第20話 夢を見る、現実を見る



 ……今でもたまに、夢を見る。俺が、この世界に転生したばかりの記憶。『スキル』を授かるまでの、平和だった頃の記憶。


 これまでに、数え切れないほどの人たちに会った。ガルドローブさんやリーズレッタさん他、仲良くなった人たちはたくさんいる。だが、その人たちの記憶も、いずれ消えていく。


 いつか消えてしまう記憶を、消えないものとして記録に残しておくために、俺は手記を書いている。日々の活動、忘れたくない人たち……この手記を見ることで、それを思い出せる。



「……」



 義務感、も含まれていたが、忘れたくない人たちのことを残しておきたい、という気持ちもあった。


 そんな中で、決して忘れられない名前。ラダニア、ミリア。そして俺の子供、レニィ。手記を見なくても、この三人のことはすぐに思い出せる。


 三千年も経ったんだ、もう生きてはいない。長寿族だと言われる、エルフ族でも生きていられるのは、平均で三百年だと言われている。中にはもっと長く生きる者もいるらしいが、どのみち人族の彼女たちは生きられるはずもない。



『レイ、私たち、絶対幸せになろうね!』


『私は、ずっと、レイさんの味方ですから!』



 いつだったか、そんなことを言われたこともあった。幼なじみで、後の妻となったラダニア。ラダニアの妹で、俺にとっても妹のような存在だったミリア。


 ラダニアの言葉は、結婚したばかりの頃。ミリアの言葉は、俺が『スキル』を授かっての言葉……だったか。ミリアの言葉は、どうしてだろう最近よく思い出す……同じような言葉を、聞いたからだろうか。


 ラダニアと結婚した後、俺は子供を授かった。が、生活していくうちに自分に向けられる目が変わったと感じ、結果村を出た。村を出た理由として、村の人たちは悪くない。俺がただ、向けられる目に耐えられなかっただけだ。勝手に、そう思っていただけかもしれない。


 誰にも、なにも告げずに村を出た。ミリアだけには、村を出る直前に見つかってしまったが……止める彼女を振り払い、俺は村を出た。


 以来、いろんな国、村、町に行った。ずっと、一人で旅を続けてきた。中には、一時的な協力者として、旅をに同行した者もいた。だが、あくまで一時的なもの……目的が済めば、離れていった。


 それを繰り返し、三千年。世界中を渡り歩き、いろんな人たちに会い、いろんな風景を見た。同じ場所にだって、何度となく訪れた。だがあの村……シェイク村には、故郷には、一度だって帰っていない。


 もう、俺を知っている人間など、いないというのに。



「……また、か」



 ふと、目が覚める。目が覚めた直後は、いつだって決まったように、気だるい。夢を見て、自責と後悔の念を抱き、目を覚ます。どうして、こんな気持ちになるのだろう。俺が、こんな『スキル』を授かってしまったからだ。


 もし、普通の『スキル』だったならば。俺は今、この世にはいない……それでも。温かい家庭を持ち、幸せな生活をして、それなりに稼いで、最後は妻や子供たちに看取られて死ぬ……そんな人生が、当たり前の人生が、送りたかった。


 それは、俺にはもう望めないことは、わかっている。歳を取ることのないこの体で、真っ当な人生などは送れない。


 いっそ死んでやろうと思うこともあった。だが、俺は今も、こうしてただ、生きている。死ぬのが怖い……ただ、それだけの理由で。


 命を狙われること、それに病にかかったこともあった。だが、俺は簡単に命を奪われるほど弱くはないし、病だって自分で治療することができる。



「うーん……もう、食べられまひぇん……」


「!」



 ふと、聞こえた声に、隣を見る。俺の寝ているベッド、その隣に位置しているベッドに寝ているアピラ……彼女が、なんともベタな寝言を漏らしていた。布団を抱きしめ、だらしなくお腹を露にしている。


 アピラと旅をして、一緒に過ごして……もう、七年か。すっかりと大人の身体になりつつある彼女は、周囲の視線を集めるほどの美少女だ。うん、保護者贔屓を抜きにしても、アピラは美少女だと思う。


 ショートだった赤い髪は、明るさを持ちつつ肩まで伸び、サイドで一つに纏めている。すらっと伸びた手足、程よく肉付きのいい身体、出るところは出て、締まるところは締まっている。


 あまり、健康的な生活を遅れているとは言えないのに、よくもまあ立派に育ったものだ。なんというか、誇らしいよ。



「ふぁ……」



 さて、目が覚めてしまい、二度寝を決め込もうにも意識は覚醒してしまった。もう眠れそうにない……なので、起きることとする。


 ベッドから起き上がり、布団を捲る。少し肌寒い、しかしそこは我慢だ。立ち上がり、カーテンを開ければ眩しい朝日が、差し込んでくる。ちょうど、朝日が登り始めた頃だ。


 アピラは、まだ寝ている。寝かしておいてやろう。……アピラの姿を見ると、改めて実感する。俺が、"不老"であることを。アピラは成長するのに、俺はあの頃のままだ。


 小さい子供こそ、成長は早い。そんな子と一緒にいれば、こんな気持ちになることも、予想できただろうに。



「いかんいかん」



 ブルーな気持ちになりそうなのを、頬を叩くことで無理やり気持ちを切り替える。毎朝、こんな気持ちになっていては敵わない。それに、アピラとはもう少しでお別れなのだ……あまり、気にすることでもない。


 アピラは、すでに十四歳。いくら俺と一緒にいたいと言ってくれていても、俺は、この十五歳の体のままだ。このまま歳が離れていく……それは、俺も、アピラだってきっと耐えられないことだ。


 だが、アピラと会えたことを俺は嬉しいと思う。アピラの両親は、アピラを手放した。そしてアピラを置いて、国を出たらしい。両親が今どこでなにをしているのか、誰にもわからない。


 ただ一つ、確かなことは……両親との別れがなければ、俺がアピラと出会うことは、なかったということだ。子供を手放したことを褒めはしないが、それがなければ……


 アピラは、俺にとって大切な人に、変わりはない。



「……」



 アピラに、布団をかけ直してやる。よだれまで垂らして、成人間近なのにだらしないったら。


 ……さて、と。少し早く目覚めたことだし、今日の朝飯は、いつもよりちょっと気合いを入れてみようかな。


 こうして、誰かに料理を作るのも、あと少しなのだから。

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