第18話 お別れと初めてのこと
……誰かと、旅をする。こんなこと、三千年も生きてきて初めてのことだった。例外はあったが、俺についてくる、という形で旅を共にしたのは、初めてのことだ。
アピラの熱意に負けた……アピラをつれていくことを決めたのは、果たして、それだけのことだろうか。今までの俺だったら、絶対に断っていたはずだ。最悪、夜逃げ同然に逃げていたはずだ。
だというのに、どうして俺は、アピラの同行を認めたのだろう。
「……」
レポス王国をいつ発つのか……それは、レポス王国に在中して五年を少し過ぎた頃と決めた。その間、アピラの説得を何度も試みたが、失敗した。
説得しつつのいつもの生活。店は軌道に乗り、いつしか国中の人々が押し寄せるほど繁盛するようになった。どこから、どんな噂が流れたのかは知らないが。それなりに良い生活を送り、居心地も良かった。ずっと、ここに居たいと思わせてくれるくらいに。
国を発つ時間が迫ると、親しくしてくれた人たちにも挨拶をした。いくらここでの生活がうまくいっていても、これ以上ここに滞在することはできない。
俺は元々旅人だったこともあり、寂しがりはしていたものの常連さんやガルドローブさんは、快く送り出してくれた。
……一番後ろ髪を引かれたのは、やはりリーズレッタさんとのことだ。
『レイ様……あの、私……!』
彼女に、この国を発つことを伝えた時、泣かれた。今まで、俺の前で凛とした表情や、照れ顔を浮かべていた女性が、泣いたのだ。
国を発つ前日、彼女に二人きりで呼び出された。その時点で……いやそれより前の時点で、予感はしていた。なにを言われるのか。
俺は、告白された。まるで……いや、実際に
『……』
だが……俺は、応えなかった。首を縦には、振らなかった。
彼女は、俺の『スキル』のことも承知で、俺を受け入れると言ってくれた。だが、やはりダメだった。俺の心は、まったく動かなかったと言えば嘘になる……が、それだけだ。俺の心が、彼女に傾くことはなかった。
リーズレッタさんの他にも、実はこれまでにも、俺に好意を寄せ、告白してくれた女性はいた。だが、彼女たちは本当の意味で理解していない。この、"不老"という体が、どれだけ異形なのかを。
『だったら……!』
ならば、せめて側に置くだけでもいいと言われた。一緒にいたい、それだけでもいい、と。それだと、余計つらいだけではないかと思ったが……なりふりかまって、いなかった。
もしかしたら、時間をかけて俺の気持ちを傾かせるつもりだったのかもしれない。
だが、リーズレッタさんは優秀な兵士だ。男女の差などものともせず、一生懸命に訓練を重ね……今や、レポス王国の副兵士長だ。兵士たちから、慕われている。
このままいけば、出世街道も夢ではない。そんな彼女から、これ以上のチャンスを奪い取るわけにはいかない。
『……わかり、ました』
結局、彼女には悪いことをしてしまったと思う。こうなることがわかっていたなら、もっと早く振っておけば……とも思った。だが、俺は心地よかったのだ。
好意を寄せられることが。それが恋愛感情であれ友達としての感情であれ、人から向けられる好意は心地よかった。化け物として見られるより、よっぽど心地よかった。
拒絶すれば、また一人になってしまうのだと思うと、怖かった。それなのに、俺は自分から一人になろうというのだ。仕方のないことだとはいえ……まったく、俺はなにをしているんだかな。
「……レイさん、大丈夫?」
「ん? ……あぁ」
鮮明に、思い出す。あんなことをしたのだ、きっと彼女は見送りには来てくれない。その予想は、当たった。見送りをしてくれる人たちの中に、リーズレッタさんの姿はなかった。
だが、国を出る直前……頭の中に、声が聞こえた。それは、リーズレッタさんのものだ。彼女の『スキル』"伝達"による、ものだった。
彼女は、少し離れたところにいた。『いってらっしゃい』と、そう言ってくれた。俺は、なんと答えれば良かったのか……きっと、彼女が生きている間に、ここに来ることはもうない。だから、『さよなら』としか言えなかった。
いつもならば、国を出れば、また、一人になる……しかし、今回は違う。
「アピラは、知ってたのか。リーズレッタさんのこと」
「……うん」
アピラは、俺が国を離れるというのを、いやだいやだと駄々をこね、ついてきた。大きくなったと思っていたアピラは、まだ子供だった。
……なんで、連れてきてしまったんだろうな。現在、アピラは十二歳。あと三年で、俺と同じ歳になる。そして、そのうちに歳を超す……そうなれば、いくら俺を慕ってくれているアピラだって……
……そうなる前に、離れればいい。それだけだ。嬉しいことを言ってくれたリーズレッタさんだって、きっと自分だけが歳を取っていくというのは、我慢できないこととなるだろう。
これで、よかったんだ。アピラも、あと三年のうちに、アピラの方から俺から離れるようになるさ。
「アピラこそ、よかったのか?」
「もう、それ何回目?」
アピラは、俺についてきた。ということは、当然これまでの暮らしを捨てることになる。教会で暮らし、できた友達。親同然に育ててくれた人たち。彼らとの、別れを意味していた。
もちろん俺は、何度も確認した。それでいいのかと。だが、答えは一つだった。
ノータルトさんは、アピラが決めたことならと止めることはなかった。他の子供たちは、アピラとの別れを寂しがっていたが。
……今生の別れになるかもしれないのだ。アピラはそれを理解していたのだろう。一人一人と、長い時間抱き合っていた。
「後悔なんかするようなら、レイさんと一緒には行かないよ」
「……そっか」
まだ小さいのに、覚悟が決まっているんだな、アピラは。正直、俺よりもよほど強いんじゃないかと思う。
「はぁ、はぁ……」
「アピラ、無理しないでいいんだぞ」
「……大丈夫。レイさんは……」
「これでも、バカみたいな時間旅をしてきたし、鍛えてるからな。筋肉は嘘をつかない」
……旅の最中、アピラはよく息切れを起こしていた。活発な、遊びたい盛りの子供とはいえ、さすがに国の外に出る旅をする体力というのは、なかなかつくものではない。
無論、疲労を回復させる薬もある。それを使えば、休憩なしに移動することもできるが……あまり、使いたくないのが本音だ。というのも、薬で疲労を飛ばす、という方法自体が、よろしくない。
疲労回復薬は、確かに疲労を回復させる。だが、本来人の体というのは、眠ったり休んだり、自然と体が回復させるものだ。なんらかの理由で、どうしても徹夜をしなければならない時など、緊急の用事以外に使うことをおすすめはしていない。
アピラも、それがわかっているからか、薬を貰おうとはしなかった。それでも、自分からついていくと言った手前、俺にペースを合わせようとしている。
それでも、ついていくためなら、俺の足手まといにならないくらいなら……薬を使おうと考えるのも、遠くはないかもしれない。
「んー、おいしー!」
旅の最中、宿などは当然ない。なので、野宿だ。同時に、食料も調達することになる。
野生の獣を見つけ、仕留め、それを食べる。木の実などでもいいが。もう数え切れないほどの旅を繰り返してきたから、どんな獣が体力がつくか、どんな獣が食べても問題ないか、などはわかっている。
「レイさん、ご飯上手だよね! 作ってくれる料理おいしかったもん!」
「それなりに旅はしていたからな。ただ、これは料理なんて大層なものじゃないさ」
「三千年をそれなりって言うのはレイさんだけだよ」
獣の丸焼き……ただ、焼いただけでなく調味料を加えるだけで、味は大きく変わる。
これは、塩の味を再現した粉薬だ。世界とは広いもので、いろんな所を訪れ、いろんな草や木の実を調合し、作ったもので、元の世界のものの味に近づけることができる。
薬は、人体を回復させるものだけではない。食用としても、あるものだ。
ただ焼いただけの獣肉が、調味料一つで様々な味に変わる。俺がこの三千年、食に飽きを感じなかったのは、このおかげだろう。
「すぅ……」
「……」
旅を始めた頃こそ、外で寝るということにアピラは抵抗感があったようだが、数日を過ごすうちに慣れたようだ。気持ちよさそうに、眠っている。
こんなにも無防備にすやすやと。俺を、信頼はしてくれているんだろうな。
夜は、獣が寄ってくる。だから、この獣除けの香りを放つ、薬……獣が嫌がるにおいを、出している。これを置いておけば、獣はにおいを嫌って寄ってこない。
もちろん、人体に影響はない。一応見張りをしてはいるが、獣が寄ってくる気配はない。よって、俺も寝ることにする。
いざとなったら、気配で目が覚める。これでも、危機察知能力にはそれなりの自信があるんだ。
「……すぅ」
……そうして、移動の日々が過ぎていく。数日が過ぎた。何日経ったのかは、数えていない。ただ、人が住んでいる場所が見えるまで、歩き続けるだけだ。
そして、たどり着いた。レポス王国を出て、ようやく目にした別の村。村は、国よりも入りやすい。国だと、多くの場所で入国審査などがあるからな。
これから数年は、この村で過ごすことになるだろう。アピラは、初めて見る別の村に、目を輝かせながらキョロキョロしていた。旅人であると、バレバレだな。
こうして、俺と共に旅をしてくれる誰かと別の場所を訪れるなんて……初めての、ことだ。
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