されている。まったく不思議だが、一度抜いてしまえば、あとは薬草の効果を残したままなのだ。
なので、夜にヨルクサを抜き、すぐに瓶に入れ保存しておく。これにより、ストックも充分作れるということだ。
「まさか、夜にしか生えないなんて……いろんな薬草が、あるんですね」
「あぁ、不思議だよな」
長生きはしても、わからないことだらけだ。
この薬草以外にも、様々な薬草がある。砂漠にしか生えない薬草、獣の背中に生えている薬草、時間が経つことで雑草から薬草へと進化する薬草……種類は、まさに豊富だ。
そして、その豊富な薬草を調合することで、いろいろな種類の薬を作ることができる。たくさんの種類があれば、それだけ客層も増える。
なんせ、お客によって求める薬の種類は違うのだから。これまで、長い間生きてきたが、スタンダードな薬を求める者から、ちょっと特殊な薬を求める者……まさに、十人十色。千差万別。
例えば、人族の女性。
『お肌がカサカサになって……肌が潤うような、お薬はないかしら?』
例えば、人族の男性。
『もっと筋肉つけたいんだけど、わーって感じで筋肉つく薬ないかな!?』
例えば、小人族。
『身長を伸ばしたいんだけど、身長が伸びる薬はないかい?』
例えば、巨人族。
『体を小さくしてえんだけども、ええ薬ないか?』
例えば、エルフ族。
『若返りの薬とか……いや、たいした用じゃないんだけどね? ほら、男って若い子が好きだろう?』
例えば、ハーピィ族。
『羽を無くす
例えば、サキュバス族。
『ピーーーー(自主規制)』
例えば、獣人族。
『毛が暑くてさ……なんか、涼しくなる薬ない?』
例えば、単眼族。
『目がシバシバするんだ、なんかお薬ないか?』
……等々。店を開いていると、いろーんな種族が来るわけだ。昔、ファンタジー本で見たような種族から、初めて目にする種族まで。その数は、俺の想像以上だ。
男女別と考えただけでも、人にはいろんな悩みがある。そこに、数え切れないくらいの種族がやって来るのだ。他の種族と共通で使えそうな薬や、逆にその種族にしか用途がないであろう薬。
種族によって薬も変わることを考えると、なかなかに骨が折れる作業だったりする。
……ちなみに、そういった、一応人間ではあるんだろうなという種族ならまだしも、たまにスライムやゴーレム、果ては天使族といった、完全に人間でない者も来たりする。
あれは、驚いたものだ。
「うーん、どこかな」
さて、現在薬草ヨルクサを探している。見た感じは、その辺の雑草と変わりないのだが、よく見ると草の表面がうっすらと、赤く光っている。
なので、それを見分けるため、こうして一つ一つを探していくわけだ。アピラ、頑張ってくれてるな。
「…………」
人気のない森の中、二人きり、獣除けの薬は使っているので、獣も現れない……おっと、これはなかなかのシチュエーションなのではないか?
どうにか、別れの話を切り出そうと思っていた。それも、タイミングを探しながら。今は、計らずも絶好のタイミングではないだろうか。
「……アピラ」
「なにー?」
話をするなら、今だと思った。本当は、明日誕生日お祝いの直前か直後にでも言おうと思っていたが。
今なら、ちょうどいい。
「話しておきたいことがある」
「なにさー、もったいぶっちゃって。らしくな……」
「お前、明日成人になるよな」
「……」
ピタッ……と、アピラの動きが止まった。きっと、他愛ない世間話をするのだろう……そう思って、返事をしたが、俺からの話題は予想もしていないものだった。
……いや、もしかしたら予想は、していたのかもしれない。だからこそ、忙しく薬草を探り、話のタイミングを切ろうとした。
ならばついてこなければいいだけの話だが……俺がうぬぼれてるんじゃなければ、おそらく、俺と一緒にいたかったんじゃないかな、と、思った。
「明日お前は、成人になる。それを機にさ、俺はお前の前から……」
「やだ」
まだ言い切っていないのに、拒絶の言葉。同じようなことは、以前にもあった……レポス王国を発つ際、アピラにいやだと駄々をこねられた。結局、押し切られてしまったが。
今は、あのときとは違う。アピラも大人だ……だが、その拒絶の言葉は、しっかりとしたものだ。わけもわからず、首を振っていたあの頃とは違う。
ちゃんと、自分の意思をはっきりと、伝えてくる。けど、ダメだ。
「わかってるだろ、俺は歳を取らない。一緒にいても、お互いにつらくなるだけなんだ」
「そんなことない、レイさんが歳を取らないのなんか、わかってる……でも、私はレイさんを嫌いになんかならない。わかってよ」
「そんなの無理だ!」
あのときだって、そうだった。愛した妻に、子供に、村の人たちに。あんな目を向けられるなんて、想像もしていなかった。
きっとアピラも、そうなる。そのとき、あんな目を向けられるのが、怖い……耐えられない。
「私を信じてよ! 私がレイさんを、嫌いになるわけない……レイさんが思うような目なんか、向けると思う!?」
そりゃ、俺だって信じたい。アピラは、いい子だ……それは、間違いない。
だが、だからこそ、あんな目を向けられるのが怖いのだ。俺は、信じていた人たちにあんな目を向けられた……もしかしたら、本人はどんな目を向けていたかなんて、意識していなかったのかもしれない。
それならそれで、キツイ。無意識のうちに、あんな目を向けられてしまうのは……
「アピラだって、いつかああなる。だから、いい思い出のうちに別れておきたい」
「ならないよ! 絶対! もしそうなったら、死んだっていい!」
「……」
「怖がりすぎなんだよ、レイさん! 三千年前に、たった一回そんな目にあっただけでしょ!? だったら……」
……ヒートアップしていくアピラの言葉の中に、聞き流せないものがあった。
「たった、一回?」
「あ……」
そこで、自分がなにを言ったのか気がついたらしい。口を、両手で覆う。
だが、一度出た言葉は、決して引っ込められない。
「そうさ、そうだな。たった一回……あの一回が、今も忘れられないさ! それからは、うまく過ごしてきた……だから、本当にそれっきりさ! 三千年も生きといて、そんな昔のことも忘れられないなんて、女々しいよな!」
「ご、ごめんなさい……そんな、つもりじゃ……」
「怖がりすぎ? そりゃそうさ! お前にわかるか? 周りは変わっていくのに、自分だけはずっと変わらない……同じ場所にも、居られない。俺はずっと、孤独なんだ!」
溜め込んでいたものが、溢れ出してくる。アピラに、こんなことを言いたいわけじゃないのに。
「このまま一緒にいても、お前だけは変わっていく……それが、耐えられないんだ。化け物みたいな目で見られることも、自分だけが取り残されていくのも。……なんで、こんなことになったんだろうな」
俺はただ、転生したこの世界で。二度目の人生を、満足行くように生きたかっただけなのに。自由なはずのこの体は、とんでもなく不自由だ。
こんな経験をするくらいなら……『スキル』なんて、いらなかった。俺はただ、普通に生きたかっただけだ。
「……わかったろ。俺は、どうしようもない怖がりだ。その上、自分じゃ死ぬ勇気もない……そんな奴と、一緒にいる必要なんてない」
思わぬ感情をぶちまけてしまったが、全部本心だ。こんなことを聞いて、幻滅しただろうか……なんなら、その方がアピラの方から離れてくれるかもな。
そんなことを思いながら、改めてアピラの顔を見る。怒っているか、それとも軽蔑の眼差しを向けているか。
「……」
……アピラは、泣いていた。
「なっ……んで、泣いてるんだよ」
それは、予想外のものだった。いや、涙自体は予想はしていた……俺に抱いていた幻想やらなんやらが壊れ、ショックを受けた涙。だが、それならそれで構わないと思っていた。
が、アピラの流す涙は違う。悲しみや、まして怒鳴られて怖いから泣いているのでもない。これは……
「わか、りません。なんで、涙が流れたのか……でも……私は……」
ガサガサッ……
涙を流すアピラが、何事かを話す……その直前に、草の音が鳴った。ガサガサと……誰かが、動いたような音だ。
風? それにしては、はっきりとした人の気配を感じる。こんな時間に、こんな場所で……それも、複数の気配を感じる。
「……?」
耳を、すませる。複数の人の気配……まるで、誰かを探しているかのよう。ここに俺たちがいることには気づいていないようだが……近づいてくる。
そして、声も、集中することによって聞こえてきた。
「本当に…………いるのか? 不老の……」
「間違いねぇ…………入っていくのを……らしい……」
ほそぼそと、途切れ途切れにだが、聞こえる。かすかに聞こえた『不老』という単語。まさか、俺を探している、のか?
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