第22話 看板娘アピラ
「いらっしゃいませー!」
……最近、アピラの様子がおかしい。いや、おかしいっていうのも変なのかもしれないが……うん、でも、とにかくおかしい。
最近、店の呼び込みに、ますます熱が入っている。それなら、仕事をさらに真剣にやってくれている、ということで済む。むしろありがたい話なのだが……どうにも、その熱の入り具合が異常というか。
なにがどう異常かは、はっきりとしたことは言えない。だが、長い間一緒に居て、彼女を見てきたからこそわかる……アピラは、なにかが、変だ。
「……アピラ、最近なにかあった?」
「えぇっ!? なんでもないですよ!?」
本人に聞いてみても、この返答。本当に、なにもないのかもしれないが……いや、わかりやすく目が泳いでいるしな。それにどことなく、無理をしているような、気がするのだ。
ならば、なぜ無理をするのか、という疑問に繋がってくる。それを本人に聞いても、無理なんかしてないと答えるかもしれないし、きっと詳しくは答えてはくれないのだろう。
しかし、無理をしなければいけないほど、経営が苦しいわけでもない。なんなら蓄えだってあるし、その辺のお金事情はアピラだって知っているはずだ。少し前からだが、アピラもお金の管理をするようになっている。
アピラが一生懸命なのはいいことだが、前フリがなく無理やりに頑張られると、不安だ。声を張り上げ、よく動き、そして時折俺に"アピール"するように、お客さんに薬の説明をしている。
「……あー……」
俺にアピールするように……それに気づいて、俺は思い至った。もしかしてアピラは、自分が俺にとって必要な人間であると、有用性があることをアピールしたいのではないのだろうか。
なぜ、有用性をアピールしなければならないのか。その考えに至るということは、自分がこのままでは俺に捨てられる、ということを考えてしまったということ。だが、俺がアピラを捨てることなんて……
……いや、そうか。そういうことか。アピラは、もうすぐ十五歳、成人だ。そして、成人になれば俺から別れを切り出される……それを、少なからず感じているのだろう。
別に成人したら言う、という決まりはないが、俺が十五歳の身体だからだ。今のアピラならば、独り立ちもできる。成人すれば、それもやりやすくなるだろうし。
別れを切り出される。だからこそ、自分の有用性をアピールし、俺から離れさせまいとしている、というわけか。
「なかなか、ユニークなことを考えるな」
正直、そのように考える人は、これまでにもいた。だが……
頑張ってくれているアピラには申し訳ないが、そのくらいのアピールじゃ俺の心は動かない。いや、なにをされたって動かないだろう。
俺からアピラを離れさせるのは、アピラのため……ううん、取り繕うのはやめよう。離れさせるのは、自分のためだ。もう、親しくなった人にあんな目を向けられたくはないからだ。
それにアピラだって、見た目のまったく変わらない人間と行動を共にすることに、そのうち苦痛を感じるようになる。
「レイさん、こちらのお客様お買い上げです」
「はいよ」
まだ成人には少し早いが……早い段階で、言っておくべきか? アピラに、俺はお前の下から去る、と。なにも言わずに去ることもできるが、なんとなく、アピラにはちゃんと話しておきたい。
アピラが自分の有用性をアピールし、それが結果として店の売上に繋がるのなら、このままにしておいてもいい気はする。が、変わらない俺の心変わりを期待して、無駄に頑張らせるのは、俺はよろしいとは思わない。
となると、あとは言い出すタイミングか。やっぱり、部屋でさりげなく、がベストかな。二人部屋だし、二人きりになる瞬間はたくさんある。
「こちら、銀貨二枚になります」
しかし、宿の部屋で切り出して、万が一アピラに暴れられたら、宿屋の方に迷惑がかかるからな。アピラは、大人になるにつれ、ノータルトさんが言っていたようにおしとやかになってきた。
だが、中身はまだ子供の部分も多い。別れを切り出し、それによって癇癪を起こされては、たまったものではない。レポス王国を発つ時と違い、あの頃に比べればアピラは大人になったが……
それでも、予期せぬことが起こった場合、泣いて暴れる可能性がないとは、いえない。
「お会計、ありがとうございました」
「またのお越しを、お待ちしております!」
なら、店の中で切り出すか? ……いやいや、他にお客もいるし、それこそこんな場所で暴れられたら、大事な薬品が割れてしまう。
下手に薬と薬が混ざりあえば、爆発などしてしまうかもしれない。そうなると近所にも迷惑がかかるし、なしだな、うん。
となると……どこかに、連れ出すか。誰の迷惑にもならないようなところ、か。
「はぁー、レイさんお腹空いたよ」
「ん、もうこんな時間か。少し早いが、飯にしよう」
腹の虫が暴れていることを訴えるアピラ。その要求に従い、少し早い昼食を取ることとする。
最近では、夕飯の残りを弁当箱に詰め、翌日の昼ご飯としている。これならば作りすぎても余るということはないし、新たに作る必要もないためなかなかの節約にもなる。
「わー、おいしそー!」
店の奥に移動し、二人向かい合って机に座る。持ってきた弁当箱を開けると、その中には昨夜の残り物が詰められている。
白いご飯に、だし巻き卵。お肉の炒め物を少し入れ、野菜サラダも入れられている。ちょいとミニトマトも添えて我ながら、色合いも考えて並べてみた。
さらに、持ってきた塩味の粉薬。これをご飯にかければ、なんの味もしない白飯が、みるみる塩の味を絡めたしょっぱからい味へと変化する。
「うーん、おいし!」
たまに外食もするが、基本的にはこうして、家でなにか作る。宿の部屋には、一応の調理の用意があるし、作るのに困ることはない。宿自体がご飯を提供しているのは、ちょっとしたサービスらしい。
なかなか住み心地はいい。だが、この生活もあと少しだ。それまでには、アピラのことも、決着をつけなければならない。
……そんなことを考えていた、ある夜のこと。俺がそういうことを考えていることを感じ取ったのか、就寝の時間になり……アピラが、俺の服をちょい、と引っ張ってきた。
「レイさん……一緒に、寝ませんか?」
歳は近くなったが、背はまだ俺の方が高い。そう、おずおずと話しかけてくるアピラは上目遣いで、片手で枕を抱きしめていた。パジャマはいつも通り、クリーム色の、上下が揃ったものだ。ちょっとモコっとしている。
たまに、一緒に寝ようよーと明るい様子で言ってくることならあった。だが、こんな風に、おとなしく……おしとやかに話しかけてくるのは、初めてだ。
どこか、不安そうな彼女を見ていると、首を横には振れなかった。あるいは、俺との別れを自分で納得させようと、しているのかもしれない。だとしたら……
「わかった」
その日は、一緒のベッドで寝た。男女が同じベッドで寝ることの意味を、アピラは理解していないわけではないだろう。そして、俺が決して手を出すことはないことも、わかっている。
会話はなかった。ただ、なぜだろう。俺の方が、気恥ずかしさを感じてしまう。誰かと一緒に寝るなんて、ずいぶんと久しぶりのことだからだろうか。
俺は、仰向けの状態から、アピラに背を向けるように寝返った。あくまで、寝ている
……背中に、温もりが、押し当てられた。
「あ、アピラ?」
「……」
アピラが、俺の背中に身を寄せていた。抱きつく、とまではいかないが、わりと密着する形で。
今声を出してしまったので、寝てなかったのがバレてしまったが……そんなことが関係なくなるほど、俺は困惑していた。
「どうした?」
「……」
アピラは、なにも言わない。ただ黙って、俺の背中にすり寄るばかりだ。
額が、押し当てられる。こてん、と、軽めの重さを感じた。
「……レイさん」
「なんだ」
「……私、もうすぐ十五ですよ」
ようやく話しかけてくれたアピラの言葉は、唐突なものだった。そんなこと、言われなくてもわかっている。
アピラの表情は見えない。声が震えているわけでもない。アピラがなにを考えて、そんなことを言ったのか、わからない。
「もう、私、成人になるんですよ」
「そうだな。出会ってから……もう、七年以上か」
早いもんだな。七年……三千年のうちの、七年だ。それは些細な時間かもしれないが、俺の中で、間違いなく色付き濃い時間だった。
ただ、思い出話をしたかっただけなのか……アピラは、それきり黙ってしまう。俺からなんと声をかけたらいいのかも、わからない。
互いに押し黙ったままの時間が、続いて……しばらくして、ついにアピラは口を開いた。
「私、もう子供じゃないです。もう、大人ですよ?」
……そう、言った。
「…………」
それにこそ、なんと答えればいいのかわからなかった。アピラは十五歳になる、成人になる……だから、もう、子供ではない。大人だ。
自分は、もう大人になった。だから、子供扱いせずに心配せずに、一人でもやっていける……そういう、意味だろうか。
……そういう意味では、ないのだろうか。
「……」
お腹に、手が回ってきた。後ろから、アピラが抱き着いてきたのだ。それにより、アピラの女性の部分が、いっそうに押し付けられることとなる。
互いに言葉はない、ただ時間だけが過ぎていく……アピラは、俺にどんな返事を求めているのだろうか。なにを、求めているのだろうか。
……アピラが、なにを考えて、こんなことをしているのか……わからない。いや……わからないように、しているだけなのかもしれない。
「レイさん……」
「ん?」
「……おやすみなさい」
「……あぁ」
それっきり、アピラはなにも言わなかった。俺も、なにも言わなかった。
次第に、寝息が聞こえてきた。規則正しい、小さな寝息だ。
一緒のベッドに寝て、後ろから抱きつかれて……アピラはそれ以上なにをすることもなかったし、俺もなにもしなかった。ただ、お互いの温もりを感じていた。
絶対に、離さない……まるでそう言っているかのように、アピラは、しっかりと俺を抱きしめていた。
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